「有機農業」あれこれ: 2009年5月アーカイブ

2009年5月10日

危ない? 有機野菜

 

大地を守る会でゴミ・リサイクル問題に取り組む専門委員会 「ゴミリ倶楽部」 が、

その通信で、家庭で出る生ゴミのコンポスト (たい肥化) を推奨したところ、

会員さんから質問が寄せられて、担当事務局員から相談が回ってきた。

質問の内容はこういうものである。

「大地を守る会の生産者で、生ゴミたい肥を使っている方はいますか?

  『本当は危ない 有機野菜』 という本を読んで不安になりました。」

 

彼らにとっても想定外の質問だったのだろうが、

回答の骨子を農産 (私の部署) で用意しろ、ということになると、

まったく面倒なことを、とかグチグチ言うことになってしまう。

でも、用意しなければならない。

 

単純に質問の答えでよければ簡単である -YES。 それが何か?

しかし、疑問に思われた背景が気になって、

その本にもあたってみようかと思って、取り寄せた。

 

二日後に届いて、読みながら、後悔する。 というより、腹が立ってくる。

これで私の大事な日曜日は潰れたのであった、みたいな・・・・・

 

でも僕らは、 「ほっとけ、そんな奴」 と言い放てる生産者でもなく、

「議論する価値もない論評」 とか言って平然と構えられる学者でもなく、

一人の会員からの質問である以上、応えなければならない。

ある本を読んで不安になった消費者がいる、という現実。

流通という立場にある者が、時に感じる孤独である (愚痴ではなく)。

 

・・・・・で、この本 ( 論 ) を、僕なりに読み解き、見解案をまとめる。

やるとなったら、手抜きはできない。

 

こんな感じでまとめてみたのですが・・・と思い切って公開したい。

これぞ 「あんしんはしんどい」 の事例として。


本の内容の詳細な解説は省きたい。 

会員さん向けに書いた回答で、概略的に読み取っていただけることを期待する。

 

  まずご質問に対する回答としては、当会の生産者会員の中には、地元スーパーや

  外食などの店舗から出る食品残渣 (いわゆる生ゴミ) をたい肥原料として引き受け

  ている農家はいらっしゃいます。当会でも、そのことを否定するものではありません。

  ただしその活用にあたっては、充分な醗酵を経て完熟たい肥にすることが前提で、

  生産者もそのことはよく承知していて、時間をかけて良質のたい肥作りに努めています。

  また田畑へのたい肥の施用にあたっては、土壌のバランスに配慮して、「過度な投入

  は行なわない」 というのは、有機農業を実践される農家には基本のこととして理解され

  ています。

 

  ご質問のなかで触れられている書籍も念のために確認いたしましたが、著者の基本的

  な問題意識は共鳴できるものの、「有機農業」 に対する認識には、はなはだしい誤解と

  論理の飛躍が多分に見受けられます。

  

  本書の論点を整理すれば、以下のようなものかと理解します。

  1.1970年代より輸入農産物や輸入飼料が急増し、結果として大量の生ゴミが発生する

    ようになった (自給率の低下も招いた)。

  2.焼却や埋め立て処分で間に合わなくなってきた食品残さ (著者は意図的に 「生ゴミ」

    と呼ぶようですが) を有機質肥料として資源化し、再利用 (リサイクル) させようとして、

    「食品リサイクル法」 ができ、かつそれを 「有機農業推進法」 が後押ししている。

  3.そこで 「生ゴミ」 をどんどん  " 生あるいは未熟なままで "  田畑に投入する

    「リサイクル有機農業」がもてはやされるようになってきたが、とんでもない誤りである。

  4.家畜フン尿や生ゴミ、下水汚泥 (ヒトのし尿) を使ったたい肥の野放図な放出は、

    輸入農産物や輸入飼料、あるいは効率重視・薬剤依存の家畜を経由して、病原菌

    (薬剤耐性菌) やウィルス・原虫・カビ毒・重金属等による汚染リスクを拡大し、

    硝酸態窒素の増加や水の汚染まで招く結果となっている。

  5.このような 「リサイクル有機農業」 は環境汚染や感染症の拡大を招くものである。

    間違った 「有機神話」 を捨て、落ち葉や植物性由来のたい肥を基本とした、ただしい

    有機栽培の野菜を選択すべきである。

 

