2010年1月アーカイブ

2010年1月31日

水戦争と 稲の旋律

 

今日はふたつの映画を観た。

場所はともに 「ポレポレ東中野」。

 

ひとつめはこれ。

世界の各地で不気味に進む水の私物化 (水の危機) と、

噴出する争いや悲劇を描いたドキュメンタリー作品。

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水に恵まれた日本ではまったく信じられないような恐ろしい出来事が、

世界の各地で起きている。 

原因は、この星に生息するすべての生命体にとってのコモンズ (共有財産)

であるべき 「水」 が、特定の企業に奪われていっていることにある。

これはSF映画なんかではなく、

上下水道システムの民営化とか水源地の買い占めだとか、現実に進んでいる話であり、

争いで人が死ぬ事態まで起きている、生々しい 「今」 の記録映像である。

 


内容を解説しようとすると、映された現実を長々と追っかけてしまいそうで、やめたい。

ここでは、この映画の原典となった本がすでに邦訳されているので、

その紹介をもって替えることにしたい。

『 「水」 戦争の世紀 』 (集英社新書、760円+税)。

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「水のない惑星を救える科学技術など存在しない」

「資源の配分は支払い能力によって決定される」

「生態系から湧水を取るのは、人間から血液を抜くのに等しい」

 

本書では、水や水源が一部の企業に独占されることによって起きる恐ろしい事態を

告発するだけでなく、農薬・化学肥料に依存した農業やグローバリゼーションによって

進む汚染、生物多様性の減退、要するに生態系そのものの危機を訴えている。

 

映画監督サム・ボッゾは、水がなくなった地球を描くSF映画を構想中、本書に出会い、

今地球で起きている現実を撮らなければならないと決意したのだ、と語っている。

世界中の現場を回り、科学者や環境活動家と語り、映像によって、

世界が 「水」戦争 (水パニック) の時代に入っていることを可視化した。

 

「ブルー・ゴールド」 -青い黄金。 

21世紀が、水という究極の生命資源を奪い合う時代になろうとは・・・。

終末論者になってしまいそうになるが、

希望は、未来への責任を果たそうとする人たちの存在である。

登場する人々は力強く行動し、語りかけ、観る者を励ましている。

 

残念ながら観るのが遅くて、ポレポレ東中野での上映期間は2月5日まで、とのこと。

スミマセン。 今後の上映予定もよく分かりません。

いずれDVDで。 当面は本だけでも・・・・・

 

さて、続いては、こちら。

お昼もとらず、出口から入口の列に直行。 

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(画像がモノクロなのは、カラー・スキャンができなくなったプリンターのせいです。)

 

金田敬監督、新妻聖子主演 - 「アンダンテ ~稲の旋律~」。

原作は、旭爪(ひのつめ) あかねの同名小説。

 

絶望的な水戦争の映像を見せられたあとで、ニッポンの美しい風景を眺める。

引きこもってしまった女性に生きる喜びを与える、田園と農の力。 もちろん人のつながりも。

水はなんとも美しく、豊かに流れている。

女性を救う農民を、筧利夫が好演している。

 

ああ、もう解説はいいよね。

ドラマの筋立ても泣けるが、先の映画の影響が強くて、

"  僕らはまだ、水に守られている  "  という歓びと安堵に浸ってしまったのでした。

水の共同体を支える水脈を、僕らは死守しなければならないよ。

人類の未来のためにも。

 

こちらは12日まで上映中です。

おそらく各地でも上映されると思うので、よろしかったら。

 



2010年1月30日

春に向けて

 

1月28日(木)、群馬での産地合同新年会をパスして、

新規就農支援ガイドブックの編集会議に出る。

徳弘くんの原稿は、編集担当者によって、やっぱりバッサリと切られている。

ウ~ン、後輩たちに伝えたいことをいっぱいリキ入れて書いてくれたのにね・・・

極めて限られたスペースとはいえ、これでベストと言えるか、

もうちょい精査しないと、彼に申し訳ない気がする。

僕の有機JASの説明文も、どこかピタッとこない感が残っている。

次の会議までに、数文字に託す言葉を探さなければ。

でもまあ、だいぶ形にはなってきた。 春には間に合いそうだ。

 

1月29日(金)、浜松町にて有機JASの認証機関による研修会に参加する。

主催は、アファス認証センター (以下、アファスと略)。

「リフレッシュ研修」 と銘打たれ、毎年この時期に開催されている。

有機JAS規格の改めての確認から、この間の資材の判定に関する変更点、

農業に係わる新たな法制度について、JAS違犯の事例、有機農業に関する動きなど、

冬の間に頭に入れておくべき事柄が網羅的に解説される。

 

