2013年12月10日

森と海の底力 -畠山重篤さんの話

 

さてと。

「第4回女性生産者会議」 で記念講演をお願いした

宮城・気仙沼のカキ漁師、畠山重篤さん (「NPO法人 森は海の恋人」理事長)

の話をまとめておかないと、気持ちが落ち着かない。

 

講演タイトルは 「震災後に見る森と海の底力」。 

気仙沼湾の環境悪化とダム建設計画に端を発して、

豊かな海を取り戻すために大川上流に落葉広葉樹の森を創ろうと

樹を植え始めたのが平成元年。

25年経って、畠山さんも今年、古希(70歳) を迎えた。

 

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25 年間で植えた広葉樹が約 3万本。

最初の 「牡蠣の森を慕う会」 結成から NPO法人設立を経て、

畠山さんたちの活動は世界に認められるまでになった。

そこに襲った東日本大震災。

大津波は舞根(もうね)地区にあった 52軒のうち 44軒の家屋を潰して去った。

気仙沼市で1000人の人が亡くなり、畠山さんもお母さんを失っている。

 

「こういう時は、国の力が試されますね」 と畠山さんは語る。

小中学校の体育館がお棺で埋まり、火葬を待つ亡骸はドライアイスで保管され、

そんな茫然自失状態にあっても、人々は礼儀を忘れず、

盗難騒ぎなどもなかった。

「東北の人は、本当に我慢強い。」

 

畠山さんには、高校生時代のチリ地震(1960年5月、マグニチュード8.5)

による津波の記憶がある。

地球の裏側で起きた大地震によって、5メートルを超す津波が三陸を襲い、

南三陸町だけで 70名の人命が奪われた。

その津波のあと、カキの成長が2倍になったことも畠山さんは覚えていて、

2012年の冬も、予想通りカキは大きく成長してくれた。

海に沈んでいた栄養分がかき回されることでプランクトンが増えるのだろうか。

自然の営みのダイナミックさに、感嘆する。

 

「皆さん、東京湾と鹿児島湾ではどっちが漁獲量が多いと思いますか?」

と畠山さんが質問する。

会場の手は分かれた。

「実は、東京湾のほうが30倍、魚が獲れるんです。」

それは東京湾には何本もの大きな川が流れ込んできているから。

(しかも源からの距離が長い。)

日本は国土の約 7割が山で、3 万 5千本の川が流れ、淡水を海に運んでくる。

閉鎖系の東京湾は、汽水域の典型だと言える。

「潮水だけで魚が育っているわけではないんです。」

 

京都大学に 「森里海連環学」 という学際的研究分野が生まれている。

林学や農学・水産学・環境学がバラバラに分かれて研究するのではなく、

山から海までの生態的つながりをトータルに見ようというものだ。

これまで日本には、山と海をつなげて見れる専門家がいなかった。

畠山さんはその貴重な目をもつ実践者として、

京大に講師として招かれるようになった。

「長靴をはいた教授様ですよ」 と笑いながら。

 

山に目を向け樹を植え始めた漁師・畠山さんに

科学的な根拠を与えたのが、当時北海道大学教授だった 松永勝彦さん である。

海洋生物間での食物連鎖の過程で濃縮されていく水銀の量を

初めて測定した分析学の先生。

例えば、カツオを 1㎏肥らせるには餌となるイワシが 10㎏必要、

そのイワシ 10㎏のためには動物プランクトン(オキアミ等) が100㎏必要、

その100㎏のために必要な植物プランクトンの量が1000㎏、とする。

逆にたどっていくと、植物プランクトンに含まれる水銀は

カツオに至って1000倍になる、

そのような道筋を測定によって証明したのである。

 

平成2年、松永教授は、北海道沿岸でコンブが育たなくなる

海の磯やけ現象 (海底が真っ白くなる) の原因が、

山から運ばれてくるはずのフルボ酸鉄の不足によることをつきとめた。

まさに畠山さんがつながりの科学を探し求めていた時に。

畠山さんは記事を見るや北大に電話して、電車に飛び乗ったんだと言う。

・・・誰かTVドラマか映画にでもしてくれないかしらね。

 

