米国・コーン視察レポート(2)-カーギル本社から(続)
≪昨日から続く≫
コーンの需給は楽観できない。
アメリカが大豊作なので持っているが、
世界全体でのコーンのストック(期末在庫)率は13%あたりで、
じわじわと下降線を辿っている。
一か月分の需要量に相当する10%を切ると危険域に入るとMr.クリスは言う。
需給と価格の関係は、1%足りなくなれば1%価格が上がるというものではない。
1%の緊張感は、モノと状況・条件によっては10%単位レベルでの価格変動を生む。
私自身、1993年のコメ・パニックは忘れられない記憶としてあるところだ。
もうひとつ当たり前のこととして、
熱帯(亜熱帯も能力的には含む)のコメを除いて、
基本的に穀物は年1作の収穫で一年分を賄う作物であることを忘れてはならない。
不作の年は、必ずある。
さて、カーギル本社での説明と個人的感想をこうして並べていくよりも、
むしろ現場の絵をお見せしながら、解説を挟んでいった方が分かりやすいかもしれない。
大事なN(ノン)-GMの「センチュリーコーン」についての要点を頭に入れてもらった上で、
現場に向かうことにしましょうか。
建物の中から風景を眺めるだけでなく、広大なコーンベルトに。
我々の今回の目的であるN‐GMセンチュリーコーンについては、
とりあえず以下のようにポイントを整理しておきたい。
1.飼料用トウモロコシである 「センチュリーコーン」 は単一の品種ではなく、
N-GM品種のラインアップ、つまりブランドのようなものである。
2.それはカーギルの製品ではなく、ある種苗会社が持っている。
3.アメリカ中西部-コーンベルト地帯において、猛烈な勢いで増えているGM品種は、
種会社・モンサント社の戦略によるところが大きい。
モンサント社は、来年には飼料用コーンをすべてGM品種に統一する方針だという。
4.カーギルは穀物を動かす商社であって、種屋ではない。
かつて保有していた種会社もすでに放棄している。
それだけ『種』とはリスクの大きい事業なのだ。
モンサントは優良な種苗会社を買収しながら大きくなっている、というのが実態。
5.そんな中で 「センチュリーコーン」 は、カーギル社内では、
スペシャリティ・プログラム、つまり特別な戦略のもとに位置づけられていて、
その維持と安定を、彼らは模索している。
「センチュリーコーン」の種会社との交渉も、粘り強く続けているらしい。
カーギルの強みはただ強力な世界情報網と市場戦略だけでなく、
意外と(失礼) 「農家との関係を大切にする」スピリッツを自慢とする、
そんな企業風土がまだ残っていて、
市場レートで大事な傘下の農民が損をしないような調整も欠かさない、と胸を張る。
「センチュリーコーンは、95%まで農家から直接カーギルが買い取ってます。
だから誰がどこで作っているのかが、ほとんど把握できている。」
というのが、カーギルジャパン・堀江氏の説明である。
だからN-GMの生産者も一人一人案内できるし、
N-GM生産者の情報交換を密にするための情報誌まで発行している。
しかし、とはいえ、である。
先に見たコーンの市場動向の中で、
センチュリーコーンの維持は極めて困難になってきており、
日本のN-GM需要に対応できるかは、
金銭的インセンティブ(経費保証という意味でのプレミアム)の明確な提示も含めて、
「覚悟のいる」(堀江氏の弁)局面にきているのである。
我々はそんな渦中に連れてこられたのである。
ご理解いただけるだろうか。
日本人の、ノンGMに対する決意を農民に示してほしい。
日本に需要があるなら、ではなく、立場は逆である。
日本国内でGM反対を唱えるのとは異なる、リアリティを持ったシグナルが必要、
というわけだ。
カーギル社は、まぎれもなくモンサントとタッグを組んでGM作物を広めている会社であるが、
一方で、そのリスク・ヘッジは冷静に判断されていて、
需要さえ確保できるなら (むしろそれを喚起してでも) 、
N-GMは確保しておくべき物資として担保しようとしている。
現場は実に具体的で、明確な意思表示を求め合う、たたかいの場であった。
それを感じたくて来たのではあるけれど、
今回は、恥ずかしながら、我々の方が励まされたところがある。
山脈の向こうの伏魔殿のような存在としてあった 「カーギル」 という名前だったが、
正直に吐露すれば、どんな企業も生身の人間で構成されている、という
言わずもがなの真理をここでも実感できた、という心境である。
たとえどんなに頑張っても及ばない力関係が存在しようとも、
批判は批判としてたたかう気持ちはある。
しかし実際に現地で、ノンGMの種を維持しようとしている‘彼ら’ がいて、
こちらもその ‘人’ の存在に頼らざるをえない関係を目の当たりにすれば、
問題は、敵ではなく、自分自身の具体的な決意であることを、改めて知らされるのであった。
そんな心持ちで、シャトーを後にする。
心境は心境として置いといて、もちろん記念撮影は欠かさず-
(左から2番目がエビです)