2009年11月15日

舟の森を訪ねて -打瀬舟から山武杉の森へ(続)

 

我々 「打瀬舟の森を訪ねる」 一行は、舟の原木の森を目指し、

東京湾岸の浦安から北総台地へと入り、東金にある千葉県木材市場にやってきた。

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県内各地から、スギ、ヒノキ、サワラ、サクラ、ケヤキ、・・・・・いろんな原木が

集まってきている。

 

スギの大木が並んでいる。

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これで200年くらいですか。 -いやァ......150年くらいかなぁ。。。

ちょっと定かではなかったが、150年とすれば江戸末期である。

動乱のさなかに木を植え続けた先祖たちは、今の山の様子をどう見ることだろうね。

 

職員の方に話をうかがう。

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山武杉とは、山武地方(旧山武郡一帯) で育てられてきたスギで、れっきとした品種である。

挿し木技術によって17世紀後半から発展してきた。

その特徴は、幹がまっすぐで形や色艶がよい。

材質は硬くて丈夫。 柔軟性もあり、建築材や建具材に適している。

特に赤身は油分が多いので、水に強く腐りが遅い。 船材には最適である。

花粉が少ない、という特徴もあるんだとか。

 

今はもう山は荒れていく一方です。 

赤身だけでなく、白身も源平(赤・白の混在した材) も、節有りも、

用途によってちゃんと使えるんですよ。 国産材をもっと利用して欲しいですね。

 

さて、天気も良くなってきたし、実際の山武杉の山を見に行きましょう。

よく手入れされた山も、ちゃんとあります。 

山武郡芝山町というところにご案内します。

 


芝山町といえば、大地の生産者も何人かいる地域である。

成田のそばで、ちゃんと山を管理している林業家もいるんだ。 偉いですね。 

とか参加者とお喋りしながら、ついていく。

 

さて、こちらです。 

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ちゃんと下草も刈られ、枝打ちもし、等間隔で、まっすぐに伸びている。

入れば土の柔らかいこと。 スポンジの上を歩いているような弾力があって、

参加者からも感嘆の声が上がる。

 

上の木で、45年。

下の木で、90年になります。

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説明する市川の大工さん、大屋好成さん。

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ここは三ノ宮さんという方の山です。 ちゃんと杉の手入れをしてくれています。

え??  三ノ宮さん?  すみません、下のお名前は・・・・・

「ヒロシさんと言いますが・・」。 三ノ宮ヒロシ。 ここは芝山町菱田。

もしや三里塚の三ノ宮廣さんでは--- 

「ええ、ええ、そうです。 有機農業やってる方です。」

三里塚農法の会 - 三ノ宮廣! 

この名前をここで聞くとは。

僕は三ノ宮さんが山武杉を育てているとは、まったく知らなかった。

不覚なり!である。

それでも逆に、なんだかとても嬉しくなって、きれいな杉林を360度見回して、

" ああ、来てよかった "  と心の中で叫んだのだった。

 

三ノ宮廣さん。 

成田空港建設に反対して農民たちがたたかった  " 三里塚闘争 "  については、

僕は学生時代のただのシンパでしかなく、とても語る資格は持たない。

水俣とともに日本の戦後史上最大の悲劇といわれ、今もなお決着はついていない。

廣さんは、闘争の中で亡くなったお兄さんの後を継いで農業の道に入った方だ。

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これは、七つ森書館から出版された

『生命 めぐる 大地』 (地球的課題の実験村編、2000年刊)

の中に掲載されている廣さんの写真。

仲間と一緒に楽しく語り合っている、とても穏やかに。

 

兄の文男さんは、1971年、

自らの体に鎖を巻いて抵抗した大木よねばあさん宅への

だましうちといわれる強制代執行に抗議して、自死した。

「この土地に空港を持ってきたやつが憎いです」 という言葉を残して。

 

廣さんが大事に育てている森。 ここの杉は45年前に植えられた。。。

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「いいでしょう」(大屋さん)。 「いいです。 とてもいいです 」(エビ)。

 

こういう木で、打瀬舟を復活させて、東京湾を走らせたい。

その日はきっといい風が吹いて、海と森のつながりの復活を宣言する帆が

パァーっと踊るように舞いながら、掲げられるのだ。

 

東京湾に打瀬舟を復活させる協議会(打瀬舟の会) では、一口船主を募集中です。

URLはこちら ⇒ http://utase.yokochou.com/

 



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