鉄のすごい力についての解説は割愛する。

詳しくは畠山さんの著書 『鉄は魔法つかい』 をぜひ読んでほしい。

(以前に紹介した日記は ⇒ http://www.daichi-m.co.jp/blog/ebichan/2011/12/16/ )

 

宮沢賢治は、赤土を田んぼに入れなさいと指導した。

赤土の赤は酸化した鉄分である。

鉄は酸素を運ぶ重要な物質であり、

鉄がなければ植物は肥料を吸収できない。

植物プランクトンである藻類は、二酸化炭素と水と太陽の光で繁殖する。

加えて窒素とリンが必要である。

窒素は海中では硝酸塩として存在しているが、

硝酸塩を取り込むには鉄が必要となる。

また光合成を行なうには光合成色素が必要だが、

その色素を合成するにも鉄が欠かせない。

しかし鉄はわりと大きな粒子であって、

海藻類は葉から栄養分を吸収するが、その小さな穴では鉄は入れない。

そこで登場するのがフルボ酸というワケだ。

 

樹齢 100年のブナには 30万枚の葉っぱが繁るそうだ。

これらが毎年落ちては腐り、腐葉土を形成する。

その過程で酸素を使うので、腐葉土の下は貧酸素状態にある。

酸素がないところでは、鉄はイオンとなって水に溶ける。

それをがっちりつかんで海まで運ぶのがフルボ酸である。

海藻は山から下ってくるフルボ酸鉄によって、鉄を吸収することができる。

山と海の、いのちのつながりがここにある。

 

畠山さんの話は、いよいよ壮大に地球の歴史へと広がり、

やがて水の深層大循環をたどって三陸沖へと着地する。

畠山重篤、いや実に、ロマンチストの文学者でもあった。

 

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畠山さんは、山に樹を植えるだけでなく、

山の子どもたちを毎年海に招き、生命のつながりを伝えている。

その数すでに1万人を超え、

海洋学の道に進んだ子もいるそうだ。

人々の心にも樹を植え続けてきた人、である。

 

畠山さんは昨年2月、

2011年の国際森林年に際して創設された、

森を守る功労者を世界から選んで顕彰する 「フォレスト・ヒーローズ」 の、

8名の一人として選出された。

アジア代表の  " 森を守る人 "  として、

三陸の漁師が選ばれたのである。

国連本部で首にかけてもらったという金メダルをポケットから出して、

ジョークを飛ばしたりするのだが、

彼にとってそのメダルは、

森と海に架けられた一本の確かな橋としてあるのだろうと思った。

 

畠山さんの最初の著書 『森は海の恋人』 の文章は、

今では小学5年や中学3年の国語の教科書に、

さらに高1の英語教科書にも採用されている。

英訳にあたっては、  " 恋人 "  の本意をどう伝えるかで、

翻訳者とも随分苦しんだそうだが、そんな時に

「long for (慕う、待ち焦がれる) ではどうか」

とのアドバイスをしたのは、なんと美智子妃殿下なんだと言う。

ある植樹祭で話をする機会を得て打ち明けたところ、

サラリと  " long for  は?"  と。

妃殿下は森林の公益的機能も、海とのつながりも承知されていた

とのことである。

 

 " The forest is longing for the sea, the sea is longing for the forest "

 

美しい響きだ。

 

「受験にも出るかもしれませんねぇ。 いや、出ますね、きっと」

と、母親向けの決め台詞を一発。

おまけに、「今日はサインもしますよ」 とさりげなくペンを出す。

おかげで持参した著書は、またたく間に完売。

営業トークの方も、すご腕だった。

 

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畠山さんは今、ミネラルの運び屋・フルボ酸の

新たな力を証明しようとしている。

それは、フルボ酸のキレート(結合)力は、

放射性物質対策としても高い効果を発揮するであろう、

というものだ。

 

もし有益な結果が導き出せたなら、

また改めて講演をお願いしようと思う。

 



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