2008年12月21日アーカイブ

2008年12月21日

現代の種屋烈士伝 -野口種苗研究所

 

さて、水俣の話を続ける前に、今日のちょっとした出来事を挟ませていただきたい。

 

埼玉県飯能市に、小さな種屋さんがある。

飯能の市街から名栗村 (現在は飯能市に合併) に向かう県道沿いの

小瀬戸という地区、並行して流れている入間川 (名栗川とも呼ぶ) との狭間に

その種屋さん、「野口のタネ・野口種苗研究所」 はある。

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玄関で出迎えてくれるのは、なぜか手塚治虫のキャラクター、

アトムくんにウランちゃん、そして火の鳥。

何を隠そう、ここのご主人、野口勲さんは、

手塚治虫が創設したアニメ制作会社 「虫プロダクション」 の元社員で、

手塚治虫担当の編集者だったという経歴の持ち主なのである。

ちゃんと手塚先生お墨付きの看板というわけだ。

 

で、日曜日になぜここを訪ねているかというと、

とある出版社の編集者とライターさんが、野菜の品種改良の世界についての実情を

知りたいということで問い合わせがあり、野口さんを紹介したというワケ。

そのライターの方とは6年前に米のことで取材を受けてからのお付き合いで、

今回久しぶりに仕事がらみでの連絡、「面白い人を知りませんか」 となったのだ。

 

とっておきの面白い人、知ってますよ。

大手の種苗メーカーに行く前に、この方の話を聞いておいて損はないはずです。

-ということでご案内したのだった。

しかもウチはここから少し奥に行ったところの、ご近所みたいなものなので、

自分でご案内しないことには面子が立たない、という事情でもあった。 


店内に並べられているタネの数々。

しかしこれらは、そこら辺のお店に並んでいるものとは、決定的に違う。 

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いわゆる固定種、つまりタネが自家採取できる品種が集められているのだ。

店主・野口勲さんが自称する 「日本一小さな種屋」 で、

細々と (失礼) 、しかし確固たる哲学を持って集められ、販売することで守られてきた、

文化の集積である。 どっかの研究所の冷蔵庫ではない。 農家に使われながら、

生き続けてきたタネである。 

「伝統野菜」とか言われて、ちょっとしたブームになっている地方品種もある。

それらが、野口さんがパソコンを駆使して自らデザインしたタネ袋に納められている。

 

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野口さんのタネは、ネットで購入できます。

家庭菜園されている方には、ぜひこういう個性的な品種にチャレンジしてみて欲しい。

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ご案内した編集者、ライターの方を前に訥々(とつとつ) と、時にちょっと短気に、

品種改良の歴史を語る野口勲さんである。

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話の内容は取材者のものなので、関係上、ここで解説するのは控えたい。

今日は大地を守る会でのタネを守るプロジェクト企画-「とくたろうさん」 の担当・秋元くんにも

同行してもらったので、エッセンスは 「とくたろう」 ブログでも語られることだろうし。

要するに、品種改良の歴史や科学的解説は、ややこしくて面倒くさいのである。

 

野口さんは、今年の8月に本も著している。

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発行は、創森社から。 定価は 1,500円+税。

 

取材インタビューの途中、中座して、タネ袋を眺めていると、先代 (二代目) の

庄治さんが声をかけてくれた。 大正3年生まれ、94歳。

目も耳もしっかりしていて、いろいろと解説してくれる。

その中で注目したのは、これだ。 発芽試験器-『メネミル』 。

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戦後の混乱期、不良品のタネが出回る中で、

仕入れたタネがちゃんと発芽するものかどうかを確かめるために、

庄治さんが考案した  " 芽と根を見る "  道具。 特許品である。

今も業界内で売れていると言う。

地方の小さな種屋さんが、農家や、自給菜園で食いつなごうとする人々のために

考え出した道具。 

どんなにシンプルなものでも、新しい道具というのは、

強い動機がないとなかなか生まれるものではない。

もちろん、自身の商売の信用維持ということもあっただろう。

ホームセンターも多いこの町で、

「タネは野口から買え」-そんな地元の声が今もあることを、僕は知っている。

 

庄治さんには、さらにもうひとつの  " 顔 "  がある。

詩人・野口家嗣。

若い頃には、西条八十に師事し、数多くの詩を残している。

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一年365日を、その時期々々の花や野菜や植物を題材にして詩を編んだ。

あるいは全国都道府県の花や木をテーマに歌を書いた。

「世界の花言葉を見るとね、その花に寄せた思いは実は同じものがあるんですね」

なんてすごいことを、さらりと解説してくれる。

地元の同人から出したものだろうか、簡易印刷で綴られた詩集も取り出してくれた。

『 野菜畑の詩集 -野菜作りも楽しい詩作り  』 

-めくってみれば、こんな詩がある。

 

  らっきょうの夢

    畑のへりの らっきょうも

    時を重ねて その根には

    ひとひら毎に 思い出の

    小さな夢も 秘めている  ...............

 

この人、なんか、すごくない?

帰ってから調べてみると、野口家嗣作詞の童謡がいっぱい検索された。

ただもんじゃなかった・・・・・た、大変失礼しました。

 

戦後の混乱期に、種屋の二代目を継いだ詩人。

発芽試験器なんぞを考案しながら、植物や花を愛で、旅をし、詩を詠んできたんだろう。

そして、人の営みと一緒に育くまれていく、文化としてのタネを売ることに

矜持 (きょうじ) をかけているかのような三代目。

 

すっかりF1品種に支配された時代、遺伝子組み換えまで来てしまった21世紀に、

庶民の手で受け継いでゆけるタネが維持されていることは、希望である。

思い切って、種屋の 「烈士」 と呼ばせてもらおうではないか。

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  (右端は勲さんの奥様、光子さん)

 

ちなみに、野口さんは、先日紹介した 『自給再考』 を編纂された

山崎農業研究所から、今年、山崎記念農業賞を受賞されている。

 

研究所の横にちょっとへんなバナナが植わっているのを、

僕はいつもこの前を通りながら見ていた。

今日は思い切って、聞いてみる。

これもきっと何か、研究目的があって・・・・・とか?

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野口家嗣翁、僕を静かに見つめて、曰く。

あなた、これはバナナではありません。 バナナはこの辺では・・・ (フッ)

これは、芭蕉です。 観賞用ですな。

それにそこは、お隣の庭です。

あっ......す、スミマセン・・・・・

 



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