2012年4月アーカイブ

2012年4月30日

須賀川から、新しい社会づくりを-

 

4月28-29日、福島県須賀川市で開催された

「 第12回 菜の花サミット in ふくしま」 レポートを続けます。

 

" Energy Rich Japan (エネルギー豊富な日本) "  

ドイツでバイオマスエネルギー村を誕生させたマリアンネ教授からの

刺激的な激励メッセージを受けて、

福島県下で取り組まれてきた 4つの事例が報告された。 

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【報告1】- 「津波塩害農地復興のための菜の花プロジェクト」

  東北大学環境システム生物学分野教授、中井裕氏より。

【報告2】- 「菜種に対する放射性物質の影響について」

  福島県農業総合センター作物園芸部畑作科主任研究員、平山孝氏より。

【報告3】- 「菜の花の栽培技術について」

  株式会社エコERC代表取締役、爲廣正彦氏より。

【報告4】- 「須賀川市菜の花プロジェクトの取り組みについて」

  株式会社ひまわり総務部長、岩崎康夫氏より。

 

4つの報告を僕なりにまとめて要約すれば、以下のようになるだろうか。

1.この1年、各地で試験されたナタネやヒマワリ、エゴマ等による

  「(放射性物質の) 除染効果」 は必ずしも高いとは言えないが、

  搾油した油にはほとんど移行しないため、

  畑の有効活用とエネルギー自給への取り組みとしては高い有用性がある。

  塩害農地対策としての効果を上げるには、耐塩性品種の選抜が課題のようだ。

2.ナタネ栽培を起点として、「食」 と 「エネルギー」 生産のサイクルを、

  地域の多業種が連携することで実現できれば、

  持続可能な新規の環境産業の創出 が期待できる。

3.須賀川市で展開されている菜の花プロジェクトは、以下の点で特筆される。

  A) 耕作放棄地を再生させる効果がある。

  B) 搾油された油を学校給食で使用 ⇒ 使用済み油を回収 ⇒ 

    バイオ燃料(BDF)に精製 ⇒ 軽油の代替燃料として活用する、

    という地域循環が成立している (回収には地元スーパーも参加)。

    これによって、震災直後に石油燃料が途絶えた時も、須賀川市では

    ゴミ収集車3台がいつもと同じように回ることができた!

  C) 菜の花の種まきを子どもたちが行なうことで環境教育に役立っている。

3.課題は、品種選定から安定生産、燃料の品質向上など様々に残っているが、

  とにかくポイントは、生産(製造・再生) と消費(活用) のリンクである。

  地場生産された菜種油には、油代以外の多面的な経済価値が含まれている。

  そのことをどう伝えていくか(=消費の安定的確保) が重要だと思えた。

 

続く第3部では、ジェイラップ代表・伊藤俊彦さんと

「NPO法人チェルノブイリ救援・中部」 理事・河田昌東さんによる対談が組まれた。

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対談テーマは、「福島の放射能と食の安全」。

 

伊藤俊彦さん

 - 間違いなく、「この一年、放射能について最も勉強し、たたかった農民」 の代表だろう。

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共同テーブルで実施した学習会(白石久仁雄氏今中哲二氏) や

専門家ヒアリング(菅谷昭・松本市長) にも食らいつくように参加してきた成果が

資料によくまとめられ、また発言の随所に活かされていた。

 

伊藤さんは断言する。

「汚染されない農作物をつくるための生産技術の研究と革新に向かうか、

 ただ手をこまねいて国の基準値内に収まるのを待つか。

 これによって我々(福島) の農業の未来は明暗を分けることになるだろう。」

 

放射性物質の性質や挙動を学び、

土壌の力を分析し、食物の機能から鉱物資材の専門書まで読み漁り、

理論的根拠を忘れることなく対策を組み立ててきた。

その執念にずっと付き合ってきた専門家が、河田昌東さんである。

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チェルノブイリの経験から得た知見をもとに、

ジェイラップ(稲田稲作研究会)の試行錯誤を支えてくれた。

 

いま伊藤さんが考えていることは、

食物の力が最大限に活かされるための生産技術の確立である。

例えば、玄米には、ペクチンやセルロース・ヘミセルロース、フィチン酸など、

内部被曝対策に有効とされる機能性要素が豊富に含まれている。

自らが生産する  " 安全で機能的な玄米 "  で孫を守って見せる。

汚染されない稲作技術を確立させ、詳細な分析に基づく安全確認を経て、

玄米の機能性を最大限に生かした  " 放射能対策食 "  を目指したい。

 

例えば、黒米にある抗酸化物質(ポリフェノール、アントシアニン) や

アミノ酪酸(ギャバ)、赤米に含まれるタンニンの金属イオン結合効果。

例えば、インゲンやサヤエンドウはカリウムの吸収量が多く、

したがってセシウムが移行しやすい作物であるが、一方で

セシウムの排泄機能に長けるペクチン含有量が高いという特性もある。

汚染されない栽培技術が確立されれば、

インゲンやサヤエンドウは放射能対策の極めて有効な作物になる。

 

勉強し、挑戦し続ける百姓でありたい。

そして、福島の人のほうが健康だと言えるまでにしたい!

 

伊藤俊彦渾身のプレゼン。 

売ってみせないと、合わせる顔がない。。。。

 

一日目の最後に、

岩瀬農業高校の生徒たちによる 「サミット宣言」 が読み上げられた。 

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私たちは福島が大好きです。

福島はステキなところです。

私たちはあきらめません。

日本の再生を、この福島から始めましょう。

 

夜の歓迎レセプション、交流会。

河田昌東さんと談笑する二本松有機農業研究会・大内信一さんがいた。

ツーショットの一枚を頂く。 

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夜は、伊藤さんと二人で、須賀川の夜をはしごする。

この人とは、なんぼ話しても話し足りない。

 

二日目は、

分科会① - 「農地の放射線量低減対策と食の安全確保について」 に参加。

ジェイラップの対策事例から学ぼうというグループ。

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詳細なデータMAPを示しながら、

昨年の成果と今年の対策を語る伊藤俊彦さん。 

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僕は、ところどころで補完する係として一番前に座らせられる。