アファスとは、有機JASの認証制度がスタートする前から、

新しい監査・認証システムに取り組んできた経緯がある。

大地を守る会の初代会長であり、アファス創設者でもある故藤本敏夫さんが提起した、

安全・品質・環境の側面から自身の営農全体を監査し進化させていく

「システム認証」 という体系。

ISOの考え方をベースに、安全性や品質の向上から環境対策までを自己チェックし

改善していくというトータルな仕組みである。

これによって、有機の規格に適合しているかどうかは、

取り組みの中の一つの結果となり、同時に各種のISO規格にも対応できる。

生産者にとってはかなり面倒な手法だが、

たくさんの生産グループが意欲的に取り組んでくれた。

 


しかし残念ながら、持続させるのはなかなかに困難だった。

その手間・労力の大変さもあったが、藤本さんが亡くなられてから、

アファスもシステム認証を推進するパワーが落ちていったことも否めない事実だろう。

システム認証を推奨した大地を守る会としても、

生産者のモチベーションを維持させるのに苦慮したが、「どうにもしんどい」 の悲鳴

は受け止めざるを得なくなっていった。

もう少し緩やかに、しかし生産者の取り組みをトータルに評価する仕組みを求めて、

いま大地を守る会は 「独自の監査・認証体系」 づくりに取り組んできている。

 

藤本さんの思想は、時代には早すぎたのかもしれない。

しかし、だからこそ、しつこく彼の思想は受け継いでゆかなければならないし、

認証機関がどうあれ、大地を守る会にはその使命があると、僕は思っている。

 

さて研修には、僕は午後から出たのだが、

席についたとたん、講義中の渡邊社長が皆の前で皮肉を言う。

「いまやっと大地のエビスダニさんが到着しましたね。

今日は午前中から、肥料取締法と米のトレーサビリティという大事な講義をしたのに、

彼は損をしましたねぇ。」

カチンときて、すかさず反論する。

「大丈夫です。 ウチの優秀なスタッフが朝イチからちゃんと聞いてますから。」

どうも渡邊社長とは、お互いひとこと言い合わないと気がすまない関係に

なってしまったみたいだ。 年齢から言えば、僕が生意気だということになるけど。

 

それにしても渡邊さんの講義は、どうも話が飛んだりして、分かりづらいところがある。

業界通ということもあって、いろんな裏話やトピックは面白い部分もあるが、

ついに資料説明は時間内に終わらず、質疑もなしでエンドとなった。

せっかく全国各地から生産者が集まったのだから、

今年行なわれるJAS規格の見直しの方向とか、有機農業推進法に関する動きとか、

もっと意見交換の時間が欲しかった。

ワタシはそれを期待して出かけたのです、渡邊さん。

 

ま、そんなワケで、研修会終了後の懇親会は、

みんなで渡邊社長への、心優しい逆襲の場となる。

「とにかく、来年はもっと分かりやすく、ポイントを簡潔に。 意見交換の時間も設けてほしい。」

よろしくお願いします。

 

同席した、福島・やまろく米出荷協議会の佐藤正夫社長(左) と、生産者の岩井清さん(中央)、

そして米の流通でお世話になっているマゴメ社長・馬込和明さん(右)。

並んだところで一枚頂戴しました。

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やまろくさんもシステム認証に挑んでくれた団体のひとつ。

さすがに生産者に難しい記帳を続けさせるのは辛かったようだが、

この経験はゼッタイに生きると思っている。 いや、生かしてあげなければならない。

 

岩井さんの顔が晴れやかである。

「いやあ、エビさんねぇ。 去年は有機の田んぼで米が獲れたんだよ。

  嬉しかったねぇ。 見学者も増えてきちゃって・・・」

来年こそはもう一俵、もう一俵はとりたい、と頑張ってきた岩井さん。

苦心してきた甲斐があったと。 こういう話をもっとしたかったよね、みんなと。

岩井さん、体に気をつけて、今年も頑張ってください。

 

1月30日(土)、昨日が締め切りとなっていた宿題をやっつける。

大地を守る会の機関紙 「NEWSだいちをまもる」 3月号で、

今年の稲作体験の募集を始めるにあたって、稲作体験の20年を振り返れという指令。

急いた気持で書いたところ、どうにも800字で収まらず、

1,000字をちょっと超えてしまうが、そのまま編集担当に投げる。

あとはヨロシク、ってなもんで。

 

思えば20年、作業だけを見れば単調な繰り返しの稲作体験だったが、

築いてきた力は、それなりに自慢できるモノにはなったような気がしている。

しかもこの歴史は、はからずも有機農業の発展や広がりを表現しているじゃないか、

とも思いいたるのだった。

 