  要するに、行き過ぎた 「リサイクル有機農業」 (という農法は聞いたことがありませんが)

  に対して警鐘を鳴らしているものと理解しますが、私たちの知る限りでは、

  有機農業を実践する農家には 「家畜フン尿をどんどん土地に投入しろ」 とか

  「生ゴミを入れる」 とか 「入れれば入れるだけよい」 といった考え方は存在しません。

  まさに著者が本書の中で書いている通り、

  「たい肥作りはそんなに単純ではない (中略) 私は大事な畑に使いたくないですね

  ~~これが専業農家の一般的な、生ゴミ由来のリサイクル肥料に対する評価だ」

  は、有機農家にとっても当たり前の感覚なのです。

  

  察するに著者は、「有機農業」に対する世間の一知半解な知識のはびこりと、

  「農業現場での生ゴミ・リサイクル利用」 を推奨する風潮を批判したいあまりに、

  「有機農業=危ないモノを平気で投入する農業」 という図式を、

  無理矢理つくってしまっているように危惧します。

  著者が批判したい本当の本質は、農産物の大量輸入 (そのゴミ化→国土の富栄養化) や、

  輸入飼料と薬剤に依存した 「近代畜産」 だと理解します。

  しかし批判したいあまりに、

  現状への反省なく法律 (食品リサイクル法) までつくってゴミ問題を片づけたい行政と、

  「有機農業推進法」 をセットにして論じられてしまっていることは悲しいことです。

  有機農業推進法が目指す方向は、自給を基本とした自然循環型の農業の復権であって、

  著者が結論づけておられる 「ただしい有機栽培」 と何ら対立するものではありません。

  有機農業には、本来の健全な (自給飼料を基本とした薬剤に頼らない) 家畜生産と

  リンクした 「有畜複合」 (健全な畜産と連携した資源循環型の農業) という考え方もあり、

  そういう意味でも、著者が主張する

  「家畜フンを利用するなら薬を使っていないものを」 を常に指向してきたものです。

 

  こういう認識の混乱による批判になってしまったのも、本書で述べられているように、

  「有機農業」で語られる世界が広すぎることにも起因するのかもしれません。

  しかし出版物として世に著す以上、ただ 「たい肥を入れる農業」 といった

    表面的な認識で語るのではなく、40年以上にわたって技術進化させてきた

  有機農業運動の歴史をしっかりと見つめ直してほしかったと思わざるを得ません。

  そういう意味で、底の浅い 「告発本」 に堕してしまっていることを残念に思います。

 

「エビスダニ君。 こんな本の相手をすることはないんだよ」

という声も聞こえてきそうなのだが、冒頭で書いたとおり、

僕は生産者でも評論家でもなくて、

一人のネットワーカー (つなぎ手) でありたいと思っている以上、

こういう情報によって消費者が混乱されることには我慢ならないのである。

 

多少は想像いただけただろうか。

結局、貿易の問題も、ゴミ問題も、家畜生産の構造的矛盾も、

なんら解決策を提示することなく、

「落ち葉たい肥で作られた野菜が本物である」

というところに落ち着かれても、

あなたが提起した問題は何ら解決されることはないのである。

 

こんな本のお陰で大切な休日を奪われることは耐えられない、

とか言いながら夢中に書いているワタシ。

有機農業運動は、まだまだ稚拙なのかもしれない。

しかし、大きな視野は失ってないつもりだ。

寄生虫が増えるだとか、逆にアレルゲンが増大するとか、

いろんな論が出るたびに、もぐらたたきをしながら、僕らも鍛えられている。

グローバリズムと耐性菌の強化という、空恐ろしい時代に入ってきた中で、

有機農業が提起し、切り拓いてきた地平は、

誰も矮小化することはできないだろう。

 



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