伊藤さんの指示は、次のひと言をガツンとやれ、というものだった。

「 国の基準以内に収まればいいということではない。

 常に安全な農産物生産に向けてたたかう姿勢を見せること。

 消費者の信頼は、それによって帰ってくる。」

言えたかどうかは、どうも心もとないけど。。。

 

最後のまとめは、菜の花プロジェクト・ネットワーク代表、藤井洵子さん。

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二日間にわたる盛りだくさんのプログラムをやり切ってくれた

須賀川市のスタッフたちの頑張りに感謝しつつ、

「今日の成功をバネに、全国の仲間とともに、新しい社会づくりに踏み出していきましょう」

と力強く締めくくられた。

 

「エネルギー自給へのイノベーションを、須賀川から発信したい」

と熱く語る伊藤俊彦。 

彼との付き合いも、米から始まって、酒、乾燥野菜ときて、

さらに深みに向かう予感を抱きながら、須賀川を後にしたのだった。

 



2012年4月29日

全国菜の花サミット in ふくしま

 

いま私たちが望む復興・再生とは、単純に3.11以前に戻すことではない。

様々な反省をテコにして、新しい持続可能な社会へと転換させることだ。

そのための道筋を切り拓いていきたい。

 

福島・須賀川には何度も足を運んでいるけど、

田植え前のこの時期に来ることは少なかったように思う。

ましてや街の風景を眺めることなど、なかったね。

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桜並木に鯉のぼりがはためく爽やかな一日。

今回はジェイラップにも寄らず、

昨日から二日間にわたって開催された大きな大会に参加することになった。

 

『 第12回 全国菜の花サミット in ふくしま 』

よみがえれ ほんとうの空

おきあがれ 明日への大地

~ 「菜の花プロジェクト」 と 「食の安全」、放射能に負けない福島の姿 ~

 

会場は、一日目(昨日) が須賀川市文化センターでシンポジウム。

二日目の今日は、福島空港ビルで3つの分科会と3コースに分かれての現地見学

というプログラムで行なわれた。

 

時間を調べずに向かったら、郡山から在来線への連絡がとても悪く、

やや遅れて到着してしまった (怒!)。

主催者や来賓の挨拶など開会セレモニーが行なわれていて、

何とか基調講演の開始には間に合ったようだ。

 

講師はドイツから招いたお二人。

放射能に負けない、未来の福島の姿を描くために、

ドイツのバイオエネルギー村の成功事例から学ぼうという設定である。

地域再生の方向性を示したいという、主催者の強いメッセージが読み取れる。

 

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ドイツにおけるバイオマスエネルギー村の取り組み。 

講師は、ゲッティンゲン大学教授、マリアンネ・カーペンシュタイン・マッハンさんと、

コンサルティング会社社長、ゲルド・パッフェンホルツさん。 

 

チェルノブイリ原発事故をきっかけに、

再生可能エネルギーへのシフトが着実に進んできたドイツ。

2020年には再生可能エネルギーのシェアを20%に、

2050年には50%にする目標が設定されている。

福島原発事故の後には、2022年までに原子力発電を全廃することが合意された。

 

再生可能エネルギーには、風力・ソーラー(太陽熱)・地熱など様々な形態があるが、

現在、ドイツでのエネルギー供給量に占める再生可能エネルギーの割合は12.2%で、

うちバイオマスが8.2%だという (再生可能エネルギーの67%)。

地域の農業と共生でき、地域内で資源を調達できるバイオマス・エネルギーは、

目標達成のために、ますます重要な役割を果たすことが期待されている。

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わらや腐葉土、肥料、有機性廃棄物など、たくさんのバイオマスのタイプが

エネルギー単体として使用することができる、とマリアンネさんは強調する。

 

地域内資源を活用し、再生可能エネルギーで100%まかなう集落

「バイオマスエネルギー村」 が誕生したのは今から10年前のこと。

ゲッティンゲン大学の科学者チームによって始められたプロジェクトは

「灯台プロジェクト」 と名づけられた。

ゲッティンゲン地域で集中的な広報活動が行なわれ、17の村が興味を示した。

それぞれの村で、すべての居住者を招待しての説明会や意見交換が行なわれ、

アンケート調査によって、実現可能性の高い4つの村が選定された。

そのなかで住民の参加意欲や諸条件(農園の態勢が整っている等) によって、

ユンデという村が最初に選ばれた。

 

取り組みの意義や成果が村の人たちに浸透していくために、

大学のチームと村長をはじめとする村の人々による

計画推進のための核となるチームが、村内に結成された(村民の満場一致によって)。

そこで、発電所の場所、大きさ、バイオマスに支払われる価格、熱エネルギー価格などが、

住民合意のもとで決定されていった。

そしてすべてのプロジェクト参加者が発電所の株主となった。

 

2005年、発電所が完成し、発電と供給が開始された。

ユンデ村での導入後、ゲッティンゲン地域で4つのバイオエネルギー村が誕生し、

ドイツ国内に波及していった。

現在では国内の68集落にまで広がりを見せているという。

初期投資にはドイツ政府の補助金もある。

 

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このプロジェクトを成功に導いた要因として大事だと思ったのは、

地元住民の  " 気づき "  とともに歩む姿勢である。

マリアンネさんは語る。

 

民主主義社会において、人々を強制しては何の意味もなさなくなる。

農村地区のプロジェクト参加はボランティアでなければならず、

したがって灯台プロジェクトの最初の壁は、技術的なものではなくて、

社会的改新 (意識改革?) をしなければならないことであった。

 

バイオエネルギー村の導入によって、無数の変化が人々に起きた。

村はエネルギー供給者と受給者としての社会的役割を受け入れ、

彼ら自身のエネルギー需要に取り組むことになる。

たくさんの最先端の知識が必要で、

たくさんの新しい役割が関係者に課せられた。

 

そのプロセスは大学のチームによってまとめられた。

成功したコミュニティのリーダーにインタビューして成功の要因を見つけ、

整理し、他に適用させていった。

潜在的なリーダーを見つけ出すことに、村の個々人とコンタクトを作ることに、

すべての人に中立的な科学情報を提供することに、

批判を言う者に対して適切かつ丁寧にふるまうことに、

公共のメディアとの良好な関係を作ることに、

コンセプトを広めるために、お祭りや、既存のネットワークを活用して

新しいモデル資産になるものを発掘していくことに。

 

日本で、バイオエネルギー村は可能だろうか?