今年も長丁場のボランティアに手を挙げてくれた若手職員たちがいてくれて、

21回目の米づくりが始められる。

原稿には書かなかったけど、これも自慢したい稲作体験の伝統である。

 

大寒のあいだにも、春に向けての準備は進むのだった。

 



2010年1月27日

木村秋則さん

 

・・・の名前は、ご存知の方も多いことかと思う。

青森県中津軽郡岩木町のリンゴ農家。

このブログをチェックする方なら、すでに木村さんと直接話をしたり、

現地の見学までされた方もおられるのかもしれない。

 

不可能といわれたリンゴの無農薬栽培に挑み、しかも無肥料で実現させた方。

彼のリンゴは 「奇跡のリンゴ」 と言われ、

一昨年にはNHKの人気番組 「プロフェッショナル ~仕事の流儀」 に登場して、

時の人になった。 その後、本も何冊か出版されてベストセラーになっている。

農業関係では、異例の社会現象である。

 

僕も木村さんの著書は読ませてもらったが、お話を聞く機会はなかった。

実は大地を守る会でも、講演と見学を申し込んだ経緯があるのだが、

園地の見学はお断りしているとのことで、残念ながら実現しなかった。

 

そんなワケで、木村秋則さんの名は僕らには実に気になる存在としてあったのだが、

昨年の暮れ、知人から講演会のチケットを譲ってもらうという幸運に恵まれた。

1月24日、日曜日。 場所は埼玉県ふじみ野市。

3~400名くらいは入ろうかという会場が、満杯だった。 

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木村さんの話し口調は、テレビや著書で感じていた通りの実直さで、

苦節10年、どん底まで見てきた方だから出せる優しさと、そして強さを感じさせた。

ひと言ひと言、丁寧に言葉を選びながら、しかも途切れず話を続けるなかに、

ゆるぎない自信も垣間見せながら。

 


木村さんが無農薬・無化学肥料でのリンゴ栽培に移行したのが1978年。

きっかけは農薬によるご自身と家族の健康被害だった。 

それもつらかっただろうが、しかしその後の苦難も、聞けば聞くほど壮絶である。

病気で葉っぱが落ち、夏に枯れ木のようになったリンゴからは実はできない。

収入が途絶え、木村さんはいろんな働きに出るのだが、

その10年を僕が解説するのは憚れる。 とても出る幕ではない。

言えることは、この人は、その間も執念をもって樹とその周辺を観察し、

土壌の下まで調べ、虫を眺め続け、相当な研究と勉強を重ねたことだ。

 

木村さんは語る。

「虫が涌くのは、土のバランスが悪いからではないでしょうか。

 害虫は、人が食べてはいけないものを食べてくれているように思うのです。」

 

木村さんが、書著 『リンゴが教えてくれたこと』 (日経プレミアシリーズ) のなかで、

 「高かった本も買って読んだ」 と書かれてある J.I.ロディル著の 『有機農法』

(一楽照雄著、農文協刊) には、こんなくだりがある。

 

「ほかのすべての虫も、自然の総合計画のなかで、それぞれ特殊の役割を果たしている

 のであろう。 害虫は植物の病気の原因ではない。

  彼らは、生育が不完全であるとか、その植えられている土壌の肥沃度がたらないとか、

  作物に何らかの不都合がともなっていることを指摘する自然からの使者である。」

 

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語りかけ続けた樹は枯れなかった、とかいうくだりは、

実は僕も、稲作体験などで思い当たった経験を持っている。

科学的立証はない。 まだない。 ただ昔の人は、みんなそう言う。 

これって何だろう。 オカルトで済ましていいのだろうか。

 

「結論は、未来に期待すべきである。」  (上掲・ロディルの 『有機農法』 の一説)

が冷静な姿勢だろうか。

 

しかし一点、これだけは納得できない。

木村さんは、ご自身の自然栽培と、有機栽培、そして一般栽培の米や野菜の保存試験をして、

スライド写真を使ってこう言うのだ。

 

自然栽培は枯れてゆく。 しかし有機JAS農産物は腐る。 一般栽培はもっと早く腐る。

 

この論法は、危うい。

" 腐る "  という行程は腐敗菌との関係だろうから、

自然栽培でも傷があって菌と接触すれば腐るのではないか。

それに僕自身、有機栽培の人参が見事に枯れた状態になっていたのを、

我が家で確認したことがある。 そんな単純明快な話ではないと思うのである。

 

