田んぼの生物多様性: 2007年7月アーカイブ

2007年7月15日

ただの虫を無視しない農業-IBM

 

Yaeちゃんとの再会(と言わせてください) で舞い上がって、

肝心の生産者会議のメインテーマの話が後になってしまった。

 

約80人のお米の生産者が青森に集結した「第11回全国米生産者会議」。

今回の会議の記念講演は、桐谷圭治さん。

講演のタイトルは、「ただの虫を無視しない農業とは」。

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桐谷さんは昆虫学者である。

なぜ米の会議に昆虫学者を呼ぶのか?

これには有機農業思想の発展にとっての、重要な戦略的意味があるのである。

なんちゃって格好つけてますが、本当です。


有機農業による米作りは、農薬を拒否する。

ひっきょう害虫(といわれる虫群) とのたたかいとなる。

いや、" 駆け引き " と言ったほうがいいかも知れない。

どうやって発生させないようにするか、寄せつけないか、を考えながら、

ある時は手で取り、また木酢液やニンニク・唐辛子といった天然資材で対処したり、

最後の究極の姿勢は、" 我慢 " となる。

 

そこで必要なのは、害虫の生理や虫同士の関係についての知識である。

桐谷さんは、数年前からお呼びしたいと考えてきた、我々の 「カード」 だった。

 

桐谷さんは、30年も前に 「総合的有害生物管理」 という考え方を提唱した方である。

Integrated Pest Management-略してIPMという。

 

害虫を殺虫剤で殺したら、その虫を食べる虫(天敵) も一緒に死ぬ。

そのあとに害虫が卵から孵った時、天敵がいないために大発生する場合がある。

これをリサージェンスという。

(Resurgence:復活、再起。桐谷さんは 「誘導異常発生」 と訳されている。

 虫の「逆襲」 と意訳する人もいる)

また害虫はその殺虫成分に対する耐性を身につける (Resistance:抵抗性の出現)。

そうすると今までの農薬では効かなくなり、さらに強い農薬に頼るようになる。

 

桐谷さんは丹念なフィールドワークによってこの連関を明らかにし、

天敵の有効利用による害虫管理を農民に呼びかけたのだ。

 

IPMはすでに、天敵を利用しやすい施設園芸での減農薬栽培の主流になってきている。

 

そしていま、桐谷さんが唱えるのがIBM-総合的生物多様性管理である。

Integrated Biodiversity Management の略。

 

天敵活用にとどまらず、フィールド内での総合的な生物多様性の保持によって、

適切で良好な環境をつくり、作物を育てる。

そこでは害虫は " 害虫 " という名もない虫ではなく、

生態系の一員として必要な○○○ムシとして生きてもらうのだ。

 

これを私は " 平和の思想 " と呼んでいる。

この世に用なしの生命などないのだ。

 

たとえば、いま全国の米農家を悩ましているカメムシ。

これを殺虫剤でやっつけるには相当強力なものになる。

他の虫もやられる可能性が高まる。水系や環境への影響も深まる。

しかもカメムシというのは、かつては水田の " 害虫 " ではなかったのです。

いつか生き物のバランスのなかで、もう一度 " ただの虫 " に戻したい。

 

IPMからIBMへ-

IPMが今日のようにもてはやされるようになるまで30年かかった。

IBMも定着するまで何年もかかることでしょう。

桐谷さんはそう言って、ちょっと複雑な心境で笑っている。

 

厳しい米価で生産を余儀なくされている生産者には、

まだちょっと理想論のような話かもしれない。

でもすでに自分のものにしつつある人が増えてきている。

最低限、脳裏にインプットしておいて損はない。

これが有機農業の最新技術理論に融合されることは間違いないから。

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2007年7月 4日

たんぼの生き物調査

 

とんぼと田んぼの山形・庄内ツアーから -PARTⅡ

今回は、「田んぼの生き物調査」の紹介です。

 

7月1日(日)、ツアー二日目。

佐藤秀雄さんの田んぼから、「アルケッチャーノ」での優雅で贅沢な昼食を堪能して、

一行は「庄内協同ファーム」代表・志籐正一さんの田んぼに向かう。

 

現地では、すでに生産者が道具を用意して待ち構えていて、

説明もそこそこに、「田んぼの生き物調査」実習に入る。

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まずは畦を歩きながら、飛び出すカエルを数えていく。

先頭が「アカ1!」「アオ2!」とか叫ぶ。

それぞれアカガエル、アマガエルの意味である。

それに応じて、後ろに続く人が手に持ったカウンターをカチャカチャと打つ。

 

でも、誰ともなく田んぼを覗いては足を止め、虫を見つけて歓声を上げる。

カエルがその先でチャポンチャポンと逃げているような......

