2013年10月18日

がら紡と考える「衣」の地産地消講座を開催しました

10月11日(金)、がら紡と考える「衣」の地産地消講座を開催しました。


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こちらが講座のようす。東京は30℃にもなる季節外れの暑い日でしたが、
たくさんの皆さんが参加されました。

講師はファナビス代表の稲垣光威さんです。
ファナビスは愛知県岡崎市で、明治11年から続く「がら紡績」の技術で
もの作りをしています。



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愛知県岡崎市の位置をホワイトボードに示す稲垣さん。
岡崎市では、明治時代から、水力を活用した「がら紡績」の産業で、
発達をとげました。

しかし、最盛期は三河地方に1000件もあったがら紡績の工場も今では3件。
江戸時代、日本で消費される綿花はすべて国産だったのが、
明治以降、だんだんと外国産の安い輸入綿花に押され、
現在、国産の綿花は0パーセントに近いといわれています。



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会場に綿花が実った木が出現しました。今年、岡崎市で栽培された枝です。
稲垣さん曰く、「六本木綿花畑!」の出現です。
参加者は綿花を収穫し、これから、ご自分たちの手で、糸を作っていきます。

ここで注目したいのが、同じ枝についた綿花でも、はじけて中身の綿が飛び出しているものもあれば、
まだ蕾の状態のものもあります。稲垣さんによれば、綿花とは、本来、順々にはじけ、数か月にかけて、
はじけた順に収穫するものなのです。
私たちが現在、たくさんの安価な綿製品に囲まれているのは、綿花の収穫が手積みではなく、
機械化されている現実があります。そして、機械で綿花を収穫するために必要になってくるのが、
薬剤散布であり、薬剤で綿花を枯らしてから、機械で一斉に収穫するのです。

薬剤散布以外にも、綿花栽培には大量の農薬が使われています。
農薬は、生産に従事する生産者の身体に健康面で大きな影響があるのはもちろん、
現地の生産者が薬剤や農薬の購入のため、借金を背負いこむことになります。

大地を守る会が「オーガニックコットン(※)」を推奨するのは、持続可能なコットン作りと
現地の農民の生活を支えることに繋がるからなのです。

※原綿が第三者認証機関より認定を受けたもので、3年間農薬や化学肥料を使わない農地で栽培された綿花のこと。


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こちらが収穫した綿花です。左が茶の色をした綿花。右が白色の綿花です。



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この綿花からまず種を取り出します。が、綿が種にからむようについています。
綿花から種を「むしり取る」という表現が適切に思うのですが、
なかなか根気のいる作業です。


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こちらは一つの綿花から種を取り出したもの。
綿花のなかの半分が種といってもよいほど、種が入っています。
綿花のすべてが私たちの衣類になるのではないことはわかっていても、
純粋の綿の部分はこんなに少ないのかとすこしビックリしました。



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この綿花から種を取る作業、昔の人はちゃんと優秀な道具を開発しています。
綿花を、「綿くり機」というこの道具に入れて、ハンドルをぐるぐる回すと...、


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綿花のなかで、種だけが、綿花を入れた反対側の隙間から落ちます。
手で必死でもいだ種も、この道具を通すと簡単に取れました。
シンプルな作りでも、しっかりと役目をはたし、昔の人々の物作りの知恵に脱帽です。


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種を取り出した綿花をほぐした後はいよいよ糸にする作業です。
皆さんの手のなかで、綿花が糸に紡がれます。引っ張ってはねじり、引っ張ってはねじる繰り返し。
目を離すとすぐに切れてしまう集中と根気が必要な作業です。

それでもやっぱり切れてしまった糸は、ねじった箇所を逆方向に戻し、合わせてまたねじります。
このことを「よりを戻す」と言うそうです。
日常使う言葉のなかに、綿にまつわる言葉があることに、
日本人と綿との付き合いの長い歴史を感じます。



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太古から糸紡ぎの作業のために、人類は道具を作ってきました。
こちらは「糸車」と呼ばれ、日本では700年以上前から使われてきた道具です。

この道具を見て、会場から「ガンジー」というお声が上がりました。
インドのガンジーが「チャルカ」とよばれるこれに似た糸車を回していましたね。



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そしてこちらが講座の主役「がら紡績機」の登場です。
明治初頭、臥雲辰到(がうんときむね)により開発されました。
綿花を手で紡ぐのと同じような動きをします。
こちらはミニチュア機で、このイベントのために岡崎市から運ばれてきました。

それまでは、道具を使って一本の糸しかよれなかったのが、
がら紡績機の発明により同時に複数の糸をよれるようになったということ。
岡崎市の産業を興した機械なのです。



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稲垣さんが、がら紡績機左に付いたハンドルを回すと、"がらがらがらがら"と
勢いの良い音が会場に響き渡ります。
がらがらがらがら...というこの音が「がら紡績機」の名前の由来です。

ファナビスの稲垣さんが目指すのは布の地産地消です。
稲垣さんは講座の最後に糸紡ぎのところでふれたガンジーについて振り返りました。
ガンジーのあまりにも有名な糸を紡ぐシーンは、
自国生産品を使うことの大切さを説いたガンジーの運動のひとつでした。
当時、イギリスの植民地であったインドでは、インドの外から入ってくる綿製品におされ、
伝統であった糸紡ぎの営みが見られなくなってきた社会的状況があります。

講座に参加して、ガンジーの行動は、
遠く異国の過去の逸話で済ませることは出来ないことを知りました。

江戸時代には「地産地消」が実現していた日本の綿産業が、ペリーの黒船来航とともに、
海外からの綿を輸入解禁することで、生産量が少しづつ減少し、
現在は国産綿花栽培がほぼ0%という日本の現状。
しかし、綿は、私たちが日々身につけ、または寝具として使う、
日常から切り離すことのできないものなのです。

今の、外国に頼らざるを得ない現状は、遺伝子組み換え綿への対応も含め、
私たちは大きな梶取りの力を失っている状況です。

そして、「よりを戻す」の言葉にもあるように日本人の歴史にしみ込んだ紡績の文化。
その文化の根っこにある営みの勢いが失われているのは何とも心もとないことです。

現実的に今すぐ日本に綿花畑がひろがり、紡績産業が勢いをますことは無理だとしても、
まずは自分たちの身の回りにある"もの"の背景に想いをめぐらすことが必要なようです。


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大地を守る会では、がら紡績機で作られた三河布史(みかわぶし:がら紡ふきん)をご紹介しています。
このふきんを通して、皆さんもぜひ「衣」の地産地消に想いをめぐらせてみてください。
次回のお取り扱いは11月4日から配布の『ツチオーネ』147号です。

また、11月18日~お配りする衣料品チラシでは、ふきん以外にもファビナスの製品をご紹介します。

少し先になりますが、どうぞ、ご利用ください。






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