この論にこだわってしまうのは、正直に言えば、

僕が有機農産物の流通に携わっているから、でもある。

木村さんが個人的実験で確信を持ったのなら、まあしょうがない。

しかし嫌なのは、それを自社の宣伝に使う人たちがいることである。

いざそこの店に行けば木村さんのリンゴはなく、

特別栽培のリンゴが売られていたりすることに、セコい僕は違和感を感じてしまうのだ。

 

あらゆる技術には発展段階があり、仲間が増えれば増えるるほど

育てるべき人は増えるのであって、その段階を批判してはならないのに、と思う。

木村さんでも 「堆肥を使うときは、完熟にしてね」 と言っているのに、

堆肥利用をまるで 「自然栽培以下」 と語る人たちがいる。

僕は、肉を食べる以上、家畜の糞尿を良質な堆肥に変えて土に返す有機農業の技術を、

資源循環の観点から否定することはできない、と思う立場である。

 

大地を守る会の会員からも、木村さんのリンゴがほしいとか、

大地の生産者も (無農薬で) できないのか、といった質問が寄せられる。

 

お答えします。

木村さんのリンゴをお届けすることはないでしょう。

それはまず、木村さんのたたかいに付き合った人たちのものだから。

ただ有機農業の発展と拡大のなかで、木村さんの世界が広がっていく過程で、

その仲間たちを応援することは、充分ありえることです。

また木村さんのリンゴを使ったお酢、という形でのお付き合いは始まりますので、

どうかメニューに載った折には、ご支援ください。

今はただ、大地を守る会と長年付き合ってきてくれたリンゴ生産者と一緒に、

木村さんの思想や実績を吸収することに努めたいと思うのであります。

 

この日は、前にも紹介した野口種苗研究所の野口勲さんの、

種に関する大切な講演もあったのだが、すみません、野口さん。 もう書けません。

いずれ、でお許しください。

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2010年1月26日

産地新年会ロード

 

今年も関東を中心に福島・宮城と続く産地での新年会が行なわれている。

2月上旬まで8ヶ所で開催。 僕は今年は5ヶ所に参加することにしている。

今は、その真っ只中。

物言わぬ臓器に向かって、" 耐える "  ではなく " 鍛える "  だ、

とか嘘ぶきながら、出かけている。

 

生産者グループごとに新年の集まりはあるのだろうけど、

それらすべてに顔を出すことは不可能なので、できるだけ県単位で一堂に会して、

研修会も兼ねてやりましょう、という流れにだんだんとなってきた。

埼玉は以前から 「埼玉大地」 という形でまとまっていて、

茨城はさらに前、大地を守る会の草創期に県内の生産者の横のつながりが作られた

歴史がある。 古いぶん、内部でもめたりした苦難も経験しているけど。

 

昨年から、千葉・群馬・宮城でも、まとまっての開催となった。

それぞれに、講師を招いての講演会や勉強会を設定するなど、

「新年会」 もただ事ではなくなってきた感がある。

去年はつい、" 死のロード " などと書いてしまって、

生産者から随分と皮肉られてしまった。

酒を注ぎながら、ふ~ん、つらいんだ、ヤなんだ、来るのが・・・・・ 

すみませんねえ。 

阪神タイガース・ファンには馴染みの言葉なんですよ。 許してチョーダイ。

(筆者注 : 「死のロード」......夏の甲子園を高校球児に明け渡して長期遠征に出ること。

       だいたいこの期間に勝率がガタ落ちする。)

 

宴会風景はあんまり絵にならないので撮らないけど、ま、こんな感じ。 

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これは昨日(25日) 行なわれた 「千葉連合新年会」 風景。

7団体+1名(個人での契約生産者)、大地職員も合わせて計53名が集合。

今年の幹事は 「三里塚酵素の会」(代表:堀越一仁さん)。 

会場は成田山新勝寺参道にある老舗の茶屋で、 

堀越さんたちの野菜も使ってもらっての一席である。 

もちろん、ただ飲むだけじゃなくて、

その前に土壌微生物に関する勉強会も実施されたのだが、

僕は仕事の事情で宴会から合流となってしまったので、写真がないだけ。

なんだ、やっぱり飲みに来ているだけだって?

いやいや、皆さんと今年の抱負や栽培に関する話などなど、

しっかり語り合ってんですよ、こう見えても。

 


皆さん、順番に自己紹介と今年の抱負などを披露していただく。

では、今回の幹事、三里塚酵素の会から。

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堀越のアニキが、増えてきた若者メンバーたちを紹介しているのに、

聞いてない職員が約一名 (右端手前)。

 

おなじみ、さんぶ野菜ネットワークの面々。

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今年も 「大地を守る会の稲作体験」 でお世話になります。

おっとその前に、来月の大地を守る東京集会(「2010だいちのわ」) では、

新規就農希望者の相談を受けるブースを出してくれることになっている。

農業に関心ある若者よ、来たれ!

