2010年12月アーカイブ

2010年12月30日

皆さまに感謝。 よいお年を。

 

本日を持って年内の仕事納めとさせていただきます。

本ブログをご愛読いただきました皆さま、有り難うございました。

ひぃひぃ言いながら、アップが遅れ遅れになりながらも、

何とか今年も続けることができました。

ひとえに皆さまの温かい感想や励ましがあったからこそです。

心より御礼申し上げます。

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今年は農産物にとっては荒波と逆風の一年でした。

春の低温、夏の異常高温(北海道は加えて連続的なゲリラ豪雨) の影響は、

今も不安定な出荷となって続いています。

米は不作になったにもかかわらず米価は下がり続け、

とどめといわんばかりのTPP (環太平洋戦略的経済連携協定) 圧力。。。

5年ぶりに出された 農林業センサス は恐ろしい近未来図を描いていました。

何とかしたいですね、ホント、何とかしたい。

 

大地を守る会は、3月の東京駅 「大地を守るDeli」 の開店、

9月の三越銀座店への2店舗の出店、Webストアの刷新強化など、

新しい販売チャンネルの開拓を積極的に進めました。

組織的にはNGOと株式会社の合併の提案もありました。

設立35年を経て、新たな挑戦を宣言した年になった気がします。

本気で社会を、いや世界を変えたい、という決意を持って。

 

e10123004.JPG    (工作舎刊,1800円+税) 

 

 35周年を機に出された藤田会長の本です。

その辺の意気込みが語られています。 ぜひ読んでほしい一冊です。

 

自分に任された分野では、いくつか新しい取り組みにチャレンジしました。

今までになかったような企業との連携も積極的に動きました。

お陰で思わぬ出会いと試練をたくさん経験しました。

時代は変わってきている、と肌で感じた一年でした。

人と人、価値と価値をつないで、1+1を 3 にする。

自分の仕事のイメージをより強く固めることができたように思います。

 

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たくさんの出会いがあり、また別れもありました。

すべてに手を合わせ、感謝して、一年を終えたいと思います。

 

新しい年が皆さまにとって良い一年になりますよう。

暴飲暴食に気をつけて (深く自戒を込めて)、楽しいお正月をお過ごしください。

 

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2010年12月28日

それでも、世界一の米をつくるんだ!-新春講演会のご案内

 

慌ただしかった2010年もいよいよ  " ゆく年 "  となってきて、

社内でも、今日で上がり、というシアワセな連中が整理を急いでいる。

そんな落ち着かない空気をよそに、いっこうに片づかない我が机に陣取り、

溜まった宿題を必死でやっつけている我が身の憐れなこと。

誰もかまってくれないし。 とほほ。

 

年内に書いておきたかった話もいくつか残っているんだけれど、

ここはもう諦めて、専門委員会 「米プロジェクト21」 から、

新春の講演会のご案内を一本、アップさせていただきます。

 

《新春緊急講演会》

  『 危機に備える 「俺たちの食糧安保」

        それでも、世界一うまい米を作る! 

◆ 日  時: 2011年1月15日(土) 10:00~12:00

◆ 場  所: 日本赤十字看護大学203講義室

        (渋谷区広尾4-1-3)

        地下鉄日比谷線広尾駅3番出口より、徒歩15分

                地図はこちら → http://www.redcross.ac.jp/info/access.html 

◆ 講  師: 稲田稲作研究会(福島県喜多方市)代表 伊藤俊彦氏

◆ゲスト : フリージャーナリスト 奥野修司氏

◆参加費: 大人=500円, 学生以下=無料

 

講師は、「大地を守る会の備蓄米」 の生産団体 「稲田稲作研究会」 の伊藤俊彦さん。

本ブログでも 「備蓄米収穫祭」 や 「はたまるプロジェクト」 などで

何度も登場いただいている方。

 

今年の米づくりは本当にきつかった。

それでもずっと言い続けてきた 「再現性のある米づくり」(毎年同じ品質を維持する、の意) 

