2013年12月 8日
本当の空を取り戻したい・・・ 福島で女性生産者会議
智恵子は東京に空がないといふ
ほんとの空が見たいといふ
・・・・・・・・・・
阿多多羅山の山の上に
毎日出ている青い空が
智恵子のほんとうの空だといふ (高村光太郎 「あどけない空の話」)
「 智恵子が言った " ほんとの空 " が汚されてしまいました。
でも、私たちは負けません。
ここで頑張って、ほんとうの空を取り戻したいです。」
11月21日(木)、
安達太良山の麓にある岳温泉(福島県二本松市) で開催された
「第4回女性生産者会議」 でのひとコマ。
「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」理事・佐藤佐市さんのお連れ合い、
佐藤洋子さんがそう言って、マイクを握り締めた。
大地を守る会には中玉トマトや寒じめホウレンソウを出荷してくれている。
なんで僕らは福島と連帯しなければならないのか。
なんで " 福島の再生なくして日本の未来はない " と言い続けてきたのか。
女性たちの発言から、その心が語られたような気がする。
それは、ほんとうの空と、土と、つながりを取り戻すためだ。
「 今はフジの収穫真っ最中です。
リンゴも一個々々顔が違っていて、人間と同じですね。
2012年の冬は、リンゴの粗皮削りを必死でやりました。
放射能も 「検出せず」 のレベルになって、ホッとしています。
注文は徐々に戻ってきて、それでも (原発事故前の) 5~6割でしょうか。
余ったリンゴでシードルを作りました。 それが人気で喜んでいます。
たくさんの人に来てほしいと、農家民宿も始めました。」
(羽山園芸組合、武藤幸子さん・熊谷弥生さん・武藤明子さん)
羽山園芸組合さんは、今回の幹事を務めてくれた。
「 有機農業を続けて40年が経ちました。
岳(だけ) 温泉とは、私たちの野菜を使ってもらって食品残さを堆肥にするという
循環型農業でのお付き合いがありました。
それも止まってしまいました。
山の落ち葉の利用も今は控えています。 良い堆肥だったんですけど。
この循環を何とかして早く取り戻したいです。」
(二本松有機農業研究会、渡辺博子さん)
「 9 軒で始めた福島有機倶楽部も、千葉や宮城、いわきや都路村(現田村市)
に移られて、現在のメンバーは 2軒になりました。
障がい者の人たちと作業所を開いて農業をやってきましたが、
今度これだけの震災に遭ったら守りきれないと思って、解散しました。
瓦礫の撤去では広島や九州からボランティアの方が来てくれました。
3.11の 2週間前に有機JASの認定を取得したばっかりで、
何でこうなるのかと思いましたが、
皆さんが来てくれたことで気持ちも上向きになりました。
そして大地さんから継続して販売すると言われた時に、
" やれる! " と思いました。
水路と基盤を整備し、有機JASも取り直します。
有機農業から学んだことは、嘘をつかないこと、誠実であること、です。」
(福島有機倶楽部、小林美知さん)
「 3.11の直後は、何をつくっても気が乗らなかった。
今の販売量は以前の3割減くらいまで戻って、何とか生活できる状態。
風評被害はまだ残ってる。
5年後10年後を考えると、後継者がやっていけるのかが心配です。
10月の 「土と平和の祭典」 で、3人の OL さんが売り子に協力してくれたのが
とても嬉しかった。」
(福島わかば会、佐藤徳子さん、他8名)
「 二本松・東和地区にはたくさんの新規就農者がいて、今も来てくれます。
3.11後、一人だけ帰ったけど、皆残ってくれた。
東和の良さを味わってもらおうと農家民宿も始めました。
以前に野菜を送っていた自由の森学園(埼玉県飯能市) の人たちが
遊びに来てくれたのが嬉しかったですね。」
(ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会、大野美和子さん)
一番遠くから参加されたのが、
島根県浜田市(旧弥栄村)・やさか共同農場の佐藤富子さん。
「 今回は福島での開催だと聞いて、行かなきゃいけないと思いました。
行って、福島の人たちの生の声を聞きたいと、ずっと思っていました。
自分たちも原発を許してきたんじゃないのか、そんな思いがあって・・・
大阪で20年、弥栄で40年が経ちました。
人口1500人を切った村で、仲間が40人。 半分は県外からの移住者。
若い人もいます。 皆さんの話を持って帰ります。」
他には山形、宮城、栃木、群馬、茨城から、
総勢30名の " 母ちゃんたち " が集った。
藤田社長から大地を守る会の全体状況の報告、
戎谷からローソンさんとの事業提携の進捗についての報告、
" 森は海の恋人 " 畠山重篤さんの講演があって、
温泉に入って、懇親会は2次会まで盛り上がる。
畠山さんの講演は次に回すとして、
翌22日は、羽山園芸組合代表・武藤喜三さんのりんご園で
りんご狩りを堪能させていただく。
挨拶する武藤喜三さん。
淡々と、安全で美味しいリンゴづくりに勤しんできた優しいお父さん
といった風情だけど、
12年冬の徹底した除染作業 をやり切ってきた根性の人だ。
今年も安定して美味しいりんごを育ててくれた。
このリンゴに、武藤さんたちの願いが込められている。
これぞという実をもぎ、食べてみる。
当然のことながら、美味しい!の感嘆の声も上がる。
いっぱいもいで、お土産に。
彼女たちにしてみれば、束の間の休息、か。
では、リンゴの樹ををバックに記念撮影。
羽山園芸組合の皆さんでも一枚。
3.11 は言葉では表せない悔しさと労苦を運んできたけれど、
それでも次世代のために " ほんとうの空を取り戻すまで頑張る "
" やれるだけのことをやりますから " と語るら彼女らの強さによって、
僕らは生かされているんだと思えてくる。
いやこれは、未来の命から託された仕事をやってくれているのだ。
いま、目の前で。。。
最後は、ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会が運営を委託されている
道の駅を訪ね、東和での取り組みを見学する。
すみません、続く。