マリアンネさんの答えは明確である。

 - バイオエネルギー村は、どこでも可能です。

  あるいは太陽・風力・地熱とバイオマスを組み合わせた  " 自然エネルギー村 "  は、

  とてもいいソリューション(解答) です。

  日本に対するドイツの見解は、

  " Energy Rich Japan (エネルギー豊富な日本) "  です。

 

  それらは気候、資源、そして環境保護に貢献します。

  エネルギー供給と独立した安全保障に貢献します。

  再生資源はきれいで、人体や環境に害を及ぼすこともなく、

  廃棄物が出ないため、ゴミの問題がありません。

  バイオ・自然エネルギー村は、それらの地域や村の農業、工芸品や軽工業を

  ともに行なう魅力的な場所に (再び) なることで、

  人々のアイデンティティを強化します。

 

ドイツからの刺激的な基調講演を受けて、

3.11後、福島で取り組まれた事例報告が行なわれた。

 

すみません。続く。

 



2012年4月27日

大地を守る会の「放射能連続講座」、準備進行中

 

4月のブログ空白期間中で、嬉しかったことが一つ。

大地を守る会でも取り組んでいる

「さよなら原発1000万人アクション・脱原発署名」 に、

福島県二本松市のリンゴ生産グループ 「羽山園芸組合」 さんから

270名分の署名が届いたという報告。

3月31日付日記 で紹介した3人が手分けして、

ご親戚ご近所(と言っても距離はある) を回って集めたんだそうだ。

田舎で署名を集めるのはけっこう大変なことだけど、

羽山という山あいで暮らす人たちの思いが、この数から伝わってくる。

 

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羽山園芸組合代表の武藤喜三さん(写真中央) は以前から、

都内で開かれた脱原発の集会などにも、静かに顔を出して静かに帰るような方だった。

去年の原発事故には深く思うところがあるに違いない。

悔しさを胸の奥に秘めて、黙々と除染作業を続けた冬だったね。

 

さて、今日は東京大学理学部の早野龍五教授を訪ねた。

昨年10月のニコニコ生放送でご一緒して以来の再会。

用件は、いま準備している連続講座の講演依頼と、 

弊社・宅配部が試験的にやろうとしている食事一食分のまるごと測定、

いわゆる  " 陰膳(かげぜん) 方式 "  を実施するにあたってアドバイスをいただくこと。

 


「陰膳」 というのは、元々は仏様にお供えする食事のことだったと思うが、

今では、旅に出た人や出征した家族の無事を祈願して用意する食膳を指すようだ。

いずれにしても  " 一緒に食事をする "  ことで、

いつも  " 共に居る "  という願いを込めたものなのだろう。

僕の実家(四国) では、仏壇に供えてチンチンとリンを打って手を合わせるのが、

子どもの朝イチのお勤めだった。

あの頃はただ 「仏さんのお膳」 と呼んでいたけど。

 

それが何の因果か、放射能を測るために使われるようになった。

初めて 「陰膳方式」 という用語を耳にしたときは意味が分からなかった。

この方式を、学校給食での汚染 (被曝) 実態を知るために取り入れようと

提唱したのが、早野教授である。

現在各地の自治体で採用されてきている。

 

この方式にもメリットとデメリットがある。

一食分の食材をまるごとミキサーにかけて測るため、

仮に微妙な数字が出た場合に、どの食材由来なのかは明確にできない。

これはあくまでも、日常的にどれくらいの放射性物質を体に取り込んでいるのか

事実を知り、冷静に判断するための手段である。

うろたえない知識と落ち着いた判断力が求められる。

 

宅配部では、せっかくゲルマニウム半導体検出器という高性能の機械があるのだから、

この方式で会員からの測定依頼を受けてはどうかと考えたようだが、

それが会員サービスにつながるかどうかは慎重に考えた方がいい、

というのが僕の意見だった。

 

と言いつつも、一方で僕の方はというと、この一年で揃えてきた測定体制を

将来にわたって有用なものとして活用させるためには、

測定器というツールを様々な観点で使いこなす力が必要になってくると思っていて、

そのひとつの試行として、この方式の意義を正確に理解しておきたいと考えて、

早野さんに講演を打診していた。 

 - というワケで、宅配部の担当一人を連れて、今回の訪問となった。

 

同行した職員(女性) は、早野教授から直接レクチャーを受けたことで、

なんかとてもシアワセそうだった。

僕も講演の日程や概要を決めることができて、成果ありの半日となった。

 

講師陣がそろってきたところで、いま準備を進めている講座の概要につき、

とりあえずここまでの進捗報告、予告編をアップしておきましょうか。

 

『 大地を守る会の 放射能連続講座

  ~食品と放射能:毎日の安心のために~ 』 を開催します。

◆第1回 ...... 6月2日(土) 午後1時半~4時

  テーマ = 「今後の影響をどう予測し、どう心構えをするか」

  講 師 = 上田昌文さん(NPO法人市民科学研究室代表)

  会 場 = 杉並区産業商工会館

◆第2回 ...... 7月7日(土) 午後1時半~4時

  テーマ = 「正しい食事こそ最大の防護」

  講 師=白石久二雄さん(元・放射線総合医学研究所 内部被ばく評価室長)

  会 場=都内(未定)

◆第3回 ...... 7月21日(土) 午後1時半~4時

 テーマ = 「測定を市民のために ~陰膳法から学ぶ~」

 講 師 = 早野龍五さん(東京大学大学院教授)

 会 場 = 都内(未定)

◆第4回 ...... 8月18日(土) 午後1時半~4時

 テーマ = 「海の汚染を考える」

 講 師 = 勝川俊雄さん(三重大学准教授)

 会 場 = 都内(未定)