を、今年も胸張って言えるようにしたいと皆んなで頑張った。

いっぽう世間では哀しいかな、米の値段がどんどん下がっている。

皮肉なことに、戸別所得補償制度が米価下落にひと役買ったとも言われている。

この制度は農家を救うのだろうか。

はたまた突然降ってきたかのような TPP (環太平洋経済連携協定) 。

農業を崩壊させてしまうとまで叫ばれているけど、どうなっちゃうんだろう。

 

この国の 「食」 と 「農」 は、どこへ向かっているのか。

いろんな不安や疑問をお持ちの方も多いことかと思う。

ここで明快な一発回答は出せないかもしれないけれど、

とにかく、生産者と消費者でしっかりと話し合う場が必要だ。

そんな思いで企画しました。

考えたタイトルが、、、これしかなかった。

伊藤俊彦のたたかいをまとめた 奥野修司さん の著書名である。

それでも、世界一うまい米を作る 」。

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伊藤さんが農協の営農指導員だった頃からの孤軍奮闘の軌跡。

1993年の米パニックを経て、農協を離れ、仲間たちとジェイラップを立ち上げる。

どんな時代になっても  " 米をつくり続けるために " 

伊藤俊彦は前へ前へと突き進んでいく。

大地を守る会の戎谷某なる男が所々で登場してはコメントをはさんでいる。

どうせだったら龍馬伝の岩崎弥太郎のように振る舞うんだったな。

「あいつはァ、あんな~に大事にしちょった桃の木を、いとも簡単に伐らせたがぜよ!」

 

出版されてもう2年近くなろうとしているが、

このタイトルは、今にこそふさわしくないだろうか。

いやそうじゃない。 危機の状況はずっと前から続いてきたことなのだ。

 

そこで奥野さんにもご登場願うことにした。

 

第1部は、伊藤俊彦さんの講演。

第2部は、奥野修司さんも交えてのトーク・セッション (司会=戎谷)。

そして参加者との質疑&意見交換。

この国の農業の未来を、語り合いましょう。 

いやここは、ニッポンを 語り合うがぜよ~!

おそらく2時間では終わらないだろうとの確信的予測です。

 

大地を守る会の会員でなくても、どなたでもご参加いただけます。

(ただし保育は用意していませんのでご了承ください。)

受付で 「エビちゃんブログを見た」 と言っていただければ、OKです。

 

どうぞ 奮ってご参加ください!

 

★ なお、広尾駅から会場までは、坂道もあり、けっこうな距離感があります。

    また日本赤十字医療センターの入口から看護大学までも多少歩きます。

    余裕を持ってお越しください。

    JR渋谷駅あるいは恵比寿駅からバスも出ています。

    こちらだと 「日本赤十字医療センター」 の入口に着くようです。

 



2010年12月22日

おきたま興農舎-ぶつかるプライドと醗酵の力

 

昼間の どぶ ● く は効いた。 「甘酒だよ~」 もないと思うが・・・

想定外の展開となった今回の出張。 しんどいけど、続ける。

あきらめも早いけど、しつこいところはかなりしつこいので。

 

12月12日(日)、午後。

蕪栗で千葉さんたちや専門委員会 「米プロジェクト21」 のメンバーと分かれ、

僕は大潟村・花咲農園代表の戸澤藤彦さん(米プロのメンバーでもある) の車で

古川駅まで送ってもらう。

そこから福島経由で山形新幹線に乗り換え、夕刻、高畠町に入る。

 

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次なるミッション(使命) は、

米・野菜・果物の生産団体-「おきたま興農舎」 の忘年会である。

忘年会といってもただ宴会をやるのでなく、昼からしっかりと勉強会も開いている。

農政の動きを分析したり、また地域での農業の活性化では実績のある先達、

JA北空知の元組合長・黄倉(おおくら)良二さんを北海道から招いて講演会を行なうなど、

なかなかに硬派の生産者組織である。

 