 

三里塚農法の会は3名で参加。 左が代表の龍崎春雄さん。

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龍崎さんも研修生をお二人連れてきて、紹介してくれた。

千葉には、新規就農者を積極的に受け入れるグループが多い。

龍崎さんには、昨年11月、仲間の三ノ宮廣さんの杉林を見せてもらったお礼を伝える。

「おう、山の管理もちゃんとやってんだぞ」 と嬉しそうに返してくれた。

 

千葉で唯一お米を出していただいている、佐原自然農法研究会。

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代表の篠塚守さん(左端) には、昨年、学生たちの米づくり体験でお世話してもらった。

「まだ米が残ってるよ」 だって。 学生諸君、早く何とかしろ。

来月はまた、東京集会での餅つきが待ってますので、よろしく、です。

 

個人で契約している生産者が一人。 酒井久和さん。

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昨年は栽培管理の監査をやって、細かいチェックをしちゃったけど、

自身の栽培内容全体をきちんと証明できるってことは大切なことなので、

引き続き記録・管理の体制をお願いしますね。 

 

まあこんな感じで、各地の新年会が行なわれている。 

毎回写真をアップして報告したいのだけど、ちょっとこのところキツくて、

生産者には申し訳ないけど、ご勘弁ください。

 

でもこれは紹介しておかなければならないか。

1月14日に行なわれた 「埼玉大地」 の総会(&新年会) では、

新会長に瀬山明さん(下の写真・右端) が就任されました。

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「これからもっともっと、いい野菜を届けられるように、

 年に2~3回は勉強会を実施しますから」 と、やる気満々の宣言でした。

 

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川越の吉沢グループでは、 昨年9月に結婚した深田友章くん(左端) から、

何と1月1日に長女が誕生しました! の報告。

お見事! パチパチパチパチ・・・・・ 

 

埼玉でも新年会前に天敵の活用技術についての勉強会が開かれたのだが、

こちらも悔しいかな、出られず。 仕事で、ですよ、仕事で。  (-_-;)

 

生産者と楽しく飲みながらも、

ある人からは硬派の運動を迫られ、ある人からは販売の拡大をお願いされ、

いずれにしても 「大地に出していることがオレたちの誇りなんだから」 と言ってくれる。

しんどいけど、こうやって新年の洗礼を浴びることで、

一年の覚悟が定まっていくような気もしたりする。

参加できなかった産地の方々には、ごめんなさい。

福島わかば会の皆さん、急な乾杯の指名はやめてください。

動転しちゃって、写真を撮るのをすっかり忘れてしまったじゃないですか。

 

日記もちょっと書けないでいたけど、

とりあえず、今年もみんな元気で、意欲的に切磋琢磨しています、

ということは伝えておきたい。 

 



2010年1月20日

コメントへの御礼-まとめて

 

成清忠さん。 お返事が遅くなりました。

「柳川掘割物語」 へのコメント、有り難うございました。

・・・・・そうですか。 広松傳さんはもうお亡くなりになられたのですね。

一度お目にかかりたかったです。

市井の偉大な人とはこういう人のことだ、と感動したことを覚えています。

 

顔も知っている生産者や消費者の方からのコメントは、辛口であれ楽しい。

しかし、このブログを2年半ほど続けてきて、コワいと思うことも実はけっこうある。

まずもって、よく他団体(≒競合団体?) の方から反応が寄せられる。

時には誰よりも早くメールが入ってきたりして、とてもウカツなことは書けないぞ・・・

と思うのである。

 

新年一発目の日記がそうだった。

農薬・化学肥料に頼った農業の限界性というテーマは刺激したようで、

すぐさま 「自分も調べているところで・・・」 という主旨のメールを頂いた。

Sさん、有り難うございました。 

自分の問題意識にそう狂いがないことを確認でき、元気をもらいました。

いつかまた大きな意味で、ともに事を成す日をイメージしながら、

カッコよくレーニンの言葉を借りれば、

「それぞれの砲座から一つの目標を撃て!」 ですかね。

 


ライターの方からは、質問が寄せられた。

「農家への戸別所得補償については、どうお考えですか?」

日々多様な農家と付き合っている立場では、こういうテーマに対する見解は、

どうしても慎重にならざるを得ない。 一歩間違えると炎上する可能性もあるし。

今はまだ返事が難しいので、とお伝えして、アップを控えさせていただくことにした。

 

