「有機農業」あれこれ: 2007年7月アーカイブ

2007年7月26日

トレーサビリティの根幹に思想はあるか

 

今日の夕方、関西のある消費者団体の若い職員の方が、大地を訪ねてこられた。

その団体の代表の方とは古くからのお付き合いである。

 

聞けば、

その団体でも農産物の栽培情報のデータ管理(コンピュータ管理)を進めているのだが、

どうも相当難儀しているようなのだ。

そこで大地ではどんなふうにやっているのか見てみたいと、

ここ千葉・幕張の事務所までやって来られたのだった。

 

我々に教えられるものがあるのかどうかはさておき、

そういう相談を受けること自体、大地が評価されているとも言えるし、

双方内輪の実態を明かすような話なので、大地が頼みやすかったのかもしれない。

信頼されているというのか、友だちっぽい気安さがあるのか......

 

ま、それはともかく、暑い中ようこそ、ということで、

東西の情報交換などしながら、大地のシステムについてお話させていただいた。


具体的なデータ管理の説明はここではし切れないので省かせていただくとして、

その前提となる大事な部分を丁寧に伝えるように意識した。

 

そもそも、大地の今のシステムも昨日今日で出来上がったものではありません。

91年に農水省が有機農産物の表示ガイドラインを制定したときに、

私たちは

「ただ表示を規制するのではなく、食の安全のために有機農業を支援する政策こそ

 必要なことではないか」

と主張し、先頭きって反対の声を上げました。

この主張は、昨年の有機農業推進法によってやっと'一歩前進'した形になりましたが、

実はあのとき、ぼくらは同時に自分たちの足元の見直しも進めたんです。

 

これからはきちんとした情報の管理、今でいうトレーサビリティの体制が求められる

(それによって我々の「表示」の確かさが裏打ちされる)

と思いつつ、僕らが最初にとりかかったのは、データの管理方法ではなくて、

根本的な「基準の見直し」でした。

 

自分たちはどういう生産者や農業を支援するのか、

その上でどういう農産物を扱うのか、という土台の思想といえる部分を改めて整理する、

という作業でした。

そこで整備されたのが「大地を守る会有機農産物等生産基準」なんです。

 

「基準」というものをつくれば、必然的に、

大地で扱う農産物が基準どおりに作られていることを保証する体制が求められます。

それは事務局だけでなく、生産者自身にもその仕組みがないと成立しません。

つまり基準ていうのは、そもそも生産者のものでなければならないし、

「トレーサビリティの体制」づくりもまた、生産者とともに築かれなければなりません。

それによって基準に示された理念や思想も共有されるし、そうでないと意味がない。

一方的な規則・制度の強要は、虚偽や違反を生むことにつながります。

 

データ化とかシステム化というのは、その証しを残すための手段ですが、

どのような情報をどこまで、どういう形で残すかは、

将来どう役立てるかの視野も持った上で設計しておく必要があります。

「内容の確認」だけだったら紙(文書)保管だけでもOKなんですから。

多大なコストやエネルギーをかけてやるには、そのための構想の整理が必要です。

他団体の仕組みを真似たところで、本当の目的は達成されません。

 

土台が整理できれば、生産者に書いてもらう栽培情報の書式にしろ、

あとはある種の必然性によって築かれていきます。

しかし土台が曖昧だと、内部議論もうまく進みませんし、

生産者に対する説得力も生まれません。

大地も、これまでの10数年の経過のなかでは、

生産者から強いアレルギー反応を起こされたことも多々あったんですよ。

こちらに一貫した'意思'が形成されないと、システム化なんて貫徹できないです。

迷ったときは、土台へと向かうことです。

 

どうも先輩くさい話ばかりで、偉そうに聞こえたかもしれない。

でも、ただパソコンの画面を見せながら説明しても、本質が伝わらないような気がして、

ついつい喋ってしまった。

 

でも、これはこれでわが身を振り返る時間にもなって、

まだできてないことや課題も反芻しながら、関西の後輩を励ましていたのである。

 

偉そうなこと言ったって、僕らの基準も完成されたものではない。

生産者と歩むものである以上、いつまでも過渡期である。

毎年々々基準を見直し、修正すべきところを修正し、少しずつでも'進化'させていく。

それに応じて管理項目が増えたり、データ管理手法も修正される。

要は、自分の中の根本の'ものさし'が必要なシステムを導き出すのだと思う。

 

それにしても、できてない部分を'進化させる'という言葉に置き換えるのは、

究極の言い訳のようでもあるけど、

その自覚こそがこの組織を成長させたと、僕はけっこう恥じらいもなく思っている。

だからこそ、情報管理やトレーサビリティというやつは、

己の思想を守るために存在させないと、意味がない。

 

分かってくれただろうか......。

 



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