しかし僕が到着したのは、ちょうど勉強会が終わったところ。

トンネルを越えたら、そこはまた宴席だった・・・・みたいに。

しかもこれがまた濃い~い連中で、

二次会の途中からは生産者同士の熱い技術論議となり、いつ終わるともなく続いた。

僕はどうにもつらくなって、途中で轟沈とさせていただいた次第。

日頃から後輩に伝授している言葉を恥ずかしく思い出す。

「生産者より先に寝るんじゃない!  起きてくれている間はとことん付き合うのだ!」

くそッ、無念である・・・・・

 

興農舎代表・小林亮さんから後日届いた手紙には、こうあった。

 「飲むほどに酔うほどに、腕(技) に自信ありの強者の一言が印象的でした。

   - また一からやり直しだ -

  大粒ぶどうやりんごでは、県内屈指の技術を持ち、かの 江澤正平さん との交友も

  あった K 君の独り言に周りは頷きながら、また一口酒を運んでしまいました。

  来る年に向けて、陽に焼けた輝かな笑顔を取り戻すべく、

  また一歩前に進みたく存じます。」

 


今回嬉しかったのは、古くからの大地を守る会会員で、

 「とくたろうさん」 のデザインや酵母の講座などでお世話になっている、

「ウエダ家」 の植田夏雄さんとご一緒できたことだ。

最初に来賓とかいう居心地の悪い席に座らせられたのだけど、

植田さんが隣だったこともあって、いろいろと酵母の話をうかがうことができた。

 

「ウエダ家」 さんはこのたび、

日本初の100%自然発酵フリーズドライパン種 -「乳COBO 88 おきたま」 を開発した。

  山形のおきたま興農舎とCOBOのコラボレーション。

  興農舎の無農薬米ササニシキをウエダ家が独自に自然発酵し、

  フリーズドライにしたパン種。

  自然発酵のフリーズドライは不可能と言われていた常識を覆したことで、

  一切の添加物を使わなくとも、自然な香りのある、あまみ、うまみのあるパンが実現。

  砂糖を使わなくとも、あまみがあり、

  ミルクやバターを使わなくても、自然発酵ならではの風味があります。

  しかも植物性乳酸菌のはたらきにより、雑味のない、胃もたれしない、

  消化吸収のよいパンづくりが誰でもできるようになった。

  パンは、日本人の食生活の第二の主食として、定着している。

  質の高いおきたまの米を使うことで、ごはんのように毎日食べられる、飽きのこない

  日本人の味覚とからだを育む無添加のパンがつくれる。 (HPより)

 

ウエダ家さんの主催する 「COBO 講座」 はチョー人気の講座だが、

最近は年配男性の参加も増えているのだそうだ。

僕もいずれ、酵母の奥深さを見極めてみたいと思ったりもするのだが、

まあ今の感じだと、、、定年後も生きていられたら、の話かな。

 

植田さんは、興農舎の無農薬米の 「生命力」 を、絶賛する。

こんな話も、会員の方に聞かせたいと思ったのだった。

 

翌13日(月) は、帰る前にラ・フランスの生産者、横山陽一さん宅を訪ねた。

11月にカタログ 「ツチオーネ」 の表紙を飾らせていただいたこともあって、

お礼も言いたくて伺ったのだが、あらためて話を聞くと、カタログで書いた宣伝文句も

けっして誇大広告ではないと思う。

 -山形県で洋梨栽培が始まった100年前から代々続く洋梨農家の4代目。

   的確なタイミングでの有機質肥料の投入や、

   数年先の理想的な樹の形までを考慮した剪定など、

   味に大きく影響する大切な作業を毎年ていねいに続けてきた~

「ラ・フランスを極めたい」 という横山さん。

農薬も相当に減らしてきた姿勢は、皆が一目置く 「ラ・フランスの師匠」 である。

 

