水の世紀と日本文明
先週の1月17日(木)夜、久しぶりに大手町カフェでの 『地球大学』 に参加する。
毎週々々、環境に関連していろんな面白いテーマが採り上げられ、
ついに80回を数えた。
今回のテーマは、「水の世紀と日本文明-100年を見通して-」。
講師は、立命館大学客員教授で日本水フォーラム事務局長の竹村公太郎さん。
今回もなかなか刺激的な話が聴けた。
数日経ってしまったが、聴きっ放しで済ませてはもったいないと思い直して、
以下、ざっくりとメモを辿ってみたい。
先週の1月17日(木)夜、久しぶりに大手町カフェでの 『地球大学』 に参加する。
毎週々々、環境に関連していろんな面白いテーマが採り上げられ、
ついに80回を数えた。
今回のテーマは、「水の世紀と日本文明-100年を見通して-」。
講師は、立命館大学客員教授で日本水フォーラム事務局長の竹村公太郎さん。
今回もなかなか刺激的な話が聴けた。
数日経ってしまったが、聴きっ放しで済ませてはもったいないと思い直して、
以下、ざっくりとメモを辿ってみたい。
(昨日から続く)
あの年(93年)、冷害によってコメは歴史的な不作となった。
作況指数はたしか75だったか。
(あの冷害でも75%の収穫があるコメの強さと、
それだけ日本の環境に適した作物である、という視点もあるが、ここではおいといて)
国の備蓄もなく、年末には緊急輸入となって、
タイ米をめぐる恥ずかしい騒動なども起こしつつ、一気に市場開放へと進んだ。
86年から続いた市場開放論争が、
一度の凶作という事態で、あっという間に方をつけられた格好になった。
翌年の豊作の声が聞こえ出した頃には、
実はコメ(の在庫) はあったことに気づかされるのだが、
ま、それもおいといて、
そんな騒ぎのさなかでの、深夜の討論会だった。
『コメをどうする?』 みたいなタイトルだったが、
だいたいあの番組(「朝まで生テレビ」) は、人数が多いこともあってか、
討論というよりは、だいたいがぐちゃぐちゃの喋くり合いで終わる。
あの時もそんな感じだった。
もう15年も前の話なので、
その時の市場開放派の論調をここで解説するのは省かせていただくが、
昨日書いたグローバリズム推進派の論点と、土台はほとんど一緒である。
わたし的に共通点を整理すれば、こうなるだろうか。
正月明けから穀物やら環境やらと、しんどい話題を続けてしまって、
少々心苦しいところもあるのだけれど、
その後も追い討ちをかけるような情報ばかりが入ってくる。
やっぱ、これは俺のせいじゃない。
小麦の値上げからフードセキュリティ論まで、一気に進めてみたいと思う。
世界は日々刻々と変化を遂げている。
その動きを1秒という時間に切り取って、様々な数字で表した1冊の本、
『1秒の世界』(山本良一責任編集、ダイヤモンド社)。
人間の心臓が1回の脈を打つ、1秒間に、
252トン(大型トラック63台分) の化石燃料が燃やされ、
39万㎥(762トン、体育館32棟分) の二酸化炭素が排出されている。
5100㎡(テニスコート20面分) の天然林が消失し、
710万トンの酸素(140万人が一日に必要とする量) が減少している。
といった具合である。
この本を題材に、昨夜(1/12) 「1秒の世界Ⅲ」というTV番組が放送された。
帰りが遅かったので、ビデオで観る。
大地でもお付き合いのある 「未来バンク」 の田中優さんが
コメンテーターで出演している。
とても話の上手な方だ。
(昨日から続く)
ファンドマネーで翻弄される穀物。
それは私たちの暮らしもストレートに直撃してきている。
家畜の餌が上がり、卵を使った加工品も上がって、
4月からは小麦が上がることが、すでに発表されている。
パン、菓子、めん類…影響は広範囲に及ぶ。
値上げ幅は最低でも2~3割という。
そんな中で、今もアメリカの農家は、