たまにずい分前の日記にコメントが入ることがあって、驚かされることがある。

一昨日は、1年半前(08年7月16日) の日記に対して、コメントが入ってきた。

いろいろ検索されていて引っかかったようだ。 

記事は 「無農薬野菜はアレルギー物質が増加するので、かえって危険」

という研究に対する僕なりの見解をくどくどと書いたものだったが、

それが何と、感謝のコメントなのである。

雑誌で読んで違和感を感じ、悶々としていたところ、息子さんかお嫁さんが調べてくれたとか。

Ⅰさん。 それから昨年コメントをいただいたSさん、Nさん。

今さらの感ありですが、お返事をコメント欄にアップしました。

有り難うございました。

 

しかしまあ、改めて読み返すと、実にくどい文章だと我ながら思う。

相当に気合いも入っていたのだろうが・・・

それに今なら、こういう事実も付け足すことができる。

 

病害虫に対抗して植物が作り出す成分は、人間にとって有害なものとは限らない。

たとえば、ポリフェノールという成分。

動脈硬化や脳梗塞を防ぐとか、抗癌作用や予防効果があるといわれる抗酸化物質。

赤ワインなんかで喧伝されたりしているが、ほとんどの植物に含有している。

しかも、有機農産物には含有量が高い、とも言われている。

その理由は、植物は病害虫から身を守るためにこの物質を作り出しているから。

人工の殺虫剤に守られていると、この物質を作り出す必要がなくなる。

自然界の生命循環の中に身を置く生き物として、こういったことの意味は

深く、深く、考える必要がある。

 

要するに、アレルギー作用を及ぼす物質は自然界には溢れるほどあって、

しかしヒトが選択した食べ物は、例えばえぐみを取り除く調理技術なども獲得しながら、

文化として進化してきたものだ。

一方で、それだけでカラダに良いものもたくさんある。

自然界の謎はまだまだ奥深く、人類はどの程度まで把握したのかすら、実は分かっていない。

長い時間をかけて自然との折り合いのつけ方を学んできたわけだけど、

化学物質とはそう簡単に折り合えるものではない。

生命(物質)循環系に、連関をかく乱する物質の投入は最小限にすべきである。

たった一つの事象を取り上げて、「無農薬の方が危険」 とは、

食べものというものの意味を考えてない、としか言いようがない。

まずはご自身の体が何でできているのかを見つめて頂きたいものである・・・・・

 

新年頭の日記にも書いたけど、

これまで書いた有機農業批判や懐疑論に対する論考も再整理しながら、

私なりの  " 未来をひらく有機農業論 "  を構築してみたいと思う。

そういう意味でも、1年半後のコメントが、改めて見直す機会になりました。

嬉しくもあり、怖くもあり。 いやいや、ネット恐るべし、ですね。

でも、こういう緊張感や裏でのコミュニケーションは励みでもあります。

まだ閉めるわけにはいかないか、と気合いを入れ直すこととします。

 



2010年1月13日

富良野に行った君 から

 

昨年12月4日に書いた 「有機農業を始めよう」 新規就農支援ガイドブックの

編集委員会事務局から、原稿が送られてきた。

" 富良野に行った君 "  からの原稿である。

けっこう早いじゃん。

しかも編集委員会で用意した質問形式の原稿に対して、しっかりと書き込まれている。

いやいや。 「どうせ嫁さんに書かせるんだろうが・・・」 なんて言っちゃって、

大変失礼いたしました。 コメントにも返事しなくて、ゴメンね。

 

職場結婚した徳弘英郎 & 藤田京子夫妻が大地を守る会を辞めて、

有機農業修行を経て、北海道富良野に就農したのは2001年。 

今では家も建て、子どもも3人。 地元でも頼られる存在になりつつある。

大地ライブラリーから-

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                                          (撮影:市川泰仙)

原稿には、

生産者団体 「どらごんふらい」 の方々の尽力によって地域に受け入れてもらったこと、

これまでの苦労や反省は数え切れないくらいあったことが、実直に語られている。

「知ってしまえば10分で行ける道のりを、知らないがために1時間かけて行くような・・」

  


成功の秘訣は?

-成功したとは思ってない。

  失敗をきちんと分析して 「いかに次に生かせるか」 にかかっていると思っている。

 

将来の夢は?

-この地域で農業をやりたいという人、農業ではないけれど何かをやりたい人を

  バックアップし、元々の地域の方々と新しい人たちとでよりよい地域づくりをしたい。

 

これから有機農業を始める人へのアドバイスは?