◆第5回 ...... 9月15日(土) 午後1時半~4時

 テーマ = 「いのちを生きる ~放射能とたたかい続けた医師からのメッセージ」

 講 師 = 肥田舜太郎さん(被曝医師、元・埼玉協同病院院長)

 会 場 = 都内(未定)

 

第6回は現在、講師交渉中。

テーマは 「低線量内部被ばくを考える」 を予定しています。

 

大地を守る会会員には来週、予告チラシが配布されます。

ホームページでは、15日にアップ予定。

会員以外からの参加も受け付けます。

ただし会場キャパの都合により、申し込み多数の場合は抽選となります。

 

各回とも、講師との質疑でやり取りしていただくコーディネーターを

用意したいと考えています。

第1回は、「出張食いだおれ日記」 以来、すっかり有名人になっちゃった

畏友・山本謙治さんにお願いしました。

また各回とも USTREAM で中継し、視聴者からの質問も受ける形を検討中です。

 

今回のシリーズで、どうしても外せないと思った方がいる。

95歳の被曝医師・肥田舜太郎さん。

4月7日にお会いして講演をお願いした際の返事が、

「体さえよければ、ね。 あんまり先のことは分からないけど。」

生きてる限り伝え続ける・・・・・ 執念というか、オーラを感じた。

ぜひとも聞いてほしい。

 



2012年4月25日

今中哲二さんの講演会から

 

科学は死を他人事にする。

 

- どこかで読んだ誰かの言葉かもしれないけど、

低線量被曝のシンポジウムを聞きながら、浮かんできた。

一人の死や病気が、統計上の 「1」 として語られる。

だからこそ僕らは、科学に倫理を求めたくなるのだ。

その 「1」 にも、私の身体ひとつ分の重みがあることを分かっていてほしくて。

 

昨年12月に 菅谷昭・松本市長を訪ねた とき、菅谷さんが語っていた。

「国の審議会に呼ばれたとき、専門家の方がね、

  『甲状腺がんは死ぬ病気じゃないから (大したことない) 』 って言ったんですよ。

 冗談じゃないです、と私は言いました。 医者として許せなかったですね。

 これは本人にとっても家族にとっても、

 人生が変わるくらい、とても辛いことなんですよ。」

どんな場合でも、忘れたくないことだと思った。

そして今の僕の心情は、内部被曝リスクを語る人のほうがモラルが高い、

という印象を抱いている。

いやここは、ヒューマニズムと言うべきか。

 

さて、まゆつば科学であってはならないと、慎重に

内部被ばくデータを眺める今中哲二さん(京都大学原子炉実験所助教) には、

3月30日に、「共同テーブル」 の勉強会で話してもらったので、

時間は遡るが、いちおう簡単にでも日記として残しておきたい。

 

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場所は新宿、カタログハウスさんのセミナー・ルーム。

依頼した内容は、ベラルーシやウクライナで食品基準が設定されていった

背景を学びたい、ということだったのだが、

今中さんが設定したテーマは、

「 " 汚染食品との向き合い方 "  について考えていること」

というものだった。

そういう心境だったんだろうね。

 

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日本も  " 放射能汚染と向き合う時代 "  になった。

今中さんは10日前にも東京・日比谷公園の空間線量を測定していて、

「やっぱ、東京はどこもセシウムだらけだなあ」 と言い放つ。

そこにずっと立っていたと仮定した場合の外部被曝量は、

年間 440μSv (マイクロシーベルト、=0.4mSv)。

吸入被曝は、0.15 μSv (0.00015mSv)/年。

 

さて、内部被曝はどうだろう。

この4月から国が設定した放射性セシウムの規制値 100ベクレル/kgの食べ物を

毎日食べ続けたら-

全量を胃腸壁から体内に取り込み、体に均一に分布し、

ICRP(国際放射線防護委員会) が考える生物学的半減期(大人約100日、子供約30日)

にしたがって排泄される、と仮定して、

また大人が一日約2kg、子供が約1kg食べたとして、

大人=4μSv/日、年間1200μSv(1.2mSv)。 子供は年間 400μSv(0.4mSv)。

 

実際に流通される食品は規制値よりかなり低いはずなので、

食品汚染にともなう大きな内部被曝はなさそうだ。

幸いなことに福島では、ストロンチウムやプルトニウムの汚染は

とりあえず無視できるレベルのようであるし。

 

といって、基準値以下だから  " 安全 "  なわけではない!

発ガンに関する線量・効果関係は

「しきい値なし直線」(ゼロから比例的にリスクは高まってゆく) である。

1ミリシーベルトの被曝により、後に発ガンする確率は

(人間集団の平均で) 1万分の1である。

環境や食物が汚染されていることを承知で、

それを引き受けながら生きてゆかざるを得ないのが、

" フクシマ後の時代 "  なのだと思う。

 

影響を観察できないからといって、" 影響がないわけではない " 。

低レベルの被曝による  " ガン以外 "  の影響は、まだ  " よく分からない " 。

私たちは、どこまでの汚染を引き受けるのか、どこまでの被曝を我慢するのか、

答えはない。

ただ・・・・・お前ならどうする? と問われれば、こう答えるようにしている。

・大阪の汚染は・・・ 気にならない。

・娘が東京にいるが・・・ 避難するほどでなないだろうと伝える。

・私が福島に住んでいたら・・・ 住み続ける。

・孫が福島にいたら・・・ まだ答えを持っていない。

 

とにかく、原発はやめにしよう!