昨日報告したようにウハウハ浮かれているのだろうか。
「では現地からの声を聞いてみましょう。
ケントさ~ん。聞こえますか。そちらの様子はどうですか?」
「ハーイ。こちらイリノイ州。では現場からケント・ロックがお伝えします」
一ヶ月くらい前に放送されたNHKスペシャル。
『ファンドマネーが食を操る ~穀物高騰の裏で~ 』
録画もしてあったのだが、芸術作品ならともかく、
だいたいこの手の ‘鮮度がいのち’ のような番組を再度観ることはまずなくて、
「消しちゃおう」 と思ってビデオを回したところ、改めてじっくりと眺めてしまった。
六本木の新しいスポット-東京ミッドタウン。
元防衛庁跡地がすっかり変貌した。
ほとんど縁のない所と思っていたのだが、
どうしても見ておきたいものがあって、やってきた。
ミッドタウン内といっても、北のはずれの独立した一角にある、
「21_ 21 DESIGN SIGHT」 という展示館。
(21_ 21 はツウ・ワン・ツウ・ワンと読む)
展示館といっても、ただのミュージアムではなく、
「デザインを通して世界を見る場所」 なんだという。
そこでいま、 『 water [水:mizu] 』 という企画展が開かれている。
「デザインによって水を示す」 実験だと……
先週は二つの集まりに加えて、二つの忘年会。
毎晩のようにボロボロになって帰る。
どうしてこんなに飲んでしまうんだろう……
しょうがないでしょ。付き合わざるを得ないんだからさ。
でも仕事はちゃんとしたんですよ。他の原稿も二つ書いたし。
- と相変わらずの言い訳人生。
とまあそんな感じで、ドヨ~ンとした体調で今週の仕事を開始したら、
前回の記事への涙の出るようなコメントが届いていて、一気に元気回復。
気を取り直して、ブログ再開。
では、この写真から見ていただきましょうか。
なんだ、このイッちゃったようなオッチャンは?
失礼ですね。
今回も、これまた伝説の人、登場!なのです。
(どうもこの世界は枯れない人が多い・・・)
……というお米が届く。
差出人は、福島県喜多方市山都町早稲谷の浅見彰宏さん。
10年前にこの地に移り住み、夫婦で有機農業を始めた方。
彼の農園の名前は 「ひぐらし農園」 という。
あの晩夏の夕暮れに鳴くセミが好きなのか、農園の暮らし向きを表現したのか、
その辺は聞いてないので分からないが、おそらくは……いや、やめておこう。
地元のきれいな棚田の写真が貼られている。
山都町早稲谷地区は、霊峰・飯豊山の麓に位置し、
ブナの原生林やナラを中心とした広葉樹林に囲まれた美しい山村である。
250年も前に拓かれた手掘りの水路が、今も棚田を支えている。
ちょっと遡ってしまうけど、残しておきたい。
記録-その3
11月3日(土)、文化の日。
秋田は五城目町、馬場目川の上流部にて、ブナの植林が行なわれた。
毎年この日に開催され、今年で15回目となる。
今では全国あちこちで聞かれる 「ブナの植林」 だが、
杉などの商業材が伐られた跡地をブナ (広葉樹) の森に戻す、という
直接的にお金にならない取り組みに先鞭をつけたのは、ここである。
馬場目川は、大潟村のある八郎潟に注ぐ川。
戦後最大の干拓事業と鳴り物入りで誕生した大潟村にとって、
村を囲む形で残された残存湖は、農業用水であるとともに生活用水でもある。
馬場目川は、彼らにとって文字通り生命線のような川なのだ。
その大潟村の米の生産者たちが、子々孫々まで八郎潟の水を守るために、
川の上流部を豊かな森として残そう、と始めたのがブナの植林活動である。
地元営林署はじめ、秋田県内の自然保護団体、ボーイスカウトなど
たくさんの団体が一緒になって活動を広げてきている。
大地が提携する生産団体 「ライスロッヂ大潟」(黒瀬正代表) もその主体団体のひとつで、