-頭でっかちにならないこと。

  理想や目標を掲げつつ、上手に妥協する姿勢も必要。

  理想と現実の折り合いをつけるということは、農業に関わらず、

  まさに生きていくことそのもの。 その中から新しい展開が生まれてくる・・・

 

大地で得た教訓も反映されているような、いい感じだ。

 

送られてきた写真からも、彼の足跡と、" 思い " のようなものが感じられる。

農楽舎(のらや) の看板、いいね。

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拓郎くんも、開拓者の子っぽいぞ。

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これ以上ここで紹介すると編集委員会に叱られそうかな。

ま、ガイドブックの予告宣伝だと思って許してください。 

 

徳弘くんへ。

たぶん全文掲載は無理だろうし、写真も絞られるけど、許してね。

編集委員会の期待には充分応えられたと思います。 グッジョブ! ミッションは成功した。

あとは頑張ります。

 

そういえば、このブログの一発目が徳弘夫妻だったなぁ。

今でも、あの記事が記憶に残っている、と言ってくれる人がいる。

今度富良野に行った時には、またいい顔を見せてほしい。

 



2010年1月12日

柳川掘割物語

 

成清忠蔵さんの墓参りもかねて......

などと書いて、今週の会員向けカタログ 『ツチオーネ』 を手にとってみれば、

タイミングの良いことに、表紙は成清海苔店さんである。

海苔の入札で真剣にチェックする代表の忠さんのアップが巻頭を飾っている。

「自分がおいしいと思う海苔しか仕入れません」

-なんか、親父よりずっとカッコいいね。

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成清海苔店は、福岡市柳川にある。

筑後川の下流、有明海に面した水郷の町。

柳川市内にはり巡らされた掘割 (水路網) の秘密については、

アニメ界のゴールデン・コンビ、高畑勲と宮崎駿が作ったドキュメンタリー映画

『柳川掘割物語』 に詳しい。

 

 日本がまだ貧しかった頃、どの村にも小川が流れ・・・

 日本がまだ貧しかった頃、どの町にも掘割があった・・・

 日本がまだ貧しかった頃、手の届くところに水辺があった。

 

加賀美幸子さんのナレーションで始まる美しい作品。

もう20年以上も前の作品だが、

いったんはドブ川と化した柳川掘を再生させた人の歴史や、

筑後川が運ぶ土砂と有明海の干満の差によってつくられた干潟が

海苔も含めたくさんの生物を育んできた仕組みなど、

この国に育まれた水の文化と深い知恵の結晶が見事に描かれている。

この映像、いや掘割が語る 「水とのつながり」 は、

年月を経てますます深く、失いつつあるものの意味を問いかけてきているように思う。

 

映画 『柳川掘割物語』 はDVDになって、スタジオ・ジブリ から購入できます。

ぜひ見ていただきたい作品のひとつ。

 

ちなみに、三鷹・ジブリの森美術館内にあるカフェ 「麦わらぼうし」 には、

大地を守る会の法人 「フルーツバスケット」 のジュースなども入ってますので、

美術館にもぜひ一度足をお運びください。 要予約ですが。

 

問題は、今週の注文。

山藤・梅田料理長おすすめの最高ランク 「新のり・有明海海苔優等」 にするか、

見た目より味重視の方に! 「皿垣漁協産焼のり(きずのり)」 にするか・・・・・

気の小さい私はまだ決めかねている。

ここは年に一回の贅沢といくか。 

いや、こういうのが年に何回もあるからきついんだよね。

でも、これによって人とつながって、幸せを頂いているんだ、とも思うのである。

さて・・・・・

 



2010年1月11日

黒沢賢ちゃん

 

9日からの連休はかねてより、

福岡の成清海苔店さんを訪ねて、厳冬の有明海で海苔摘み体験をする

ツアーに参加する予定を組んでいたのだが、悲報が届いてキャンセルした。

7日の朝、埼玉県深谷市の黒沢賢一さんが亡くなられた、という知らせ。

 

黒沢賢一さん、享年69歳。

一見には、ちょっととっつき悪そうな印象を与えたりする方なのだが、

みんなからいつも 「黒沢賢ちゃん」 と、姓+ちゃんづけで呼ばれていた。

グループの名前も 「黒沢グループ」 ではなく、「黒沢賢一グループ」 である。

人望が厚く、地元の自治会長も務められていた。

有機農業暦は35年に及び、ともすれば地域との軋轢も起きそうなものだが、

人に一目置かせる矍鑠 (かくしゃく) とした貫禄のようなものがあった。

 