 

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2012年4月24日

低線量被曝に向き合う(続き)

 

4月21日(土)、「低線量被曝に向き合う ~チェルノブイリからの教訓~」 シンポジウム。

残りの報告を。

 

べラルーシ科学アカデミー主任研究員、ミハイル・マリコ博士の講演。

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博士からは、ベラルーシでの、チェルノブイリ事故由来による

白血病、固形ガン(胃がん、肝がん、乳がん、膀胱ガン、甲状腺がん) の

追加的発症(放射能由来による増加) や、

新生児の先天性異常の増加データを示しつつ、

安全な被ばく線量(しきい値) はないこと、

特に妊婦への影響が指摘された。

 

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マリコ氏のデータに対し、

沢田昭二・名古屋大学名誉教授が以下のようなコメントを寄せている。

1.比較対象群の設定の問題や、初期被曝の測定の不充分さから

  過小評価になっている可能性がある。

  つまり低線量の長期被曝によるリスク (晩発性障害) はもっと高い可能性がある。

2.いずれにしてもこの問題は、福島原発事故による被曝の影響を考える際に、

  参照すべきデータである。

  日本政府の責任で健康診断と治療体制を充実させ、

  晩発性障害の早期発見、早期治療によって被害を最小限に抑える必要がある。

3.これからは食品による内部被曝の影響が主な問題になるので、

  放射能の影響を避ける農業、畜産、漁業などの仕事に対する援助と、

  測定器を充実させた流通体制の整備をすべきである。

 


会場でのコメンテーターは、京都大学原子炉実験所の今中哲二さん。 

マリコ氏とは長年の議論仲間だと言う。

 

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今中氏は、よく知られた脱原発派の研究者であるが、

低線量被曝影響に対する判断は慎重である。

「まだよく分かっていない」 以上、氏にとってこれはまだ 「仮説」 である。

しかしながら、もしかしたら、低線量被曝研究についての

" 枠組み転換 "  が求められているのかもしれない、との視点を提供した。

 

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低線量被曝による影響については、

発症までの時間によって様々な外部要因が生まれるため、

放射能による影響とは明確に特定できなくなる。

これを解決するには、長い時間をかけた、しかもできるだけ数多くの人を

比較対照しながら見続ける疫学的手法に頼るしかない。

 

今中さんには、実は3月30日に

「食品と放射能問題検討共同テーブル」(於:カタログハウス) で講演をお願いした。

この報告もしなくちゃ、と思ってるんだけど・・・追いつけないね。

 

質疑応答では、報告された研究内容に対する質問だけでなく、 

チェルノブイリ後の住民対応(移住や健康調査・対策など) や、

食品の安全性基準の設定経過、はては瓦礫対策と、具体的質問が数多く出された。

 

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日本はどうも、正確な事実調査とそれに基づいた効果的な対策を目指すことより、

国民の不安行動を怖れるあまりに、安全を強調しすぎてきた傾向がある。

それが結局、国への不信を生んできた。

「福島のすべての人の医学登録簿(健康調査と治療履歴) をすぐに作ってほしい。

 それは世界の人々(の予防) のためにも必要なこと。」(ステパーノヴァ教授)

こういう感覚がほしいのだが、どうも生まれてこない。

 

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低線量での長期被曝による晩発性影響。

この問題は長い論争が続くのだろうが、

日々食を運び続ける僕ら、日々何かを食べ続ける僕らは、

専門家論争が決着するまで思考を停止させておくことはできないわけで、

こういう仮説がある以上、「予防原則」 の視点は捨てられない。

この 「保守性」 は動物の自己防衛本能であり、

「大丈夫、問題ない、平気、平気」 という専門家は、

個々のリスクに対する 「科学の (倫理的) 責任」 を果たしていない。

いわばただの科学論者であって、

(私にとって) アテにできない学者、ということになってしまう。

人は今、私 (あるいは私たち) に対するモラルを感じさせてくれる人を求めている。

ただ一歩間違えばコワいことにもなるわけで、

盲信してはいけないよ、と言い聞かせながら歩かなければならない。

 

原発とは、厄介な難題を提示したものである。

 



2012年4月22日

アースデイ東京 2012

 

今日は、アースデイ東京・代々木公園会場に向かう。

トーク・ステージに出演しろとのお達しを受けて。

 

藤田社長と何人かのマラソン愛好家たちは荒川河川敷での駅伝大会を楽しんでいるはずだ。

今回は4チーム、エントリーしたという情報が入っている。

終わったらみんなで楽しくビールか、、、いいなあ。

僕はいつも何かと重なってしまって参加できたことがない。

 

実は先週17日の夜、他団体の方々からお誘いいただいた飲み会に出た際、

この駅伝メンバーにスカウトしたオーガニック検査員の草分け・水野葉子さんも顔を出されて、

「毎日一生懸命走ってるのよう!」

「エビちゃんは応援に来てくれるのよね~」 との圧力を受けて、

思わず 「行きますよ、勿論!」 とか調子のいい返事をしたのだった。

水野さん、ごめんなさい。 瞬間、こっちで仕事が入っていたことを忘れました。

<水野葉子スカウト後の格闘と当日の様子は、水野さんのブログ をぜひ。

  19日の飲み会に参加した証拠写真もアップされちゃってるけど。>

 

あちこちで同時開催された 「アースデイ東京」。

今日は 「地球目線」 で考える一日。

駅伝組も地球を走って心を清めてくれていることを信じて、

僕は代々木公園会場へ。

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大地を守る会も張り切って出展。 

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若手たちが頑張っている。 

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僕は11時45分からのトーク・ステージに出張る。

タイトルは 「放射能から身体を守る アースデイサミット」。

司会は、出版社「コモンズ」 代表・大江正章さん。

一緒に出演するのは、「ポラン広場東京」事務局長・佐藤昌紀さん、

福島の 「市民放射能測定所」理事長・丸森あやさん。

 

この1年を振り返りながら、生産者と頑張ってきたこと、

未来のために考えてほしいこと、などを語りながら、

ちょっと地球目線にも立って、、、

地球規模で進む食と環境の危機的な状況に立ち向かうためにも、

何を食べるか=どのような生産(者) や (その食の) 背景とつながるのか、

を考えることが大切であることを訴えさせていただいた。

「放射能汚染」 から身体を守るには、その大元を断たなければならないことも

忘れずに強調して。

 

さてこちらは、、、「大地を守る会 × TOKYO油田」 トーク・コーナー。 

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TOKYO油田? そう、東京は油田地帯、なのである。

 

大地を守る会では以前から、廃食油から作られたディーゼル燃料(VDF) で

トラックを走らせる取り組みに挑戦したりしてきたが、

昨年改めて取り組んだのが、

廃食油を会員宅から回収してディーゼル燃料に変え、

それを有機農業の農家のトラクターの燃料として使ってもらって、

その生産物を食べる、という循環の創造。

名づけて、「ゆかいな野菜物語」。

油が回る  " ゆかい "  な世界・・・・・ よく考えるね、まったく。

 