大地が応援して参加するようになったのは、黒瀬さんからの呼びかけによる。
たしか3回目の植林からだった。毎年少人数ながらお手伝いを続けてきた。
そして今年も、全国各地から約150名の支援者が集った。
アメリカ視察レポートで気が抜けたわけではないのだけど、
出張中のブランクに加えて、その後も色んなイベントやら会議やらに出かけ、
溜まった仕事の帳尻合わせをしているうちに、あっという間に一週間が経ってしまった。
日記も、続けるってのはしんどいもんだなぁ、と思うこの頃。
とか言いながら、都心の永田町で遺伝子組み換えの緊急集会をやるというので、
今日も出かける。
どうもこのところGMづいてる。
今回の緊急テーマは、オーストラリアのナタネである。
5回にわたってレポートを続けてしまったが、
改めて読み返せば、書き損じ、書き忘れ、意味不明な表現などが散在されて、
触れてなかった重要な点もある。
いくつかの補足や整理などして、
いったんアメリカ(視察)の ‘縛り’ から開放させていただくことにしたい。
まず前提として、細かい数字やデータは省かせていただいた。
ブッシェルあたり何セントといった話をしても面白くないだろうし、
とりあえずは温かいままでのレポートとして、
いまアメリカで進行している動きと、迫りくる危機の感じを
つかんでいただければ、と思って報告したものである。
次に、遺伝子組み換え食品に関心を持つ方にとっては気になるところの
重要な問題が未整理のままである。
それで、GM作物の安全性についてはどうだったんよ、ってことよね。
乾燥した空気が、冷涼な風となって北から吹いてくる。
紅葉も進んできた10月24日(日本では25日)、私たちは最後の訪問先である
ノンGMコーンの生産者、ケント・ロック氏を訪ねる。
ケントの家は、平原ではなく、なだらかな丘陵地帯にあった。
家の隣には牛舎があり、
10数頭の黒毛の牛に数頭の子牛が集まって、我々を興味深く見ている。
ケントは有畜複合経営なんだ。
玄関にはたくさんの猫が、少し冷たい風を除けるように集まって、日向ぼっこしている。
人なつこい。動物好きの家族だ。
我々の到着が少し早すぎたのか、お留守のようで、
少し周りをブラブラと見ているうちに、ケントは帰ってきた。
挨拶を交わし、まずは家に招かれ、彼の農業経営の説明を受ける。
ワゴンのレンタカー車2台に分譲した我々は、さらに走る。
北海道の生産地帯を10倍、あるいは数10倍に拡大したような風景が続く。
途中いたるところで目についた、細長~い装置。
潅水用の機械だそうだ。これで水を撒く。
片翼100メートル以上はある。何もかもがデカい国だ。
次なる目的地は、コーンの集荷センター(カントリー・エレベーター)である。
あれやこれやと動き回れば回るほど、休みは消え、肉体は鈍重になり、仕事は溜まる。
ブログのネタも増えるけど、書く時間はなくなる。
それでもって 「好きなことして」 とか言われた日にゃ、一瞬にして “キレる中年” となる。
……と、泣き言というか言い訳から始めて、米国視察報告を再開します。
とにかくこれを終えないと次に進めないし。
10月22日(日本では23日)、
カーギル本社でのレクチャーと情勢分析を終えた我々は、
ミネアポリスから飛行機で1時間半ばかり、イリノイ州ペオリアへと飛んだ。
≪昨日から続く≫
コーンの需給は楽観できない。
アメリカが大豊作なので持っているが、
世界全体でのコーンのストック(期末在庫)率は13%あたりで、
じわじわと下降線を辿っている。
一か月分の需要量に相当する10%を切ると危険域に入るとMr.クリスは言う。
需給と価格の関係は、1%足りなくなれば1%価格が上がるというものではない。
1%の緊張感は、モノと状況・条件によっては10%単位レベルでの価格変動を生む。
私自身、1993年のコメ・パニックは忘れられない記憶としてあるところだ。
