「有機農業」あれこれ: 2009年8月アーカイブ

2009年8月16日

「有機農産物=安全」 は間違い? (Ⅱ)

 

天下無敵の百姓さん。

早々と力の入ったコメント、有り難うございます。

ではこちらも気合を入れて、続けますね。

 

「有機農産物=安全」 は間違いだという 「根拠」 についての

個別論点に対する反論は書いたとおりだが、

この方の論拠の大モトは 「農薬は適正に使えば (残留も基準内に収まり) 安全」

という考えにある。

だから有機と言えども 「安全性の面では一緒」 ということになるのだが、

欠落している視点がいくつかあるので、提出しておきたい。

 


1.まず、農薬はそれ自体が病原菌や虫を殺傷する効果を持つもので、

  必然的に 「毒性」(リスク) が存在する。 したがって 「毒性物質」 に対しては、

  たとえその残留が基準値以内であったとしても、

  「できるだけない方が良い」 という観点の方が大切だと思うのである。

  そのための栽培技術を追求しているのが有機農業であり、

  有機農業の技術が安定し、社会的にも供給体制が広く整うならば、

  それは 「より安全」 な食生活を支えるものとなるはずだ。

  未来の子供たちのためにも支援していただきたい。

 

2.「基準値以内であれば健康への影響はない」 と断定するのは、

  ある意味で健常者の発想で、ここには残留農薬にアレルギー反応を示す方や

  化学物質過敏症の方への配慮がない。

  この筆者にすれば、体の反応と農薬の間に因果関係が科学的に証明できないと

  「非科学的ないいがかり」 ということになるのかもしれないが、

  実際に食事を無農薬野菜に切り替えたことで体調が好転されるという事例は多く、

  また食と健康のつながりを重視するお医者さんが増えてきていることを、

  筆者はどう捉えておられるのだろうか。

  どうか科学者には  " いま現実に起きている・進行している "  事態にこそ

  探究心を持っていただきたいと切に願う次第である。

 

3.この方の文章からは、農薬の複合汚染的観点が見受けられない。

  農薬一つ一つをとれば、それなりに厳しい基準値が設けられている。

  ( 試験結果から一日の許容摂取量がはじき出され、それに100倍をかけるなどの

   工程を経て、基準値は設定される。)

  しかし同じ農薬でも作物によって随分と基準値が違うものがあるし、

  なおかつ農産物に使用される農薬は一種類だけではない。

  何種類もの農薬を、微量とはいえ同時に (しかも毎日) 摂取し続けた場合の影響は、

  科学的には立証不能である。

  「農薬が色々と使われている農産物による健康への影響は、正確には分からない。

   ただ、数が増えれば増えるほど、またその摂取回数に応じてリスクは高まる 」

  というのが正しい科学的立場ではないだろうか。

  

  ついでに言えば、農薬使用を指導される方々はよく

  「正しく使えば安全だから心配いらない」 といって農家の不安を取り除こうとするが、

  本来は 「農薬は危険なものだから、安全使用基準をしっかり守って、慎重に

  取り扱わないと消費者の信頼を得られませんよ」 と言うべきなのだ。

  これこそが、あるべきリスク・コミュニケーションだろう。

 

4.実はぼくが最も強く主張したいのは、「農薬は生産者の健康を損ねる」

  という点である。 当会の生産者の中にも、本人あるいは家族が

  農薬によって体を壊した経験を持たれている方が大勢いる。

  「農薬は危険なモノである」 は科学的に自明なことなのに、この筆者には

  残念ながら実際に使っている農家の健康は視野に入ってないようである。

  「消費者が (外見などを) 求めているから、つらい農薬散布も我慢してやってるんだ 」

  -そんな方々を前にしたとき、私たちはどんな仁義を切ればいいのだろう。

  「だから感謝して食べよう」 -でよいのか。。。

  生産者の健康を考える配慮を、科学ライターなら持ってもらいたい。

  あえて標題に重ねて言うなら、

  「有機農業=安全な農業」 であり、それを目指す農と消費の連携運動である。

  したがって 「有機農産物と安全」 は多様な意味合いで語られなければならない。

 

5.土壌への残留による問題は前回書いたとおりである。

  繰り返しになるが、農薬・化学肥料への依存は環境汚染を招き、

  生態系のバランスを失わせてきている。

  土壌の劣化、農薬による大気汚染、河川や地下水(=水)の汚染、

  生物相のバランスの喪失、こういった側面を科学的に捉えるなら、

  「(科学的に) 安全性の優劣はない」 といった安易な記事は書けないはずだ。

  何かを守ろうとしている、としか思えない。

  だとするならこれは 「科学」 ではなくて、政治的配慮というヤツである。

  PRTR法 (特定化学物質の環境への排出量の把握及び管理の改善の促進に関する法律)