課題として話題になったのは、洋ナシにかける袋のこと。

今では果物にかける袋には、だいたい農薬が塗布されている。

横山さんはそれも気にかけて、農薬処理されていない袋を探して使用しているのだが、

それは洋ナシ用のものではなく、薄くて撥水性も弱いようで、「どうもよくない」。

また色が白いので何故かカラスにつつかれるのだそうだ。

それによる被害は、「まあ、1割くらいはあるな」。

これはバカにならない数字だ。

大変な手間をかけてもこれでは、この袋で続けてくれとはなかなかに言いにくい。

「こちらもいろいろと情報を集めて、考えてみますから-」 といってお別れした。

打つ手は、ないわけではない。 動いてみよう。

 

技の話となれば果てしなく激論を交わし、

一方で緻密な努力を惜しまないプライド猛き生産者たち。

植田さんがいう 「生命力」 とは、込められた彼らの 「気」 だね、きっと。

彼らが 「オレのプライドにかけて」 というならば、

こちらも相応の気張りをもって応えていかなければならないということだ。

 

サル以下の、スキだらけの人生だけど、

ただ飲んだくれているわけではないっす、くらいは言っておきたい。

 



2010年12月20日

蕪栗視察・後編 -苦難のミッション

 

さてさて、楽しく飲んだ翌12日(日) のこと。

蕪栗視察団一行は、予定通り早朝のガンの飛び立ちを見るために早起きする。

しかし何故か・・・・・この朝の記憶が、ない。

ワタクシはガンを見たのでせうか。。。 ヤバイね、かなりヤバイ。 

 

後になって参加者から聞いた情報を総合すると、こんな感じだったらしい。

朝5時半、宿のロビー集合。 僕はその前にしっかり歯を磨いていた、らしい。

太陽光パネル設置のキーマンとなってくれた (株)日本エコシステムの

本田一郎取締役も深夜から宿入りしてくれていて、一行は元気よく寒風の中出発した。

ところが僕はカメラを忘れて車中でひと騒ぎ。

しかしあきらめも早い性格ゆえ、 「引き返せ!」 などとヒンシュクを買うようなことはせず、

観念したあとはフツーに楽しく会話した、らしい。

現地・蕪栗沼に到着するや、颯爽とドアを開け車から降りたところ、

千葉さんから 「夜明けまで車の中で静かに待つ」 と教育的指導を受けた。

夜明けとともに数万羽のガンたちの飛び立ちが始まる。

僕はただ両手を広げてガンに手を振り続けていた、らしい。。。

たぶん口も開けっ放していたことだろう。 こういうヤツはいずれ路上で死ぬのだ。

 

宿の部屋に戻った途端に布団の上に倒れ、朝食タイムは爆酔、じゃなく爆睡状態で、

今度は出発する直前に起こされ、本田さんから

「カメラがロビーに落ちてましたよ」 と渡された。

ここからの記憶はある。

嗚呼、僕は雁と交感することはできたのだろうか。

 

そして次なる苦難 (?) が待ち受けていた。 

10時から、千葉さんたちが地元集落で取り組んでいる

「農地・水・環境向上対策事業」 の集まりに、僕らは招かれていた。

この補助事業には 「消費者との交流」 というのが事業計画の細目にあって、

今回の視察はしっかり地元の 「交流事業」 に組み込まれてしまっていたのだった。

千葉孝志(こうし) のしたたかな段取り、あなどれない。

まあ、地元の方々にとってはいつでもやれる企画ではないし、

交流できる機会を用意していただけることは、我々にとっても有意義なことである。

 

 - という建て前論はいいんだけど、

「簡単な挨拶を」 と千葉さんから言われてたのが、

いざ来てみれば 「30分用意してあるから」 とのこと。

神社の鳥居の中にある集落センターに集まってくる軽トラ軍団を見て、

俄かに高まる緊張感。 

開き直ってからが勝負という人生を送っていても、、、頭が働かない。

ようやく気づく。 これは楽しい視察ではない。 仕事、重要なミッションなのだと。

 

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日曜日ということもあって、子供たちも遊びに来る。

ロールベールサイレージらしきものに 「歓迎 大地を守る会」 とある。.