もうひとつ当たり前のこととして、
熱帯(亜熱帯も能力的には含む)のコメを除いて、
基本的に穀物は年1作の収穫で一年分を賄う作物であることを忘れてはならない。
不作の年は、必ずある。
さて、カーギル本社での説明と個人的感想をこうして並べていくよりも、
むしろ現場の絵をお見せしながら、解説を挟んでいった方が分かりやすいかもしれない。
大事なN(ノン)-GMの「センチュリーコーン」についての要点を頭に入れてもらった上で、
現場に向かうことにしましょうか。
建物の中から風景を眺めるだけでなく、広大なコーンベルトに。
さてと、時差ボケも何とか落ち着いてきたところで、
アメリカでのトウモロコシ(以下、コーン)生産現場の視察報告とまいります。
日程は10月21日から26日の、5泊6日(うち一泊は機中泊)。
一行は、Non-GM(非遺伝子組み換え、以下N-GMと略す)の飼料用コーン・ブランドである
「センチュリーコーン」 を実際に使っている生産者2名を含む6名。
うち1名は「北浦シャモ」の生産者、下河辺昭二さん。
今回の視察は、実は下河辺さんからのお誘いだった。
出入国の手配から現地ガイドまで通してお世話になったのが、
カーギル・ジャパン穀物油脂本部の堀江さんと高橋さんのお二人。
では、まずはミネソタ州ミネアポリス郊外にあるカーギル本社訪問から。
10/28(日)、ふなばし三番瀬海浜公園にて、秋の三番瀬クリーンアップ開催。
台風一過。爽やかな秋晴れ。
三番瀬から眺める富士山は、たしか富士山百景にも選ばれたポイントである。
この大切な干潟をいつまでもきれいにしておこうと、
船橋市民やNGOなど大勢のボランティアが集まった。
さて続いては、10月13日(土)、成清さんを偲ぶ会の前に開かれた、
『第17回全国水産物生産者会議』 をレポートする。
大地に水産物(加工品含む)を出荷して頂いている漁業者・メーカー・卸し関係者が
年に一度集まって、
各種の視察や研修、情報交換などを行なう会議。
毎年各地の生産地で開催してきて、もう17回目になる。
今回は、ビシッとお勉強の日、とします。
ということで、ちょっとシニア大学といった感もあるが、学問の府に集まっていただく。
場所は、東京・品川にある東京海洋大学。
昔の水産大学と商船大学が合併してできた国立大学である。
テーマは、
「MSC認証」-持続可能な漁業・水産物供給の促進について-
JR船橋駅から南に歩くこと約20分。
繁華街の空気が、京葉道路のガードを潜ったあたりから一変して、
港町の風情になる。
静かな住宅街を抜け、堤防から中に一歩足を踏み入れば、
埠頭には立派な漁船が並ぶ、今も活気を失わない船橋漁港である。
港のさらに南側に湾岸道路、そしてショッピングセンター「ららぽーと」が見えるのが
不思議な感じだが、逆にこの風景が
「どっこい、東京湾の漁師は生きてるぜ」 という特別な印象を与える。
その港で、市民にもっと海や魚に親しんでもらおうと、
昨日(10/6)、『船橋 港まつり』 が開かれた。
東京は大手町、都心のビル街のどまん中に、環境を意識してつくられたカフェがある。
そこで毎週水曜日の夜、刺激的なセミナーが開かれている。
カフェで学ぶ地球環境セミナー 『地球大学』。
文化人類学者の竹村真一さん(京都造形芸術大学教授)がホストとなって、
毎回多彩なゲストをお呼びしては、様々な角度から環境問題を切り取っている。
開講したのは去年の春。
大地から薦(こも)かぶり(酒樽)を持参して、種蒔人で鏡開きをした。
それに先立つ一昨年暮れのプレ・イベントでは、
日本の気候風土における田んぼの役割について話をさせていただいている。
昨年10月には 「食」 について考えるシリーズが組まれ、
私も話す機会をいただき、
