2010年12月18日

千葉さんのたたかい

 

朝にゆく雁の鳴く音は吾が如く

 もの念(おも) へかも 声の悲しき  (万葉集巻十、詠人知らず)

 

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いにしえより多くの和歌に詠われ、日本人に親しまれてきた雁。

その声は聞く人のそのときの心情に重なるように響いてくる。

ガンは家族の絆が強く、いつも仲間と群をつくって一緒に行動する。

朝、餌場に向かって飛び立つとき、夕、ねぐらに帰ってくるとき、

彼らは数種類の声で仲間を呼び合い、助け合いながら、生きている。

 

彼らはシベリアのツンドラ大地から4,000kmを旅してやってくる。

その数10数万羽とか言われているが、正確なところは分かっていない。

分かっているのは、この半世紀くらいの間に飛来地が急速に消滅していったことだ。

かつては全国各地にガンの姿が見られたが、ねぐらになる湿地帯が開発されるにつれ、

越冬の集中飛来地はここ宮城県が最南端となった。

今ではマガンの9割が宮城県の伊豆沼から蕪栗沼にいたる周辺に飛来してくる。

 

その蕪栗(かぶくり) で有機米を栽培する生産者、千葉孝志さんは この春

冬にも田んぼに水を張るために井戸を掘り、

太陽エネルギーによって水を汲み上げるという装置を設置した。

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すべては野鳥の餌場とねぐら確保のためである。

分散させる、というねらいもある。

餌場が集中すると、麦の新芽などを食べたりして、

農業との共生もうまくいかなくなる。 

行き場をなくしたガンたちが集まってきて、観光客も増えただろうが、

この状態はけっして望ましいこととはいえない。

それでも何とか共存しようとする千葉さんたちの苦労は、ただただ頭が下がる。

 

いよいよ冬となり、渡り鳥たちもやってきて、

さて太陽光パネルはちゃんと稼働しているだろうか。

鳥たちはこの田をねぐらにしてくれているだろうかと、

12月11日(土)、大地を守る会の専門委員会 「米プロジェクト21」 メンバー

とともに現地を訪れた。

 

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水は張れるようにはなったが、まだ力不足だと、千葉さんは言う。 

12時間蓄電して4時間回せる、しかしこの時期は太陽が照る時間が少ない。

また周囲の見晴らしがいいためか、白鳥やカモは来てくれるが、

警戒心の強いマガンがねぐらにすることはないらしい。

 

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この装置は、(株)日本エコシステムさんから、デモ用の機器を譲ってもらったもの。

設置費用は、エコシステムさんと千葉さんと大地を守る会で折半した。

千葉さんはなるべく経費をかけないようにと、自分の手で畦を塗り、柱を立てた。

すべてを金額に換算すれば、ここの田んぼの米の売上にして7~8年分くらいになるか。

とても真似できるものではない。

 

渡り鳥たちの貴重な越冬地としてラムサール条約に登録された千葉さんたちの田んぼ。

米だけじゃない、生き物も一緒に育てる田んぼ、

この意味を理解するからこそ、千葉さんは率先して自らの姿勢を見せた。 

 

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しかし僕らはまだこの本当の価値や豊かさを表現できていない。

数万羽の渡り鳥たちがここで餌を食み、体力を蓄え、子を育て、

春になる前にシベリアへと帰る。

八郎潟-北海道宮島沼を経て、カムチャッカ半島ハルチェンスコ湖まで

1,000 km を休まずに飛びきる。

彼らを支える沼と田んぼの力を保証できるだけのお米の代金を、

僕らは払い切れているのだろうか。

 

視察時は、周囲で大豆の刈り取りなどで機械が動いていたため、

残念ながら白鳥は飛び去っていて、写真に収めることができなかった。

ま、それは仕方ないとして、一行は田んぼから蕪栗沼まで移動する。 

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鳥たちが餌場から帰ってくる時間だ。

数え切れない大群が押し寄せてくる。 あっちからも、こっちからも。

一同、口をあけてただただ歓声を上げるのみ。

 

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秋の田の穂田を雁がね闇(くら) けくに

夜のほどろにも鳴き渡るかも  (万葉集巻八、聖武天皇) 

 

見よ! この田の力を。 

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彼らは意外なことに虫より草を食べる。 イネの落穂だけでなく、雑草を食べてくれるのだ。

そして貴重なリン酸肥料をお礼に置いていってくれる。

有機栽培を手伝ってくれている仲間だと言うと大げさかもしれないけど、

ちゃんと生命の循環に連なっていて、無償で与え合っている関係ではある。

いつか、大きな生命の連鎖から与えられる枯渇しない  " めぐみ "  によって

私たちも生かされているということが、あたり前に認識される日は来るのだろうか。

ねぐらに帰るガンの鳴く声が切なくも聞こえる。

 

世界で初めて田んぼが貴重な湿地帯として認められた、ここ蕪栗。

注目され人がやってくるのは地域にとっては嬉しいことだろうが、

鳥による作物への食害は日常茶飯事であり、

渡り鳥との共生なんて余計なことと考える人も厳然と存在する。

千葉さんたちの苦労は絶えず、たたかいは続く。

 

夜は宿に他の生産者もやってきて、またお隣の中田町から大豆の生産者・高橋伸くんも

お酒を持って顔を見せてくれた。

楽しい懇親会となったのだが、さて、失敗したのは翌日である。

 



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