子供たちの落書きが始まる。

上手い・下手とか関係なく、自由に描けるうちに好きなだけ描くといいね。

 

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で、会議が始まる。

僕と本田さんとで1時間。

時々頭の中が白くなりながら、壊れつつある脳に鞭打って、

なんとか言葉をつないでいく。

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大地を守る会の概要の紹介から始まり、

今回の視察の目的、そして千葉さんの先進的取り組みへの敬意と感謝を述べ、

食の安全だけでなく地域環境や生態系の保全まで意識されて活動される

当地に対し、しっかりと食べることでつながらせていただきたい。

厳しい米価に加え、TPPやら何やら、いろんな問題が押し寄せてきているけれども、

生産と消費を強い信頼でつなぐことで、

「安全」 だけでなく、将来に向けての 「安心」 の土台を守り育てていきましょう。

そのためにも、地域の環境向上のために取り組んでいることを、

皆さんの口で積極的に語っていただきたい。

千葉さんの太陽光パネルの設置は、個人ではなかなか真似できないかもしれないけど、

それぞれに自分の手でできること、そして地域でできること、を編み出していってほしい。

・・・・・というようなことを語ったつもりだが、頭と口がつながっていたかは定かでなし。

 

本田さんは、夜の便で駆けつけてきただけあって、気合いが入っている。

国の自然エネルギー政策を批評し分析しつつ、未来社会づくりに向けての

太陽光発電の可能性とメリットを訴える。

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「もし少しでも関心を持っていただけたなら、お配りしているアンケートにご記入いただいて、

  大地を守る会さんにFAXしてください。 あとは戎谷さんがきちんと対応しますから。」 

- そうきたか。

この場を借りて訂正申し上げます。

戎谷ではなく、我が自然住宅事業部が責任と誠意をもって対応させていただきます。

 

会議のあとは、楽しい交流会。

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 「農地・水・環境向上対策」 事業も、来年から政策が変更されることになっている。

集落単位ではなく、個人の取り組みに対しても助成が下りる形になる。

やりやすくなる面もあるだろうが、地域単位で取り組んできた事業にとっては

どんな影響が出るのか、気になるところではある。

戸別所得補償の是非やTPPなど、生産現場の感触もうかがって、

意見交換するつもりだったのだが・・・

お餅と一緒に出された 「甘酒」 にやられ(ドブロクだった) 、

不覚にも目をつむってしまったのだった。

 

さて、が続くが、

お昼過ぎに千葉さんや現地の方々と別れたのだが、

苦難のピークは、このあとにやってきたのだった。

しんどすぎる・・・・・。



2010年12月18日

千葉さんのたたかい

 

朝にゆく雁の鳴く音は吾が如く

 もの念(おも) へかも 声の悲しき  (万葉集巻十、詠人知らず)

 

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いにしえより多くの和歌に詠われ、日本人に親しまれてきた雁。

その声は聞く人のそのときの心情に重なるように響いてくる。

ガンは家族の絆が強く、いつも仲間と群をつくって一緒に行動する。

朝、餌場に向かって飛び立つとき、夕、ねぐらに帰ってくるとき、

彼らは数種類の声で仲間を呼び合い、助け合いながら、生きている。

 

彼らはシベリアのツンドラ大地から4,000kmを旅してやってくる。

その数10数万羽とか言われているが、正確なところは分かっていない。

分かっているのは、この半世紀くらいの間に飛来地が急速に消滅していったことだ。

かつては全国各地にガンの姿が見られたが、ねぐらになる湿地帯が開発されるにつれ、

越冬の集中飛来地はここ宮城県が最南端となった。

今ではマガンの9割が宮城県の伊豆沼から蕪栗沼にいたる周辺に飛来してくる。

 

