あんしんはしんどい日記: 2008年7月アーカイブ

2008年7月16日

無農薬野菜の方が危険?

 

-そんな話を聞いたが、本当か?

という質問が会員さんから寄せられ、会員サポートチームのS君が相談にやってきた。

質問の内容を見ると、ご家族がラジオか何かで

「植物は、病原菌や害虫に遭うと抵抗物質を出す。 その物質が原因となって、

 食べた人にアレルギー症状を引き起こすことがある。

 無農薬野菜はアレルギー物質が多く含まれることになり、かえって危険である」

というような話を聞いたというのである。

 

この情報源なら知っている。 近畿大学の研究グループの試験結果だ。

発表されたのはたしか2年前のことで、

これはもしかしてひと仕事増えるかも・・・・と受け止めた記憶があるが、

その後は大きな話題にはならなかったようで (少なくとも我々の周辺では)、

なぜ今になって・・・・と思っていたら、

数日後に別な会員さんからも同じような質問が寄せられた。

どうやらこの試験結果を元にして、所々で 「無農薬野菜は危険」 といった話が

語られているようなのだ。

 


市民レベルから反応が上がるようでは看過できない、ということで、

僕なりに見解を整理して会員サポートチームにお返ししたところである。

いつもバタバタしてて、まとめるのが遅れてしまってゴメンね、Sくん。

 

あくまでも私の調べた範囲内での整理であることを断りつつ、お話すると-

私たちが食べている野菜や果物には、

カビや病虫害の被害から自身を守る " 免疫 "  のような働きをする物質が含まれている。

「生体防御たんぱく質  ( 感染特異的たんぱく質 ) 」 と呼ばれるものだ。

人が野菜や果物と一緒にこの物質を摂取した際に、それが原因で

まれにアレルギー症状を引き起こすことがある。

これは以前から分かっていたことで、慌てることではない。

 

近畿大学の試験とは、それをリンゴを使って検証したもので、

無農薬・減農薬・一般栽培の3パターンで育てたものを比較したところ、

感染特異的たんぱく質は無農薬りんごに最も多く含まれ、

続いて減農薬、一般栽培の順であった、という結果が得られた。

ちなみに、無農薬リンゴは3種類の病害を受けていて、

一般栽培のものには病気は出ていない。 減農薬の状態はその中間。

これによって研究グループは、

「他の無農薬栽培の野菜や果物も、病気や害虫の被害に遭うことで、

 感染特異的たんぱく質が増加する」 と結論づけた。

 

もう少し正確にお伝えすると、この試験は、

3種類のリンゴからたんぱく質を抽出し、リンゴ・アレルギー患者の血清に結合する

たんぱく質 (アレルゲン) を検出して、その反応を調べたものである。

その試験の背景には、野菜・果物のアレルギーの多くが、

花粉症の抗原 (花粉) と構造的に似ている抗原を摂取した時に発生している、

という現象があり、今回の試験で使われた血清も、花粉症を併発している方々の

ものであった。 

ここから、野菜・果物によるアレルギーが増えてきていることと、

花粉症罹患者が増えていることとの関連性も指摘されている。

 

この研究結果は、ある意味で当然のことと言える。

植物には、病原菌や害虫の影響を受けると、それに対する防御物質をつくる力がある。

それらの物質は 「生体防御たんぱく質」 と呼ばれ、感染特異的たんぱく質のほかに、

ファイトアレキシンと呼ばれる抗菌性物質がある。

ファイトアレキシンは、いわば植物が自ら生み出す殺菌剤のようなものだ。

 

いずれにしてもまだ未解明な部分が多く、研究途上の分野であるが、

それぞれを物質単独で毒性を見た場合、「何らかの有害性を持っている」

と考えることができる。 菌や虫に対抗しているわけだから。

中にはそれによって苦味やえぐみとして感じられるものもあるようで、

物質によって、あるいは個人によっては、アレルギー反応を導く場合もあると思われる。

念のために言っておくと、ここで言うアレルギー反応とは、

舌がしびれたとか、どこかが痒くなったといったレベルも含まれる。

 

