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吉本ばななさんの連載「生きることは食べること」Vol.8

ほんとうに地味な変化 

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若い頃はなんでもかんでもおいしかった。それでいいんだと思う。
多少古いものを食べても、添加物を摂っても、油ぎとぎとでも体が解毒できる
し、体を張っていろんなことを勉強する時期だから。
ここでバリエーションをしっかり知らないと、バリエーションに対してすごく
弱い体になるような気がしてならない。

問題は中年になってからだ。
安全もしくは新鮮に気を使って自炊するようになったのは30代に倒れてから
で、その前は忙しいから毎日てきとうに外食していた。あの頃の無理を体が今も
背負っているという気はしない。体ってそんなにやわじゃないような気がする。
なんの迷いもためらいもなく、遊び半分で健康診断を受けることができた頃が
とても懐かしく思える。
この歳になると毎回冷や汗ものだから。
この世の常識で、大きな目で見るとわけがわからないことっていっぱいある。
健康を保ち、いざというときのための保険というものに入るには、けっこうあわ
てて健康診断を受けなくてはならなかったりする。保険の会社がすぐできる病
院を紹介してくれちゃったりして。それで急に血を取ったりレントゲンをした
り。もうひとつ保険に入りたかったら、また別の病院で検査を受けたりして。ど
う考えても健康に良くないのでは…。
で、病気だったら保険に入れなかったりしてね。
私には、投資目的での保険のほうがまだ理解できるところがあるけれど、備え方
は人それぞれだから文句はない。
ただ、いちばんの保険は、自分で作ったり、素材に気をつけたり、そんなことな
んだと私は信じている。
めんどうで、果てしない毎日のごはん作り。
さっきも包丁ふいてなかったか?さっきふきんを消毒したばっかりじゃない?
またこの時間?
そんなことを思いながら、ごちそうではない地味なものを、ただ毎日作り、おい
しくいただく。

それを10年も続けた頃だろうか。前も書いたが、急に甘味料の味がべたべたし
て感じられるようになった。後味がべたっとする。体に悪いからではない。べた
っとするから避けるようになった。
突然、買ってくるお惣菜やサラダが、口の中でこわばる瞬間や変な後味を感じる
ようになった。これもまた体に悪いからではなくて、それがいやで、買わなくな
った。
10年かかったのもすごいが、なによりすごいのは、なんと、ほとんどの場所で
なんにも食べられるものがなくなってしまったことだ。こんなことってあるの
だろうか?日本は大丈夫なんだろうか?
私はなんでもおいしく食べることができるのが自慢だったのに、いつしかすご
く狭い人間になってしまった。
これじゃいけないと思ってたまにカップ焼きそばなど食べたりするが、最後に
梅干しかゴーヤを食べてちょっと解毒を心がけたり。
長年使ったポンコツな体ちゃんを、なだめすかして長持ちさせるには、わかって
いるものを食べるのがいちばんいいから、今日も日本むかし野菜で地味なお味
噌汁を作る私です。

吉本ばなな プロフィール

1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。近著に『吹上奇譚 第二話 どんぶり』『切なくそして幸せな、タピオカの夢』がある。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた単行本も発売中。

大地を守る会編集部

大地を守る会編集部

大地宅配編集部は、“顔の見える関係”を基本とし、産地と消費地をつなぐストーリーをお届けします。