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吉本ばななさんの新連載「生きることは食べること」Vol.3 

【吉本ばななさんの新連載「生きることは食べること」Vol.3】種

ベストセラー作家の吉本ばななさん。実は、大地を守る会の食材を長いことご愛用いただいています。そのご縁で、大地を守る会のホームページでエッセイの連載が始まることになりました。吉本ばななさんの食にまつわる思いや暮らしぶりに触れることのできる特別なエッセイで、今回は3回目になります。イラストは、吉本ばななさんのお友達で、絵本作家・イラストレーターの山西ゲンイチさんの描き下ろし、ぜひお楽しみください。

姉が病気になり、かなりしょげた気持ちで会いに行った。姉の家の近くにあるそのデパートの屋上にはいろいろな屋台がある。好きな食べものや飲みものを買って、屋上にたくさんあるテーブルに好きなように座っていいという開放的な場所だったけれど、気持ちは閉ざされていた。下を向いたら涙が止まらない。

でもやがていつもと変わらぬ態度で姉がやってきて、いつものように会ったら、少しだけ気持ちが明るくなった。そうだ、今は今ではないか、こうして会えているし、ビールも飲めている。おつまみも食べている。私たち、今はとにかくここで生きている。

そう思えてきた。

様々な屋台に混じって、その屋上には有名な多肉植物の専門店がある。前にそこで買った「砂漠のバラ」という不思議な形の植物を私はうっかり水をやりすぎて枯らしてしまった。なのでその夜、同じ種類の鉢植えを新しく買った。まるでペットショップから犬を買って帰って来た人のように、大切に抱きかかえて家に帰った。

二代目の「砂漠のバラ」は元気いっぱいだ。たくさんの葉をつけて、うちのリビングにすっくと立っている。姉も手術を終え元気に生きている。姉の作るおいしいごはんもまだ食べることができる。

その「砂漠のバラ」がどんなふうに育ってきたのかをどうしても知りたくなって、種を取り寄せてみた。小さなつぶつぶ。むつかしそうだと思いながら撒いてみたら、ちっとも芽が出ない。三ヶ月もたって諦めた頃に、ぷりぷりのミニチュアみたいな芽がやっと出てきた。こんなにかわいくて、小さくて、薄緑色の赤ちゃん。

あの小さな粒のなかにこんなすごいものが出てくる力が全部入っているなんて、なんてすごいことだろうと思った。

それに光と水が力を貸して、やっと芽が出る。
いつもよく見ては正しくケアをする人間の力が加わって、初めて大きく育っていく。
野菜もみんな同じなんだろう。

種があって、苗があって、いろんな気候の中で試行錯誤しながらそれを大切に育ててくれる人たちがいて。私たちのところにやってくるおいしい野菜たちは、みんなこのような手間と大地の力と希望とともにこの世に生えてくるんだなと思う。大勢の人の手がかかって、箱に入って、大切に届けられる。その力も味にいっしょに乗っている。だからカタログを見るときは真剣勝負で、頼みすぎてむだにならないように、大切に選んでいる。

 

吉本ばなな プロフィール

1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。近著に『人生の旅をゆく3』『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』がある。noteにてメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」を配信中。

大地を守る会編集部

大地を守る会編集部

大地宅配編集部は、“顔の見える関係”を基本とし、産地と消費地をつなぐストーリーをお届けします。