しかしながら、だから何よ。 というのが私の本音である。

これは植物が本来持っている力に起因するもので、

農薬が開発される遥か以前から備え持ってきた機能であって、

人もまた当たり前のようにそれらを食べ、かつ共生してきたものだ。

したがって、あらゆる食品に内包するものだと言えるだろう。

たとえば蕎麦やバナナでアレルギー症状が出る人がいるからといって、

蕎麦やバナナに毒があるとは言わないように、植物には必然的に備わっているもの、

と冷静に受け止めるべきものではないだろうか。

 

またこの実験結果によって、

「無農薬栽培だと増大する」 あるいは 「農薬を使うとこの種の物質は作り出さない」

などと簡単に決めつけられるものでは、決してない。

この研究で言えることは、あくまでも

「病原菌や虫の攻撃を受けると植物は防御物質を作り出し、

 それは場合によって人のアレルゲン物質になる可能性がある。

 病虫害の被害に遭うほど、そのリスクは高まる」 ということであって、

「無農薬野菜の方がアレルギー物質が多い」 というのは、

実際の生産状況を知らない、あるいは関心ない人の言うことである。

 

無農薬だから病虫害に侵されるとは限らない。 

ましてや 「普通栽培だから病虫害に侵されない」 となれば、

それは相当に予防的な防除 (病気に罹る前に薬を打つ)

をしなければならなくなるだろう。

生産者が有機農業に転換する際の理由や動機の多くが、

自分や家族そして畑の健康のために農薬を撒きたくない、という

現場での経験や実感から生まれていることを、

「無農薬はかえって危険」 と簡単に語る人たちは知らなければならない、と思う。

 

そして、こういうことを語る人に共通しているのは、「無農薬=虫食い」 という認識である。

もちろん自然の中で作物 (植物) を育てる以上、

天候などの影響も受けながら常に病害虫とのたたかいになるので、

「無農薬」 を前提にすれば、リスクは当然高くはなる。 虫食いも発生する。

しかし、有機農業を実践する人たちが考える基本は、

健全な土作りをベースに、天敵も含めた生態系バランスに配慮することによって

 「農薬を必要としない」 健康な作物を育てる、というものである。

だから必死で勉強しているわけだし、

多少の虫食いや変形も許さないという感覚は、国際的にはスタンダードではない。

日本ほどに農薬を使ってない国 (世界のほとんどの国) の、

普通の野菜の方がアレルギー物質を多く含むなどと言ったら、

どんなふうに受け止められることか。

 

また、仮に百歩譲って、無農薬野菜の方がアレルギー物質の含有が多いとしても、

農薬を使用したほうが安全などとは、とても言えるものではない。

「農薬」 とは、そのほとんどが化学合成物質であり、

その微量な残留でアレルギー反応を起こす化学物質過敏症の人もいる。

ここでは、食べた野菜の残留農薬による影響を受ける人と

野菜自体に含まれるアレルゲンによる影響を受ける人の数を比較するのは

あまり意味のないことで、決定的に違うことは、

野菜や果物の残留農薬というのは、

バナナ・アレルギーの人がバナナを避けるように対処できる問題ではない、

ということだろう。

そもそも、この試験結果によって、

リンゴ・アレルギーの人が、一般栽培だから食べよう、などと思うことはあり得ない。

 