協力してくれた生産者は、千葉・さんぶ野菜ネットワーク代表の

富谷亜喜博さん (大地を守る会CSR運営委員)。

「ホントに、天ぷら油のにおいがするんだよね。 腹が減ってくるよ」

と面白がってくれた。

 

そんな取り組みを語る

TOKYO油田2017」 プロジェクトリーダー、染谷ゆみさん(上の写真右)

と大地を守る会・宇田川千夏。

今年はさらにパワーアップするのかな・・・乞う、ご期待、ということで。

 

少々寒い、小雨交じりの中だったけど、

未来へのエネルギーを共有する一日になったことと思う。

 

 - と、こんな一日になったので、

昨日のシンポジウムの報告の続きは明日に。

 



2012年4月21日

チェルノブイリから学ぶ 「低線量被曝」

 

今日は、年2回(春と秋) の大地を守る会の社員合宿の日。

部署持ち回りで幹事が指名され、自由に企画が練られる。

組織方針をめぐってディスカッションが行なわれることもあれば、

レクリエーション一色になることもある。

 

僕が幹事側になって仲間と企画したもので強く印象に残っているのは、

安全審査グループ時代にやったワークショップ型合宿かな。

千葉・さんぶ野菜ネットワークにお願いして有機農業体験する組、

船橋で船(大野一敏さんの太平丸) に乗って三番瀬を学ぶ組、

林業体験組、ゴミ処分場をめぐる組などに分かれ、

体験後はそれぞれの現地で 「運動と事業のつながり」 をテーマに議論し、

夕方に合流して懇親会、翌日、総括討論をやって提案型にまとめる、という趣向。

わずかなスタッフで皆よく切り盛りしながら働いてくれた。

 

さて今回は、宅配部主催。

出された企画は久しぶりの分散型、

しかもやっていただくことは街の清掃(ゴミ拾い)、という初物企画。

本社のある海浜幕張周辺組、六本木事務所周辺組、

今日明日と出展者として参画するアースデイ東京・代々木公園組に分かれ、

ゴミ拾いをやって、午後に浦安の温泉施設に合流して、

お風呂に入って宴会、という流れ。

 

アースデイ会場は、おそらくそんなにゴミは出ないと思うのだが・・・ 

とか言いながらワタクシはというと、

エプロンして街に繰り出す幕張組に 「ごめんなさい」 をして、

東京で行なわれるシンポジウムの聴講に向かわせていただいた次第。

テーマは、「低線量被曝に向き合う -チェルノブイリからの教訓-」。

会場は、本郷にある東京大学弥生講堂。

ウクライナとベラルーシから二人の研究者を招いて、

チェルノブイリ後に進行した住民たちの健康被害についての最新研究成果を学ぶ。

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招いたゲストは、

ウクライナ国立放射線医学研究所・小児放射線部長、Y・ステパーノヴァさん。

ベラルーシ科学アカデミー主任研究員、M・マリコさん。 

 

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ステパーノヴァさんの報告。

1986年4月26日深夜に発生したチェルノブイリ原発第4原子炉で発生した事故は、

「レベル7」 という最も深刻な事故災害となり、

この原子炉を鎮めるために80万人を超す作業員が動員され、

その作業者の中からも多くの被爆者を出した。 

被曝が原因とみられる死者の数は今も累積されていってる。

 

4km離れたプリピャチ市の住民を避難させるために

1100台のバスと3本の列車が用意され、3時間で4万5千人が避難した。

事故の規模が明らかになるにしたがい、

汚染地域・30km圏内からの避難が行なわれ、1993年末までに23万人が避難した。

 

ウクライナでは、チェルノブイリ事故の被災者を4グループに分けて登録している。

1) 事故処理作業にあたった人。

2) プリピャチ市と30km圏内から避難した人。

3) 放射性物質で汚染された地域に居住している人。

4) 被ばくした両親から生まれた子ども。

 

今回はチェルノブイリ事故が子どもの健康に与えた影響について報告された。

ポイントを上げれば、

・30km圏内から避難した子供にも、放射能汚染地域の住民にも、

 機能障害から慢性病へ移行する現象が見られた。

 この傾向は子どもが18歳になるまで続いた。

・健康な(何も疾患がない) 子どもの割合は、1986-87年の27.5%から、

 2005年の7.2%へと減少した。

・甲状腺に高い線量を被ばくした子どものうち、健康な者は2.8%に満たない。

・プリピャチ市から避難した子どもの疾患レベルは、比較対象グループよりも、

 事故後一貫して高く、2003年の健康調査では、避難グループの疾患レベルは

 対象標準グループに比べて3倍高い。

・子どもに見られる慢性疾患の特徴は、

 以前には子どもには見られなかった病気が見られるようになったこと、

 複数の病気にかかりやすくなったこと、病気の長期化および再発傾向が見られること、

 そして治療効果が低い(治りにくい) ことが上げられる。

・子どもの発達期における障害頻度は、胎児期の甲状腺被ばく線量と相関する。

・放射線リスクに他の危険要因(様々な環境的要因ヤ生活要因) が加わることによって、

 発達異常数が増加する。

・子どもの軽度な諸発達異常数と総被ばく線量に、正の相関関係がある。

 また被ばく時の胎児に妊娠期間(週) とは負の相関関係がある

 (=妊娠初期に被ばくしたほうが発達異常が多い)。

・染色体異常と胎内被ばく線量には相関関係があることが明らかになった。

 

ステパーノヴァさんは、チェルノブイリの教訓をこうまとめた。

1.チェルノブイリと福島第一原発事故は、

  原子力発電でもっとも起こり得ないとされた事故でさえ起こり得ることを示した。

  (原発を有する) 国家は事故に備えて対応措置を高度なレベルで準備し、

  常に対応措置がとれるように態勢を整えておかなければならない。

2.チェルノブイリ事故が大事故であると認識するのが遅かったこと、また

  住民と環境への深刻な影響への理解が不足したことが、

  住民、特に子どもの健康に大きな被害をもたらした。

3.事故対応システムが欠如していたことが、事故状況下で、

  処理作業に用意を欠いた人を事故処理に充てることになった。

  この決定は不合理であり、作業員の健康状態に与えた影響は正当化されえない。

  (エビ注......日本では、この部分はまったく明るみにされてない。)