どうも正確な調査になってないけど、ま、いいか。 みんな楽しんでるし。

 

協同ファームの生産者たちがこの調査を始めて、もう3年になるね。

すっかり慣れたもので、ふと見れば、別の人が土のサンプルを取っては

ネットの中で洗いながら土を落とし、少しずつ分けて白いバットに広げている。

そこで参加者が細い竹串を使って土や植物をより分けながら、

生き物を見つけて、数を伝える。

その数から、この田んぼにイトミミズが何匹、と算出される。

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今回はまあデモみたいなものなので、数の正確さは問題ではない。

大事なのは、この田んぼの土が生き物の宝庫であると実感してもらうこと。

それは、田んぼを米の生産手段としか捉えない者には見えない、

見えなかった世界なのである。

 

大の大人がポケット図鑑を持って田に足を入れ、

様々な虫を同定しては、数を数える。

それは見る人にとっては、実に異様な光景だろう。

ごっついオッサンが、子どものように田んぼの中の虫を観察しているのだ。

でも有機の生産者たちは、この作業を実に面白がって、やる。

子どものように。

 

オレの田んぼは、豊かだ。

もっと調べてみたい。

 

この'気づき'が生き物調査の意味である。説明は要らないよね。

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忙しい時期だけど、今しかできないから、

消費者を受け入れて、自分たちのやっている調査の意味を伝える。

庄内弁の優しい語り口で語る志藤さん。

 

豊かな田んぼに接してほしい。

そして、田んぼを好きになってほしいのだ。

 



2007年7月 2日

とんぼと田んぼ

 

6月30日~7月1日

「とんぼと田んぼの山形・庄内ツアー」開催。参加者25名。

 

受け入れてくれた生産グループは、

「みずほ有機生産組合」「庄内協同ファーム」「月山パイロットファーム」「コープスター会」

の4団体。

 

1日目は、午後2時に鶴岡駅に集合後、

鳥海山麓にある獅子ヶ鼻湿原の散策、宿舎となる鳥海山荘での交流会。

2日目は、朝4時からの鳥海山トレッキングから始まり、

みずほ有機・佐藤秀雄さんの田んぼ見学、

地元食材を使ったイタリア・レストラン「アルケッチャーノ」での昼食、

そして庄内協同ファーム・志藤正一さんの田んぼでの「生き物調査」と、

なかなか盛り沢山の内容であった。

 

ここでは、まずは佐藤秀雄なる人物とその田んぼをご紹介したい。

 

佐藤さんの田んぼでは、毎年100万から500万匹の赤とんぼが

誕生しているそうだ。

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坪当たりのヤゴの数を元に勘定しての推計値なので、

年や場所によって変動もあるようだが、それにしても恐るべき数字である。

 

当然、それだけのヤゴの餌となる小動物が存在しているということで、

その食物連鎖の底辺にいる微小生物群は無尽としか言いようがないし、

微生物を支える有機物の存在たるや......要するに「地力がある」。

この生き物の連鎖(生態系)と生命の多様性がしっかりと守られる田んぼを、

佐藤さんは作り上げてきたのだ。

それにしても何という土の柔らかさだろう。トロトロという表現がぴったりだね。

 

佐藤さんの、ここに至るまでの試行錯誤は書き切れない。

10年くらい前には、いろんな薬草やら植物を醗酵させて

自家製の液体肥料を作っていたのを見せてもらったことがある。

佐藤さんはそのタンクに '曼荼羅液肥' みたいな名前をつけていた。

ここ数年は、冬にも水を張る「冬季湛水(冬水田んぼ)」にも取り組み、

たくさんのハクチョウが佐藤さんの田んぼで冬を過ごしている。

それもどうやら卒業して、次の世界に至ったようだ。

とにかく年々進化するので、下手に説明などしようものなら、

「それは昔の話ですね」とか言われてしまう。

 

今は雑草も含めて、すべての生き物を受け入れようとしている。

この日も、私が田んぼに入って草を抜いたら、叱られた。

 

「まったくエビさんは余計なことをする。私の大事な草を抜かないで欲しい」

 

「えっ? だってこれ、コナギですよ。こんなに生えて...やばいんじゃないすか」

「大丈夫です。これも何かの役割を果たしてくれているんです」

 

田んぼではすべての生き物が互いに支えあい、その中で稲も育てられています。

ここで何万匹もの赤とんぼが羽化して、上昇気流に乗って

いっせいに鳥海山に向かって飛んでいく様を、皆さんに見せたかったんです。

とんぼが羽化したての時はまだ上手に飛べなくて、それを狙ってツバメがたくさんやってきます。

ぼくの田んぼでは、ツバメが低く飛びます。

そしてとんぼを捕まえる瞬間、ピシッ!という音がして、さあっと舞い上がるんです。

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こんな話を田んぼでゆったりと語る佐藤秀雄。

 

佐藤さんのお米を食べたことのある参加者の感想はこう。

「特に主張がなくて、でも食べているうちに、ふわぁっと自然の風景が浮かんでくるような

幸せな気分になったの」

佐藤さんはだたニコニコと、頷いている。

どんよりとした曇り空の下。

残念ながら、この日はとんぼの一斉飛行は見られなかったけれど、

この田んぼで、この人の話を聞きながら、その姿を想像するだけで、

みんな何だか満足させられちゃったような気がする。

 



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