その蕪栗(かぶくり) で有機米を栽培する生産者、千葉孝志さんは この春

冬にも田んぼに水を張るために井戸を掘り、

太陽エネルギーによって水を汲み上げるという装置を設置した。

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すべては野鳥の餌場とねぐら確保のためである。

分散させる、というねらいもある。

餌場が集中すると、麦の新芽などを食べたりして、

農業との共生もうまくいかなくなる。 

行き場をなくしたガンたちが集まってきて、観光客も増えただろうが、

この状態はけっして望ましいこととはいえない。

それでも何とか共存しようとする千葉さんたちの苦労は、ただただ頭が下がる。

 

いよいよ冬となり、渡り鳥たちもやってきて、

さて太陽光パネルはちゃんと稼働しているだろうか。

鳥たちはこの田をねぐらにしてくれているだろうかと、

12月11日(土)、大地を守る会の専門委員会 「米プロジェクト21」 メンバー

とともに現地を訪れた。

 

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水は張れるようにはなったが、まだ力不足だと、千葉さんは言う。 

12時間蓄電して4時間回せる、しかしこの時期は太陽が照る時間が少ない。

また周囲の見晴らしがいいためか、白鳥やカモは来てくれるが、

警戒心の強いマガンがねぐらにすることはないらしい。

 

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この装置は、(株)日本エコシステムさんから、デモ用の機器を譲ってもらったもの。

設置費用は、エコシステムさんと千葉さんと大地を守る会で折半した。

千葉さんはなるべく経費をかけないようにと、自分の手で畦を塗り、柱を立てた。

すべてを金額に換算すれば、ここの田んぼの米の売上にして7~8年分くらいになるか。

とても真似できるものではない。

 

渡り鳥たちの貴重な越冬地としてラムサール条約に登録された千葉さんたちの田んぼ。

米だけじゃない、生き物も一緒に育てる田んぼ、

この意味を理解するからこそ、千葉さんは率先して自らの姿勢を見せた。 

 

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しかし僕らはまだこの本当の価値や豊かさを表現できていない。

数万羽の渡り鳥たちがここで餌を食み、体力を蓄え、子を育て、

春になる前にシベリアへと帰る。

八郎潟-北海道宮島沼を経て、カムチャッカ半島ハルチェンスコ湖まで

1,000 km を休まずに飛びきる。

彼らを支える沼と田んぼの力を保証できるだけのお米の代金を、

僕らは払い切れているのだろうか。

 

視察時は、周囲で大豆の刈り取りなどで機械が動いていたため、

残念ながら白鳥は飛び去っていて、写真に収めることができなかった。

ま、それは仕方ないとして、一行は田んぼから蕪栗沼まで移動する。 

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鳥たちが餌場から帰ってくる時間だ。

数え切れない大群が押し寄せてくる。 あっちからも、こっちからも。

一同、口をあけてただただ歓声を上げるのみ。

 

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秋の田の穂田を雁がね闇(くら) けくに

夜のほどろにも鳴き渡るかも  (万葉集巻八、聖武天皇) 

 

見よ! この田の力を。 

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彼らは意外なことに虫より草を食べる。 イネの落穂だけでなく、雑草を食べてくれるのだ。

そして貴重なリン酸肥料をお礼に置いていってくれる。

有機栽培を手伝ってくれている仲間だと言うと大げさかもしれないけど、

ちゃんと生命の循環に連なっていて、無償で与え合っている関係ではある。

いつか、大きな生命の連鎖から与えられる枯渇しない  " めぐみ "  によって

私たちも生かされているということが、あたり前に認識される日は来るのだろうか。

ねぐらに帰るガンの鳴く声が切なくも聞こえる。

 

世界で初めて田んぼが貴重な湿地帯として認められた、ここ蕪栗。

注目され人がやってくるのは地域にとっては嬉しいことだろうが、

鳥による作物への食害は日常茶飯事であり、

渡り鳥との共生なんて余計なことと考える人も厳然と存在する。

千葉さんたちの苦労は絶えず、たたかいは続く。

 

夜は宿に他の生産者もやってきて、またお隣の中田町から大豆の生産者・高橋伸くんも

お酒を持って顔を見せてくれた。

楽しい懇親会となったのだが、さて、失敗したのは翌日である。

 



2010年12月 8日

「都市の食」 ビジョン

 

時間は矢のように過ぎて、巷の空気はもう Merry Xmas だ。

30回目のジョン・レノンの命日がやってきて、街に HAPPY XMAS の曲が流れている。

老いた人も若い人も、肌の黒い人も白い人も、金持ちの人も貧しい人も ~

A very Merry Xmas , And a Happy New Year ~

War is over!