またその期間、フードマイレージをテーマに大地の食材でのお弁当を販売した。
その後もちょくちょく聴講させていただいてたのだが、
最近はなかなか出られないでいた。
さて、昨日(10/3)、外出したついでに、久しぶりに顔を出してみた。
テーマは、『地球の水はどうなるのか?-「水の世紀」にむけて』
講師は、東京大学・生産技術研究所教授の沖大幹さん。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告書の水問題に関する執筆者、
水循環の権威である。
GMOに関するひとつのレポートをキャッチした。
つくばにある独立行政法人・農業環境技術研究所発行の
定期情報 「農業と環境」(№89/07年9月号) から。
独自の試験研究の発表ではなく、海外の研究発表に対する短い評論だが、
以前から ‘こういう視点からの批評は出ないものか’ と思っていた、
その観点からの論評なので、紹介しておきたい。
ひと言でいえば、遺伝子組み換え作物そのものの安全性とは別に、
その栽培体系からくる問題点があるのではないか、という疑問である。
専門家の指摘が欲しい、とずっと思っていたのだが、
浅学ゆえに、その手の論を見つけられずにいた。
以下、解説を含めながら要約すると-
福島・山形・新潟三県の県境に聳える霊峰・飯豊(いいで)山。
標高2105m。
(一番奥の山が飯豊山。手前の切合小屋から望む)
2年前より年に一度登るようになって、
先週の土日(9/1~2)、3回目の飯豊山行を決行。
月曜日の朝、会津・喜多方から帰ってきた。
(朝9時からの会議に間に合わず、バツの悪い一日)
飯豊山の南・三国岳から北が山形県。西が新潟県。
しかし三国岳から飯豊山~御西岳にいたる登山道は福島県という、
なにやら曰くありげな県境設定。
(飯豊山頂上の神社が福島県に入るということで、こうなっている)
この山に登るのは、ワケがある。
8月7日の日記で、宇根豊さんの新著に触れ、
「うまく整理できれば改めて」 なんて書いてしまった手前、
どうも棚にしまえなくて、今日まで脇に置いたままである。
私なりに書けるだけ書いて、いったん収めておきたいと思う。
『天地有情の農学』
天地とは ‘自然’ のこと。
有情とは ‘生きものたち’ のこと。
この世は生命のいとなみで満ちている、というような意味。
それを支える 農‘学’ の道を切り開こうというメッセージなのだが、
私には、迫られているような圧力を感じたのである。
こんなふうに-
消費者にこそ ‘農学’ が必要なのではないのか?
昨日は宇根豊という人物についての紹介で終わっちゃったけど、
総会の内容にも、ちょっと触れておきたい。
ひとつは、この総会に農水省の役人が来たことだ。
少し頼りない感じの若い方だが、報告した内容は無視できない。
7月6日、農水省が出した「農林水産省生物多様性戦略」について。
「安全で良質な農林水産物を供給する農林水産業及び農山漁村の維持・発展のためにも
生物多様性保全は不可欠である」
どうも役人の文章は好きになれない。あえて分かりにくくさせているようにすら思える。
という感想はともかく、
第一次産業という人の営みが生物多様性を育んできたことを農水省も認め、
それを高く評価して、
安全な食べものを供給する上で、生物多様性の保全は欠かせない「戦略」である、
と言ってくれているのだ。
農水省が、農業生産と生きものの豊かさの間に重要なつながりがあることを認めた、
という意味では、画期的なことと言える。
しかし・・・・と思う。
昨日(8月5日)、
NPO法人「農と自然の研究所」の東京総会というのが青山で開かれた。
この研究所の本部は福岡にあり、宇根豊さんという方が代表をしている。
会員は全国に885人。私もその一人である。
この宇根豊という人物。
農学博士の肩書きを持つが、
