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それはまるで、儀式のように

【NEWS大地を守る12月号】鰹節の守り人たち

木製せいろに並べた鰹の節を、炉の上に積んで燻します。立ち上る煙はこれからどこへ向かうのでしょう。

日本に古くから伝わる鰹節。鰹を燻し乾かすその煙は、静かに消えつつあります。かつて漁師町として栄えた静岡県西伊豆の田子地区で、1882年から伝統製法で鰹節を作り続けるカネサ鰹節商店を訪ねました。

 


「潮鰹」で交わした職人たちの“契り”

静かな港を背に、こんもりとした山の坂道を少し上がると現れる年季の入った建物。大きな鉄扉を開けたそこには、どこか凛とした空気が流れています。木造の壁には、紙垂(しで)やしめ縄があしらわれた魚が吊るされています。

以前は多くの漁船でにぎわっていた田子港。今は地元の人たちがふと足を運び、釣りや談笑をして過ごします。

趣のある木造の壁に吊るされている魚。

 

「この地区は、かつて鰹がたくさん水揚げされ、鰹漁で栄えた漁師町です。航海安全・豊漁豊作・子孫繁栄を祈願し、鰹を丸ごと塩に漬け込んで乾燥させた『潮鰹(しおかつお)』にお飾りを付け、お正月に玄関先や神棚に飾っていました。三が日が過ぎると、潮鰹は縁起物として家族や地域の人たちに振る舞われました。その昔は、年の初めに船員たちが潮鰹を口に運ぶことで、雇用の契りも交わしていました」。そう話すのは、1882年の創業以来、静岡県西伊豆の田子地区で鰹節を作り続ける、カネサ鰹節商店5代目・芹沢安久さんです。

生産者

田子の文化と強く結びつく潮鰹を守る活動にも取り組んでいる芹沢安久さん。

 

鰹節といえば、「薩摩節」「土佐節」「伊豆節」が有名ですが、これらが生まれたきっかけは約350年前のこと。和歌山県印南(いなみ)町で、鰹を煮て乾燥させることで保存性を上げた「煮堅魚(にかたうお)」に、「燻す」という工程が加わり、鰹節の原型ができたことからです。その後、津波により印南町から鰹節作りは消え、全国各地に鰹節作り名人が散らばって行きました。

中でも鰹の一大産地で、江戸に近かった田子地区では、鰹節屋1軒につき鰹漁船1隻が付くほど、鰹節作りが盛んでした。ある時、偶然にも船上で鰹にカビが付き、その鰹節が「芳醇な香りで甘くておいしい」と江戸で評判に。カビ付けした鰹節は「枯れ節」と呼ばれるようになり、その製法は約200年前に田子地区で確立されたのです。

「枯れ節を築き上げた田子地区ですが、2000年を最後に鰹漁船は1隻もなくなりました。40軒ほどひしめいていた鰹節屋も、今ではたったの3軒です」。その中でも、カネサ鰹節商店は創業時から変わらず、田子地区独自の伝統製法を継承しています。

 

手で火を操る「火手山式」

「水揚げがあると、まず鰹を専用の包丁で節状に切ります。1回でさばく魚体数は1,000匹で、とれる節の数は4,000本。これを年に約10回行うので、年間4万本の鰹節が仕上がります」。芹沢さんが目を向ける先にあるのは、20年以上使い続ける愛用の包丁。作る職人がすでにいなくなり、芹沢さんたちが自ら手入れしています。

さばいた鰹の節は、ねじれや曲がりの出ないようかごに入れ、煮崩れに気を付けながら2時間煮たあと、燻しの工程に入ります。

特殊な形をした専用の包丁。


現在では機械で燻して乾燥させることが多い中、カネサ鰹節商店では、全国に広まったものの今や4、5軒しか残っていないといわれる、田子地区独自の伝統製法「手火山(てびやま)式」で燻し乾かします。

鰹の節が並べられた木製せいろが炉の上に積まれ、煙が立ち上っています。「煙の上がり方で、どの場所の火が強いか弱いかが分かります。炉の空気口に置いてある木のふたの向きを変えることで、火加減を調整します」。

常に手で熱をはかり火を調整することから、「手火山式」という名前が付いたといいます。

燻しの煙と太陽の光が交わり、神秘的な雰囲気が醸し出されます。

 

木のふたの向きを変えると、煙が逆方向に立ち上りました。太陽の光が差し込み、煙がゆらゆらと揺れる光景は神秘的で、まるで儀式のようです。

「鰹にあたる熱量が均等かどうかは、手でさわって確認します」と、鰹にそっと手をそえる芹沢さん。炉の中では、地元産の薪(まき)が赤く燃えています。植林と山の手入れを行って薪をいただくのが田子地区の伝統です。

鰹の節に手をそえて熱をはかりながら、焦げないよう片時も離れずに燻していきます。

バランスのよい香りを出すため、桜やナラ、くぬぎなど複数の薪を使います。

燻しの工程が終わった「荒節」を削ると「花鰹」に。


太陽が雲に少し隠れる穏やかな空の下には、鰹節がずらりと並んでいます。

「燻しの後は、天日干しとカビ付けを繰り返します。3~4回行うと『本枯れ節』と呼ばれますが、うちでは6~8回行うので、完成まで半年かかるんですよ」とは安久さんの父親・芹沢里喜夫さん。鰹節の状態を見極めながら、カビ付けの木樽に詰めていきます。

室(むろ)で20~30日の眠りについた鰹節は、次の太陽の光をまた静かに待つのです。

雨でも晴れ過ぎでもない、“ほどよい” 晴れの空が必要な天日干し。

鰹節作りが体にしみついている「生涯現役」の芹沢里喜夫さん80 歳。

カビ付けは手入れして使い続ける木樽で。時間をかけることで味わい深さが生まれます。

 

一杯のお椀から継承されていく

鰹節は、私たちの食に欠かせない存在でありながら、日頃手にすることは減ってきています。

「手間がかかる本枯れ節はあと10年でなくなるともいわれています。枯れ節、荒節、血合の有無など、鰹節には種類がありますが、どれもそれぞれのおいしさがあります。いろいろな味を食べてみて、気に入ったものを日々少しずついただくのがよいと思います。そうすることで、家庭や地域の味が受け継がれるとともに、鰹節そのものも継承されていくのだと信じています」。芹沢さんは穏やかな声で話します。

もうすぐ年の瀬。日々の食事はもちろん、年越しそばやお雑煮で古くから伝わる鰹節をいただき、よい年を迎えましょう。

 

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大地を守る社会貢献活動(CSR)をすすめる会

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