If you want it  

War is over! Now!

歴史的アルバム 『イマジン』 と同じ年(1971年) に発売された、

ジョンとヨーコの 「愛と平和」 のメッセージ。

「 あなたが望むなら  戦争は終わる! ハッピー・クリスマス  ジョン&ヨーコ 」

 

願いの込められた Merry Xmas を聞きながら、

昨日は午後から丸の内での会議に出向いていた。

新丸ビル10階 - いつもの 「エコッツェリア」。

ここで 「丸の内地球環境倶楽部 都市の食ワーキング・グループ」 という集まりがあって、

今年の春より 「都市の食」 のあるべき姿をビジョンとガイドラインにまとめる作業を進めてきた。

一方で丸の内シェフズクラブによる 「食育丸の内」 が展開されてきたことは、

この間お伝えしてきた通りである (直近では 10/18の日記 をご参照ください)。

 

「都市の食」 ガイドライン策定では、

『 " 食 "  を通じた 「都市」 と 「生産地」 による持続可能な環境共生型の地域づくり 』

を目的として、次のようにポイントが整理された。

◆消費者のために・・・ ①おいしい食 ②安全・安心な食 ③身体にいい食

◆つながりを取り戻す食・・・ ④自然とつながる食 ⑤人とつながる食 ⑥地域とつながる食

◆大丸有だからできる食・・・

  ⑦本物を知る食 ⑧創造力を育てる食 ⑨世の中を変える食 ⑩自分でつくる食

 

このガイドラインを形にしてゆくために、提供者・流通者がそれぞれに行動指針を持ち、

具体化に向けた検討の段階へと進む。

昨日はそのための、改めての検討会の立ち上げである。

第1回  『 「都市の食」 ビジョン具体化に向けたまちづくり検討会

            -大丸有 食の低炭素化と自立に向けて- 』

予定では2月の第3回までの間に骨格をつくり上げる計画だ。

いわば第2ラウンド、根幹となる物流の仕組みづくりとなり、

僕はステークホルダーとかいう立場で引き続き関わらせていただくことになった。

ビジョンに賛同する生産者とレストランを、それぞれの立場や都合をマッチングさせながら、

しかも効率や環境負荷にも考慮しながら、結ぶことができるか。

価値のネットワーカーでありたい、などと偉そうなことをほざいてきた者の

まさに真価が問われる場になってきた。 血が騒ぐ・・・

 


検討会の座長は金沢工業大学産学連携室コーディネーター・小松俊昭さん。 

ステークホルダーには、環境省や農水省、東京都も参画している。

第1回目の検討会はお互いのイメージや課題を出し合うような形となったが、

次からいよいよ本格的な議論になる。

 

会議終了後、ビジョンとガイドラインに沿った食材の試食会が持たれた。

東京都内の生産者の野菜、八丈島の海産物を、

フレンチのお店 「イグレット丸の内」(新丸ビル5F) の市川健二シェフが

素材の特徴にあわせて調理してみせてくれた。 

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そして大地を守る会は、テッテイして国産にこだわった食材の提供として、

東京駅エキュートのお弁当・お惣菜店 「大地を守る Deli 」 からのケータリングで協力。

 

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国産素材だけで色々なラインナップが可能です、という提案。 

ただ Deli はケータリングの体制を持ってなく、また初めての年末体制ということもあって

神経ピリピリ状態だったのだが、何とかイレギュラーなオペレーションをこなしてくれた。

容器等は一般品でご容赦願う。

 