もとは福岡県の農業改良普及員(農業の技術指導をする人。県の職員)である。
その、まだ若かりし普及員時代の1978年、今から約30年も前、
当時の農業指導理論の常識を逆さまにひっくり返して、
初めて‘農薬を使わない米づくり’を農家に指導した公務員として知られている。
このテーマ、「そのお題、いただきます」と始めるには重たすぎる。
正面切っての論陣は、この場にはふさわしくないようにも思われるし、
そこは長く関わってきた人にお任せするとして、
それでも私は私なりに、避けて通りたくない、という思いがある。
“許せない” というより “やるせない” という陰鬱な感じが抜けないのです。
うまく語れるかどうか心許ないけど、吐露してみたい。
まずは先週の土曜日に開かれた、青森・六ヶ所村での核燃料再処理工場
の稼動に反対する全国ネットワークのキックオフ集会。
赤坂のドイツ文化会館で開かれ、全国から400人ほどの人が集まった。
再処理工場が稼動すれば、原発一基が一年間に放出する量の放射能が
一日で環境に放り出される。
国も県も、農産物や海産物の放射能濃度が高くなることを認めている。
それでも「大丈夫」なのだという。
大地にりんごや米を出荷する新農業研究会・今井正一さん。
自然豊かな青森の農林水産物が放射能で汚染される。
何としても止めたい。支援してほしいと訴える。
スクリーンには、大地の消費者とりんご畑で交流している絵が映し出されている。
今井さんの訴えを聞きながら、
原発を科学的視点だけで考えると大事な部分を失う、
そんな思いに取りつかれた。
東京湾に残る貴重な干潟-「三番瀬」(さんばんぜ)。
千葉県の浦安市から習志野市にまたがる、およそ1800haの浅海地帯を呼ぶ。
干潟にはたくさんの生物が棲んでいて、海を浄化する役割を果たしている。
ここに、毎年春から秋にかけてアオサが大量に発生する。
これが打ち上げられたアオサ。
砂浜が緑の絨毯で覆われている。
アオサは、河川から運ばれてくるチッソやリンなどの栄養塩類を吸収して育つ。
いわば余分な栄養分を食べてくれているわけだが、
死ねばまたその養分は海に放出され、
結果的に富栄養化や時には青潮の原因となる。
アオサは漁師たちから‘海の厄介者’と言われている。
アオサが悪いわけではないのだけど。
そこで、このアオサを回収して資源に変えようという活動に、2000年から取り組んでいる。
『東京湾アオサ・プロジェクト』と称し、
船橋の漁師さんを中心とした「BPA(ベイプラン・アソシエイツ/大野一敏代表)」
というNPO団体と大地を守る会とで運営している。
さて本日、大潮をねらって、今年も夏のアオサ回収が行なわれた。
場所は、「ふなばし三番瀬海浜公園」の砂浜。
夏休みということもあって、約100名ほどのボランティアが集まってくれた。
米生産者会議での桐谷圭治さんの講演については、
15日付「ただの虫を~」の項で紹介させて頂いたが、
講演のなかで、桐谷さんはもうひとつ重要なことを話されているので、
やっぱりここでお伝えしておきたいと思う。
常識のようで、あまりちゃんと語られてないような気がする、という類いの話。
食料の輸入は、それにくっついて外来生物も運んできている、ということ。
食料にくっついて、あるいは船のバラスト水(※)に入って、
地球のあちこちから運ばれてくる。
侵入害虫はいつの間にか自然界に出て、人知れず繁殖して、ある日突然発見される。
同種の在来種を駆逐しながら広がるものもいれば、
国内に天敵がいない場合は、一気に繁殖域を拡大するものもある。
そしてこれが農薬散布を増やすひとつの要因になっている。
とんぼと田んぼの庄内ツアーから
滝のような激流。この圧倒的な水量。
とてもこのすぐ奥から湧き出ているなんて、信じられない。
この水が川を形成し、また地下に染み込み、
水田地帯を潤す。