4.被ばく線量の大部分は事故が危機的状態にあったときに放出された。

  人々への健康、特に子どもの健康保護は何よりも優先されるべきである。

  住民の避難は正しいものであり、効果的だった。

  しかしながら若干遅れたために、最大限の効果は得られなかった。

  今は毎年、子どもたちは4週間以上、保養施設で健康増進を行なっている。

5.原発事故に関して、住民に遅れることなく、しかも十分客観的な情報が

  伝えられなかったことが、社会に心理的緊張を生み出す前提となった。

  避難と移住の過程は、時に家族関係、友人関係、倫理的・文化的価値観を破壊した。

  さらに、新しく住む場所に関する被災者の選択権も考慮されなかった。

  チェルノブイリ事故の教訓として、住民の生活条件を変えるような決定を下す際には、

  被災者の希望を考慮する必要があることを認識することである。

6.チェルノブイリに関するすべての健康問題は、被災者のモニタリング登録が

  事故直後に作成されていたら、より効果的に解決されていただろう。

  しかし登録簿はかなり後に作成された。

7.子どもの健康状態が変化した原因は放射能の影響である。

  放射能由来でない要素 (生活条件や食料条件の悪化、精神面での長期的緊張など) も、

  健康状態変化の原因にあげられる。 

  (しかしそれも 「事故による影響」 である以上) 放射能事故による悪影響を受けた

  子どもの健康を維持し、回復するための施策は、医療当局だけでなく

  国家政策の優先事項に他ならない。

8.放射能の影響に関する住民の知識を高めるため、

  また精神・感情面での緊張感やストレスを軽減するために

  啓蒙活動を常に行なう必要がある。

  また農村地域では、住民にとりわけ信頼される情報提供者である教師、

  医療従事者、社会福祉関係者などに対する研修プログラムを導入すべきである。

 

ステパーノヴァさんは、強調した。

「子どもたちの健康を守ることは、国家の責任であり最重要政策である。」

 

僕たちは、4半世紀前のチェルノブイリから何を学んだんだろう。

そして、フクシマから何を教訓に残せるのだろう。

 



2012年4月20日

近未来の90億と、100,000年

 

ブログをサボっている間にも、桜は満開の一瞬を過ぎてしまって、

春の枯葉が街路を舞い始めたかと思っていたら、

樹々は早くも鮮やかな新緑を用意してきている。

 

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 ( 4月8日(日)、飯田橋・逓信病院の桜。

  元大地牧場社長・道場公基さんのお見舞いにて。 前の土手は花見客だらけ。

     みんな一気に飛び出してきたって感じだ。)

 

4月が新学期というのは日本だけだと聞いたことがある。

ホントかどうか調べてないけど、この慣わしは捨てがたい。 

心身をリフレッシュさせて新たな成長に向かう節目といえば、やっぱ春だよね。

 - とか言いながら、枯葉を眺めて複雑な心境になってしまうのは、

去年の秋とまだ変わっていない。

 

ブログをサボっていたのは、

今年度の新しい計画の仕込みに追われていたこともあるけど、

気分としては、一本の映画と一冊の本、そして政治のせいでもある。

 

映画は、デンマークのマイケル・マドセン監督によるドキュメンタリー作品、

『100,000年後の安全』。 遅ればせながら観ました。

本は、オーストラリアの科学ジャーナリスト、ジュリアン・クリブ著 『90億人の食糧問題』

(片岡夏実訳、柴田明夫解説、シーエムシー出版)。

 

この2点。 ちゃんとノートしておかなきゃ、と思いつつも、

近未来に迫ってきている生存の危機と、

どんな人類が住んでいるかも分からない10万年後にまで、

厳しい管理を伝え残さなければならない私たち世代のツケ(核廃棄物) の重たさに、

言葉を失っていた、というのが本音。

 

一方で、腰が抜けるような言葉を聞かされ続けてきた。

大飯原発再稼動に向けての、責任ある立場の方々の発言の軽さときたら。

「(対策は) おおむね妥当である」

「(安全に制御できると) だいたい確認できた」

「(機能を保持できる状態) と推定された」

これらの言葉の意味は、課題が残されているということだ。

自らの甘さを堂々と見せながら進められる政治的  " 見切り発車 " からは、

この一年間の人々の苦しみへの配慮は欠片(かけら) も感じられない。

これはさすがに、醜い。

この電車には、乗るワケにはいかない。

果ては、「(全停止は) 集団自殺」 「(原発が) 一瞬、ゼロになります」・・・

桜吹雪を背中に彫って、乗り込んでいきたくなる。

軽くても、この花びらには  " いのちのつながり "  に対する美学があるというものだ。

 

福島第1原発1~4号機の 「廃止」 が決定した。

今さらって感じだけど、これで日本の商業用原発は 「50基」 となった。

「廃止」 になっても、 「廃炉」 までの道のりはまだまだ長い。

悔しいけど、僕は結末を見届けることはできないだろう。

 

核燃料処分のコスト試算も発表された。

2020年までに原発をゼロにして、再処理しないで地下に埋設処分したほうが、

原発エネルギー35%を維持させながら再処理に回すより、27%安いという。

しかしそれだって、いつまでのコストなんだろう。

僕らはすでに、「10万年後の安全」 に向けて、

国民的議論に入らなければならない局面にある。

 

いろいろと腹に溜まったものを吐き出したところで、

サボり期間中の諸々からいくつかピックアップして、報告しておかねばと思う。

新たな計画もお伝えしたいし。

 

日々少しずつ小刻みに、

しかも順不同のレポートになると思いますが、ご容赦を。

 



2012年4月 5日

丸の内「つながる食」 と 「Daichi&keats」

 