農薬の問題について、まとめて整理すれば-

1.農薬は、作物への残留問題だけでなく、使用する生産者の健康被害のリスクを高める。

2.農薬は、地下水や環境を汚染するリスクを高める。

  昨年、ある地方で、水田で使われた除草剤が河川を辿り、シジミに残留が検出されて

  シジミの出荷が止められた、という事件があった。 上流の米は当たり前に売られた。

  その違いは、ただ残留基準の差によるものだが、こういうことが起こりえる、

  ということである。

3.農薬の使用は、土や生態系のバランスを崩すために、使用後に病虫害が発生した場合、

  かえって被害が甚大になることがある。

  また病原菌や害虫が農薬に対する耐性を獲得することで、

  さらに強い、あるいは新たな農薬に頼るなど、農薬依存を強めてしまう。

  これは農薬という毒性をもった化学物質が、広く自然界に拡散してゆくことを意味する。

4.そして、作物自体への残留のリスクは常に減ることはなく、存在し続ける。

 

要するに、農薬の問題は 「人の行ない」 に起因していて、

かつ負の連鎖のように問題が深まり、拡がるわけで、

人工の問題は、人の手で乗り越えなければならない。

「自然界の掟」 に起因する問題とは、質が異なるものなのだ。

 

どうも、 「無農薬=虫食い」、

 あるいは生体防御たんぱく質の増大という問題をもって、 「無農薬はかえって危険」

といった主張をされる方々は、そのほとんどが有機栽培に対する偏見をお持ちか、

よくご存じない、あるいは対極にあるもの (農薬) を擁護することを前提にしておられる

ように見受けられる。 また、だいたいそういう方は、

" 消費者は 「無農薬=安全、農薬=危険」 という非科学的な判断をしている "

と考えていたりする。  「消費者は理不尽に農薬を悪と決めつけている」 と。

そして、「農薬は、安全だ」 ということを科学的に語ろうとする。

しかしその 「安全」 とは、

「ちゃんと規則どおりに使えば、人体に影響を及ぼすほどの残留は残らない」

という意味であって、それは同時に 「リスクが存在する」 ということも表現していることに

気がついていないように思える。

 

そもそも農薬の安全性を主張するのに、アレルギー物質を引き合いに

「無農薬も危ない」 と語るのは正当な手法ではないし、いわんや、

いま業界で流行 (はやり) のリスク・コミュニケーションの観点からしても、

ダメなやり口と言わざるを得ない。

 

大地を守る会の生産者も農薬を使うことがあるが、私たちは、

よく考えて農薬を選択し、使用は最小限に抑えよう、別な対策や技術を取り入れられないか、

というスタンスで話をする。

農薬を推奨する方々も、農家に 「これは安全だから」 と安易に勧めるのではなくて、

「これは危ないものだから、説明書きにある通りに使わないといけないし、

 ちゃんと鍵をかけて保管するように」 と語ってほしい。

そういった指導が必要な 『薬』 なのだから。

 

食品が持つリスクをどう選択するかは、消費者一人一人の判断であり、権利である。

しかし太古から獲得してきた植物の力に潜まれているリスクと、

化学物質の野放図な環境への放出という問題を比較して云々というのは、

相当に文化や生きる力を貧しくしていないか、と思うのである。

私は、農薬への依存から脱しようと努力する人のものを食べることの方が、

未来の安心を築く選択である、と信じる立場である。

 

最後に、くだんの実験から指摘されたところの、

野菜・果物アレルギーと花粉症の増加の関連については、その背景に

『現代人の免疫バランスが変わってきている』

という深刻な問題があることを伝えておきたいと思う。

たとえば、有機野菜に切り替えたらアトピーが治ったとか、

無農薬の玄米に切り替えたら米アレルギーが軽減された、といった事例を

「非科学的」 と排除して済ませてよいだろうか。 まだまだ分からないことが多いのだ。

自然界に放出される化学物質の増大が、人の免疫システムの変化に、

何がしかの形で作用していないかという危惧の方にこそ、

科学者はその本能的関心を寄せるべきではないだろうか。

 

二日前の日記の最後で、

小賢しい科学技術論で重箱の隅をつつきあうような論争~

などと書いてしまったのは、このテーマが頭から離れなかったことによると思われる。

 



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