産地・生産者グループが特定でき、フードマイレージも表示できる。

フードマイレージについては、広報室・大野由紀恵が説明する。

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畑とレストランそして消費者を結ぶ、しかもガイドラインで示された理念を体現する形で。

自給率の向上に、食文化の発展に、そして食べる人の健康や豊かさの実感にも貢献する

新しい仕組みづくり。

いろんな視点での  " 結び "  の作業が、これから始まる。 

 



2010年12月 4日

いのちの海を守りたい

 

先週は金曜日にもう一つ夜の集まりがあったので記しておきたい。

 

11月26日(金)、幕張の本社に祝島 (いわいしま) からお客さんがやってきた。

山戸孝さん。 山口県熊毛郡上関町祝島在住。

びわ農家であり、「上関原発を建てさせない祝島島民の会」 のメンバー。

9月5日の日記 で紹介した元祝島漁協組合長・山戸貞夫さんの息子さんだ。

鎌仲ひとみさん監督の映画 『ミツバチの羽音と地球の回転』 にも登場している。

 

本来は翌日に開かれる 「上関どうするネット」 の集会に合わせて上京されたのだが、

到着したこの日の夜に時間をとって千葉・幕張まで訪ねてくれた。

そこで専門委員会 「大地・原発とめよう会」 のスタッフが中心になって、

「孝さんを囲んで話を聞く会」 が用意されたのだった。

 

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孝さんはほとんど寝てない状態だという。

埋め立て工事を強行しようとする中国電力の作業台船 (地盤改良船) が、

26日の午前1時に工事を断念して引き揚げるまで、抗議と監視を続けてから

こちらに駆けつけてくれたのだ。

 

28年も経って、ここにきて埋め立て工事を急ぐのも、

2012年9月までに埋め立てを完成させなければ免許が失効するからだとか。

まあそれもきっと延長申請されるのだろうが、

未だに2本のブイを立てたのみという実態と、この先つぎ込まれるであろうお金を鑑みれば、

やっぱりこの原発計画は白紙に戻すことこそが賢明な  " 歴史的英断 "  というものだろう。

 

この間の経過を現地感覚で感じ取りたい方は、

ぜひ 祝島島民の会のブログ をご参照願うとして、

この日の孝さんの話は、ただただ島の暮らしを守りたいという、

一徹でかつ素朴とも言える  " 生き方 "  の問題だった。

 

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島で千数百年にわたって継承されてきた祭り 『神舞(かんまい)』 を守りたくて、

10年前、孝さんは島に帰ってきた。

この島で生きるということは、この島で死ぬことなんだと、その覚悟を持ったことで、

原発の問題も語れるようになった。

 

生物多様性のホットスポット、「瀬戸内の楽園」 と謳われるこの地で、

海とともに生きたい。

朝日が昇る方角の目の前に原発を眺めながら日々を暮らし、

ひとたび事故が起これば、私たちはどこにも逃げられない。

「反対するしかないでしょう。」

 

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じいちゃん・ばあちゃんたちは病気になると本土の病院に搬送されるけど、

みんな 「島に帰りたい」 「島で死にたい」 と言って泣く。

みんなが安心して最後まで暮らせる島にしたい。

島民の緊急時の搬送体制の確立、高齢者福祉・介護の充実化、

島の歴史的・文化的遺産の見直しなどに取り組みながら、

孝さんは経済的自立と地域活性化に向けて、

島の特産品を販売する 祝島市場 を運営する。

そして将来はエネルギーも自給したいと夢を、じゃない、プランを語る。

「私たちは食べものを選べる時代に生きてますが、まだ電気は選べない。

 何によってつくられた電気なのか、それを選択して暮らせる社会にしたいです。」 

 

エネルギーと自然環境が調和したモデルケースにしたい。

山戸孝は反対者であるより、未来開拓者だ。 

 

「もっと話をしたい。」

散会の後、緑提灯の店に流れる。

孝さんの目がしょぼしょぼしてきている。 明日が本番だというのに。

それでも、語り合いたいという思いのほうが強くて、なかなか終われない。

 



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