  などによって多くの農薬が適正管理を求められている今日の状況を、

  「科学」 は自問しなければならない。

 

この記事で筆者は、最後に以下の点について触れておられる。

1.有機農業は生産性が高くないので高価になる。

2.地球上の農業をすべて有機農業に切り替えると、肥料が足りず

  病害虫の被害も大きくなり、世界の人口の3分の1から半分程度の人しか養えないだろう、

  というのが科学者らの一致した意見である。

 

これについては、次のように言っておきたい。

1.有機農業では、たしかに当初は、一般栽培に比べて単位面積当たりの収穫量は

  落ちる傾向がある。 しかし農薬・化学肥料に依存した農業では、

  長く続けることによって、土壌の疲弊も含めて生態系のバランスが悪化することで

  逆に病害虫の発生が抑えられなくなり、生産力が落ちてくると言われている。

  そうなるとさらに農薬と化学肥料に依存しなければならなくなる。

  安定的で持続可能性が高いのが有機農業であり、かつ土と生物相のバランスが

  整ってくれば病虫害は減少する、というのがぼくの知る有機農業の原理である。

  価格についてはいずれ整理したいと思うが、

  むしろ今の安い農産物の価格が何によって支えられているのかが問題だ。

 

2.これはすでに遅れた知見である。

  記事にも出てくるFAO (国連食糧農業機関) が一昨年に出したレポートでは、

  「有機農業の方針にしたがえば、地球における耕作可能な土地すべてを利用することで、

  全人類に食料を提供することが可能である」 と報告されている。

  森林破壊や砂漠化が進むなか、

  土地土地の資源を大切に循環させる有機農業

   (この意義は筆者も認めておられる。 肥料は足りなくはならない )

  こそが地球を救う、とぼくは信じるものである。

  これ以上耕地を失わないこと、そして地域と食のつながりを大切にする

  社会づくりが必要なことではあるが。

 

  むしろ、化学肥料の原料であるリン鉱石が枯渇しはじめ、アメリカに買占めされて

  いるといった情報こそ、ライターには追っかけてもらいたいところだ。

  世界は無気味に動いている。

 

書けば書くほど、言いたいことが募ってくるが、この辺で終わりにしておきたい。

間違いがあれば、ご指摘願いたい。

 



2009年8月15日

「有機農産物=安全」 は間違い?

 

川里賢太郎から送られてきた写真が嬉しくて、つい、はしゃぎ過ぎたか。

賢太郎くん、ごめんね。 ほんと、嬉しかったんだよう。

 

さて、前回予告した「記事」 について、話をしてみたい。

掲載された媒体は未確認なので 「不明」 とさせていただくとして、

会員さんから 「こんな記事を見て驚いている・・・」 とコピーが送られてきたものだ。

 

『食卓の安全学』 と題して連載されているもので、

この号では 「有機農業の本当の意義」 というタイトルで語られている。

筆者は科学ライターの方で、我々の業界ではよく知られた方である。

冷静な分析をされる方だと、ぼくも思っていた。

しかし、この記事について言えば、どうにもいただけない。

 

こんな出だしから始まる。

「 有機農業で育てられた農産物は安全・・・。

 そう信じていませんか?

 科学的にみると、それは間違いです。 」

 


え?? じゃあ、危険なの? という短絡的な反応をしそうになったが、

真意はというと 「一般栽培との安全性上の優劣はない」 である。

要するに、 「安全性はどれも一緒」 と言いたいわけなのだが、

「 『有機農産物=安全』 は間違い」  とはちょっとイヤらしい小見出しだ。

 

ま、それはともかく、「間違い」 の根拠は次のようなものである。

1.有機農業で利用される有機質肥料やたい肥は、土壌中の微生物などで分解されると

  化学肥料と同じ成分になるので、化学肥料と変わらない。

2.有機農業でも使われている農薬はある。

3.一般の農産物でも、農薬は残留していない場合が多く、また残っていても

  基準値を下回っていれば健康への影響はない。

  したがって一般の農産物と有機農産物の安全性に優劣はつけられない。

4.日本だけでなく、国連食糧農業機関(FAO) や諸外国でも

  「有機農産物=より安全」 とは認めていない。

 

これが 「科学的」 根拠だというわけだ。 

う~ん・・・・・科学者の皆さん、これでいいのでしょうか。

 

筆者はその上で、有機農業の意義とは、

石油などを使って作られる資材を極力使わず、周辺にある家畜糞尿などの「資源」を用い、

多品種を少量で、なるべく旬の時期に栽培することで、

大地や自然の持つ力を最大限に引き出し、環境負荷が低い生産を目指している

という点にある、と説かれている。

 