昨年の夏に入る頃から闘病生活が続いていた。 

頑張ってほしい、と願っていたのだが・・・。

大地ライブラリーから一枚拝借して-

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黒沢さんの干し大根。 和江さんと一緒に。

 

僕にとってほろ苦い記憶は、一昨年の5月にTV東京で放送された 「カンブリア宮殿」 。

周囲を気遣って駐車場と道路に撒いた除草剤の使用を調べた場面が

意味ありげに編集され、黒沢さんにとってはさぞや面白くないことだったろう、

と気にやんでいたのだが、

黒沢さんは 「こういう現実もあることを知ってもらえばいい」 と泰然とされていた。

 

9日の告別式は、会場に入りきれないほどの弔問客が訪れていた。

皆さんと一緒に、合掌させていただく。

賢ちゃん (と僕は生前には呼べなかった) には、

今年の大地を守る会設立35周年を見届けてほしかったけど、

こればっかりはしょうがないね。

天上で、先に逝った方々と酒宴でも開いてくれると嬉しい。

 

逝く人の蓄積は、言い訳がきかなくなる分、決意も腹の底に溜まってくる。

成清さんのツアーでは、以前大病した時に随分とお世話になった先代の忠蔵さんの

墓参りも予定していたのだが、すみません。

今度ちゃんと行くからね。

 



2010年1月 6日

2010年の 小さな決意

 

短い正月休みが明け、4日から仕事を再開しています。

皆様、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

重苦しい、不気味な時代になりましたね。

完全失業率が5%を越え、330万人以上の人が仕事を失くしていて、

今年卒業予定の大学生の3分の1の就職先が決まってないと言われています。

日本人の給与総額は10年前より10%も減ったそうです。

「中流」 を育てた分配システムも、いつの間にか変わってしまったんですね。

それでも、国内のお米生産量の倍以上の食べ物がフツーに捨てられる日本。

世界の飢餓人口はついに10億人を突破したというのに (肥満人口はそれ以上ですが)。

そしてそして、さらに世界の穀物需給は逼迫してきているというのに・・・

 

何かが行き詰まってきているような閉塞感が漂うなかで、

僕は4日間の休み中、酒と大地のおせちとTVでのスポーツ観戦をはさみながら、

本や雑誌や資料ばかり読んで過ごしてしまったのでした。 寒かったし。 

 

そんなわけで何も絵がなく、

寅年にちなんで、まとわりついていた我が家のネコ科をアップ。

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娘が拾ってきてから、もう16歳。 思春期よ! ニャン茶って・・・くたばりぞこないが。

とかゴロゴロしているうちに、

妻はついにブチ切れ状態となり・・・・・(これ以上書けません。 )

 

そんな危険な正月に挑戦して得た今年のキーワードは、

「農への回帰」 「生物多様性」 そして 「地域」 ・・・なんだ? 全然目新しくない。

 

ま、そんな出だしで2010年、

「生物多様性年」 と位置づけられた年が明けました。

 


出社すれば、気合いのこもった生産者の年賀状が届いている。

「農家に生活保護を行なうという、農民を小馬鹿にした民主農政は落第だ!」

こう返すしかない。

「政権は変わっても、いつの時代も  " 農民の自立 "  は恐いもののようです」

 

「生物多様性」 については、

10月に名古屋で開催される生物多様性条約締約国会議 (COP10) に向けて、

否応なくメディアも頑張ってくれるのでしょうが、

僕が注目したいのは 「遺伝資源」 という言葉です。

食料だけでなく、薬の原料という側面も持っている生物資源に対する

国家利益の調整に、モラルははたしてはたらくだろうか。

 

それから、去年の流れから脳裏にこびりついて離れないのが、

有機農業の意義や価値をきちんと伝える言葉を持ちたいという激しい願望。

そのためには、有機農業に対する批判や懐疑論はむしろ貴重な素材となる。

ぜ~んぶまとめて整理したいなぁ、ホント。

 

そこで僕がいま探しているのが、農薬と化学肥料のエネルギー収支、です。

化石燃料や有限の鉱物資源によってつくられるそれらに依存した近代農業は、

実は有機農業運動によってではなく、

自らの収支計算の破綻によって滅ぶのではないかと思っているのですが、

どなたかデータのありかをご存知の方、教えていただけませんでしょうか。

 

こんなふうに、今年も悶々としながら走り続けるのだろうけど、

新年らしく、改めて、目指したい境地を思う。

三好達治詩集  『艸千里 (くさせんり) 』  から-

 

     私の詩 (うた) は

       一つの着手であればいい     -枕上口占-

 

     薪 (まき) をはこべ

     ああ汝

     汝の薪をはこべ             -汝の薪をはこべ-

  

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