昨年秋からの 「放射能対策特命担当」 なるミッションに苦戦しつつも、

以前より継続して当たってきたプロジェクトがある。

大丸有地球環境倶楽部 「都市の食ワーキンググループ」 で検討を進めてきた、

大丸有エリア・レストランによるこだわり食材の共同調達の仕組みづくり。

この話題、いつから書いてなかったかしら。。。

このプロジェクトが3月2日より 「大丸有つながる食プロジェクト」 という名称で、

実験的にスタートしている。

 

ここでいう 「こだわり」 とは、、、その安全性だけでなく、地産地消型食材、

環境保全に取り組む生産地、地域の食文化の維持発展などに貢献する食材、

といった価値基準を明確にした上で、それらを確認するための 

 " 認定 "  と  " 見える化 "  のためのシステムを用意する、というものだ。

概要は、「丸の内地球環境新聞」 でもレポートされているので、ご参照を。

 ⇒ http://www.ecozzeria.jp/shimbun/news/2012/03/21/shoku_wg_project.html

 

ちなみに 「大丸有(だいまるゆう)」 とは、大手町・丸の内・有楽町エリアの総称。

この巨大都市・東京のど真ん中で、レストランやホテル、企業の社員食堂等が

一緒になって共同の注文書を使って、物流を一本化させる。

低炭素(Co2 削減) 物流を進めるための新しい都市の実験。

僕にとっては、3年越しの挑戦だった。

 

この仕組みを具現化させる店として登場したのが、

3月2日、丸の内・永楽ビルにオープンした

 「Daichi&keats (ダイチ&キーツ)」。

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開店後、昼と夜は満員状態が続いていて、

" 職員がのぞくとニラまれる "  と言われ、遠慮していたのだけど、

3月29日、専門委員会「米プロジェクト21」 の年度末定例会後の慰労会

という名目で予約して、何とか入ることができた。

 

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新しく建てられた永楽ビル地下に誕生したレストラン街

「iiyo !!  yokocho」 (イーヨ !!  横丁) の一角。

 

都会で楽しむ農園的空気、というコンセプト。

スタッフもそれらしく意識したスタイルで。

 

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今なら平日夜は、自然派ワインと本格焼酎が

2時間 2,000円で飲み放題。

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我々「米プロ」 としては、さらに 「種蒔人」 をボトルで注文。

 

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国産有機野菜や雑穀をふんだんに使った農園感あふれるメニュー。

一番人気は 「農園ポトフ」 だとか。

 

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体によい食事は美味しい。 お酒もいろいろあって楽しめる。

気の合う仲間とリラックスした時間を過ごしてもらえれば、嬉しい。

 

安心・おいしい・環境にもイイ食、をこの街に広げることができるか。

実験とは言え、お店にとって日々の営業はたたかいである。

この間、有名シェフや一流ホテルの支配人に説明に伺ったりしながら、

理想と現実のギャップを実感させられている。

「実験」 ということは、期限があるということでもある。

三菱地所という企業も強力にサポートしてくれているので、

地道に店舗を増やしながら、育てていきたい。

 



2012年4月 1日

堰さらい隊員 募集

 

長い東北レポートになってしまった。

ま、それだけ重かったのだろうと推測いただけると有り難いです。

 

さて、福島の全国集会の司会を務めたのは、

 「あいづ耕人会たべらんしょ」(喜多方市山都町) の浅見彰宏さんだった。

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ここで、東北レポート・番外編として、

浅見さんからの呼びかけを紹介しておきたい。

大地を守る会が販売している 「福島と北関東の農家がんばろうセット」

に入れているリーフレットにも掲載したもの。

このブログを前から見ていただいている方には恒例の、

5月4日の堰さらいのお誘い、である。

 

  喜多方市山都町本木(もとき) および早稲谷(わせだに) 地区は、

  100軒足らずの小さな集落です。

  周囲は飯豊山前衛の山々に囲まれ、民家や田畑が点在する静かなところです。

  そんな山村に一つの秘密があります。

  それは田んぼに水を供給する水路の存在です。

 

  水路があるからこそ、急峻な地形の中、田園風景が形造られているのです。

  山中を延々6キロあまり続くこの水路の開設は江戸時代中期にまで遡り、

  そのほとんどは当時の形、すなわち素掘りのままの歴史ある水路です。

  しかし農業後継者不足や高齢化の波がここにも押し寄せ、

  人海戦術に頼らざるを得ないこの山間の水路の維持が困難な状況となっています。

 

  水路が放棄された時、両地区のほとんどの田んぼは耕作不可能となり、

  美しい風景も失われてしまいます。

  そこでもっとも重労働である春の総人足(清掃作業) のお手伝いを

  してくれる方を募集しております。

  皆さん、この風景を守り続けるために是非ご協力ください。

 

  ◆作業内容......冬の間に水路に溜まった土砂や落葉をさらったり、

    雪崩などによって抜けてしまった箇所の修復など。

  ◆スケジュール......5月3日(木)前泊 ~ 5月4日(金)朝から堰さらい作業。

    3日夜は 「前夜祭」、地元の方々や参加者と交流します。

    4日夜は慰労を兼ねた 「里山交流会」(参加自由、作業後帰る方もいます。)

  ◆宿泊場所......本木または早稲谷地区の集会所。 3日・4日と連泊可能です。

  ◆交通手段......JR磐越西線・山都駅から送迎 (交通費はご負担ください)。

    車で参加される方には地図をお送りします。

  ◆参加費用......宿泊費=1泊 500円。 夜の交流会費用= 1,000円。

  ◆用意するもの......汚れてもいい作業着・着替え、タオル、軍手、長靴、水筒、

    洗面具(風呂は温泉 「いいでの湯」 を利用。入浴料=大人300円、小人150円)、

    寝袋(あればでOK)、公民館に雑魚寝を想定しての寝具(ジャージ等)。

    

  ※ 申し込み・お問い合わせは、本ブログの「コメント」にて、

    メールアドレスをご記入の上、ご連絡ください。(コメントはアップされません)

 

参考までに、昨年の様子は下記を ↓

  http://www.daichi-m.co.jp/blog/ebichan/2011/05/05/

 



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