この意義についてはまあ良しとして (北海道など多品種少量とはいかない地域もあるが)、

上記の 「間違い」 の根拠については、やはり反論しておかなければならない。

以下、順番に私の見解を会員サポート職員に伝えた次第である。

1.たしかに 「有機」 から 「無機」 に (分かりやすく言えば元素に) 分解されれば、

  化学肥料と同じ成分ではあるが、植物は有機の状態でも吸収していることは

  すでに科学的研究でも明らかになってきていることだ

   (先日の米の生産者会議のレポートでも触れた)。

  また筆者が言う 「意義」 として書かれている資源循環の側面は化学肥料にはなく、

  化学肥料は即効性が高く、余分な肥料分による地下水や河川の汚染を招いている

  との批判もある。

  そもそも有機肥料の役割は、単なる栄養分の補給といった化学肥料的役割だけでなく、

  土壌の物理性(排水性、保水性、根の伸長性など) の改善、養分保持力・供給力の向上、

  土壌の生物相の向上など、多面的な効用がある。

  つまり、その施用の意味から環境への影響まで含めて考えるのが 「科学的」 見方

  というもので、分解されたら化学肥料と同じという当たり前の理由だけで同一とは、

  あまりにも有機農業を理解されてない発言である。

2.「有機農産物のJAS規格」 において使用を認められている農薬はたしかにあるが、

  数は限定されており、相対的に安全性の高いものと言える。

  またその使用にあたっては 「あくまでもやむを得ない事情による場合」 に限る、

  とされており、けっして 「有機農産物も農薬を使用している」 わけではない。

  しかも有機農業=「有機JAS規格に則ってつくられた農産物」 というわけでもない。

  日本の有機農業はすでに40年に及ぶ歴史があり、2000年にJAS規格がつくられる

  以前から、化学合成農薬を使わない、というのが有機農業の基本姿勢である。

  やはり有機農業の世界をあまりご存知ない、と言わざるを得ない。

  ついでに言えば、減農薬栽培の方々の間でも、農薬を選択する際には

  できるだけリスクの低い有機JAS許容農薬を選ぶ、という現象も生まれている。

3.「農薬が残っていても基準値を下回れば健康への影響はない」 については、

  あとで見解をまとめさせていただくとして、困ったことに、基準値を上回る農産物は

  今でもしばしば発生している。 それらは消費された (食べられた) 後に判明する。

  この方のような立場からいえば、それは使用基準を守らなかった例外的ケース、

  ということになるようなのだが、実際には一般的防除 (農薬使用) を前提にした栽培

  が常に抱えているリスクであろう。

4.たしかに、各国の公的機関の文書で 「有機農産物=より安全」 と明記したものは、

  ぼくも見た記憶はない。 どの国も農薬や化学肥料の使用は認めているし、

  その安全性評価は、この方同様 「基準値未満であれば安全(健康危害はない)」 という

  前提に立っているのだから (その意味で基準値がある) 、

  特段に 「有機の方が安全性が高い」 とは公式的には謳えないだろう。

  この観点から言えば、「どちらも安全」 なのだ。

  

  しかし有機農業(オーガニック) は、日本だけでなく世界の各地で推進されている

  のも事実である。 そこでは 「土壌の保全」、「環境汚染の低減」、「生物多様性の保全」

  といった観点から有機農業の優位性が語られている。

  つまり農薬と化学肥料に依存した農業は、その逆の負荷をかけているわけであり、

  土壌・環境・資源・生物多様性を守る農産物と、どちらが 「より安全」 かは、

  推して知るべし。 本音はちゃんと語られているのである。

  食は環境の賜物だと考えないとするなら、 

  要するに、「安全性」 に対する考え方の幅が違う、ということになろうか。

 

  また、単純に 「食品への残留と健康への影響」 という観点からのみ考えたとしても、

  土壌に蓄積されていく農薬は、将来にわたってその 「安全」 を保証するものと言えるだろうか。

  この単純皮相的な 「安全」 視点には、時間の座標軸がない。

  有機農業には、未来の子供たちの健康を守るためにも、という観点が土台にある。

 

  「科学的」 を重視されるなら、2004年のユネスコ会議で出された

  「パリ・アピール」 についてはどうなんだろう。

  ここで市民だけでなく多くの医者や専門家ら20万人に及ぶ署名が提出され、

  「化学物質による環境汚染が人体に悪影響を及ぼしている」 と宣言された。

  署名した専門家は、ガン研究者や細胞生物学研究者、医学博士、環境衛生学、

  食品衛生学など幅広い分野の科学者たちであり、

  彼らは 「早急にオーガニックへの転換が必要である」 と主張しているのだが。

  

長くなってきたので、今回はここまで。 

続く、とさせていただきます。

 



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