ヒストリー

走り続けて40年、大地を守る会の原点をたどる

【第16話】反対から創造へ ―低温殺菌牛乳の実現!

LL牛乳の常温流通化(乳等省令の「要冷蔵」規定の撤廃)への反対運動に取り組みながら、大地を守る会内部では学習も積み重ねていった。専門家を招いての講演会とかだけでなく、丹念にステーション(共同購入グループの呼称、生協では班とかポストとかいう)を回っては小さな勉強会を開いた。

 

牛乳口座

会員向け「牛乳講座」の様子。講師は大地を守る会事務局長の加藤保明(現:(株)フルーツバスケット会長)

 

ここで改めてLL牛乳の問題を栄養価と安全性の2点で要約すれば、次のようになる。

  1. 栄養価の問題……120~150℃という超高温で滅菌された牛乳は、カルシウムやたんぱく質、ビタミン類の一部が熱により変性し、消化不能になっている。特に良質の可溶性カルシウムやホエー(乳清)たんぱくは熱に弱く、決定的なダメージを受けている。
  2. 安全性の問題……パックを滅菌する際に使われる過酸化水素(発がん物質)が残留する危険性が高まる。過酸化水素はカタラーゼ(酵素)によって分解されるが、超高温殺菌ではカタラーゼの活性化が失われることによる。また容器からはオリゴマーという石油化合物が溶出されるという実験データも出された。

 

超高温殺菌牛乳からはヨーグルトもチーズもつくれない。多くの人がコク(風味)だと感じているのはタンパクの焦げ臭である。「死んでいる牛乳」とも言われるLL牛乳が、価格が安いという理由で世間に広まることは、健全な酪農を潰すことにつながりかねない。それは子どもたちの健康に直結する問題だ。

しかし……学ぶなかで、ことはLL牛乳だけの問題ではないことに気づかされる。市場のほとんどを占めるUHT*1(超高温)殺菌牛乳も、殺菌方法の問題では同類だったのである。

低温殺菌法(LTLT*2)で処理された牛乳こそ「ホンモノの牛乳」「生きた牛乳」と言えるものだ。しかし……そんな牛乳は、街には見当たらなかった。

 

次の議論は明白だった。知ってしまった以上は、動くしかない。「ならば自分たちで開拓しよう」ということだ。

大地を守る会の「低温殺菌牛乳」開発への挑戦が始まる。群馬、島根…と各地の乳業メーカーを訪ね歩き、1981年10月、一つの酪農専門農協に行きついた。

静岡県田方郡函南(かんなみ)町丹那。函南とは箱根の南という意味で、地図を逆さに見れば伊豆半島の喉仏のような場所。盆地の下を東海道線の「丹那トンネル」が走り、東京から車で2時間強という距離。そこに「丹那牛乳」のブランドで知られ、130年という酪農の歴史を誇る「函南東部農協」があった。

 

丹那牛乳(公式HPより拝借)

丹那牛乳(公式HPより拝借)

 

牛乳工場から周囲数㎞以内に酪農家が点在し、早朝に絞った牛乳がその日のうちに製品になる。鮮度が違うだけでなく、乳質も良く、雑菌数の少ない衛生的な牛乳は、低温殺菌の条件を兼ね備えていた。

 

函南東部農協との協議は約1年を要した。最初に話が持ち込まれたときは驚いたに違いないが、生産者は前向きに受け止めてくれた。低温殺菌用の新たなプラントの建設、酪農家の選別、製造ロットの販売保証などいくつもの高いハードルがあったが、乗り越えられたのは、大地を守る会の熱意よりも、消費者の思いを受け止めて、先がけとなる牛乳をつくってみせようという酪農家の矜持(きょうじ)だったのではないか。相当な決意を要する経営判断に応えるように、「大地」側からは、せっせと会員を誘っての丹那行脚が続いた。

 

そして翌82年9月13日、「大地パスチャライズ牛乳」が実現した。僕が入社したのはその2ヶ月後だったが、小さな団体が信用を担保するために引き受けた条件は「牛乳の予約製造+代金の前払い」というやつで、牛乳の販売に社運がかかっていたような状態だった。

それでもみんな嬉々としていた。LL牛乳反対から生まれた「大地パスチャライズ牛乳」は、大地を守る会の生き方を目の前に見せたものだったから。

 

配送員たちは毎朝、氷詰めされた牛乳のケースを何箱持ち上げられるか競いながら、ステーション単位で「牛乳講座」を開いては、自ら講師を務めたりした。牛乳の白濁試験(ホエーが変性せずに残っているかを確かめる)や、レンネット試験(レンネットは牛の胃からとったチーズを固める酵素。低温殺菌は固まり、UHTは固まらない)などを駆使しては、低温殺菌牛乳を飲む人を増やしていった。生協の班の勉強会に乗り込んだこともあった。そんな日々をたたかいながら、僕らは組織の足腰を鍛えていったんだと思う。

 

牛乳講座の資料

「牛乳講座」で使われた数々の資料(加藤保明の秘蔵品より)

 

1985年、乳等省令の「要冷蔵」規定は撤廃され、LL牛乳は常温流通されるようになった。しかし飲用牛乳に占める割合は85年当時より激減し、今ではスーパーでもほとんど見ることはない(東南アジアへの輸出を増やしているようだが)。逆に低温殺菌牛乳は、少しずつではあるが普通に並べられるようになった。

とはいえUHT牛乳との差はまだまだ大きい。とりあえず、LL牛乳反対運動は「提案」と「創造」によって第1幕を逆転勝利で終えたと言っておきたい。第2幕は今に続いている。

 

*1 UHT : Ultra High Temperature の頭文字をとったもの

*2 LTLT : Low Temperature Long Time pasteurization の頭文字をとったもの

 

次回 【第17話】「丹低団」に「パック連」―牛乳が結んだ新たなネットワーク はこちら

やがて、未来のチカラになる「低温殺菌牛乳」

戎谷 徹也

戎谷 徹也

戎谷 徹也(えびすだに・てつや、通称エビちゃん) 出版社勤務を経て、1982年11月、株式会社大地(当時)入社。 共同購入の配送&営業から始まり、広報・編集・外販(卸)・全ジャンルの取扱い基準策定とトレーサビリティ体制の構築・農産物仕入・放射能対策等の業務を経て、現在(株)フルーツバスケット代表取締役、酪農王国株式会社取締役、大地を守る会CSR運営委員。 2008年農水省「有機JAS規格格付方法に関する検討会」委員。2013年農水省「日本食文化ナビ活用推進検討会」委員。一般財団法人生物科学安全研究所評議員。