<06>みんなで話そう!: 2012年4月アーカイブ

2012年4月 2日

news大地を守る4月号 特集 東京集会リポート 日本の食の未来を考える。

    対談

   「いのちのスープ」 料理研究家 辰巳芳子
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大地を守る会 代表取締役社長 藤田和芳

辰巳 芳子(たつみ よしこ)
1924年、東京生まれ。料理研究家・随筆家。
料理研究家の草分けだった母、辰巳浜子氏から料理の手ほどきを受け、日本の家庭料理を究め、独自にヨーロッパにも学び西洋料理の研鑽も積む。良質で安全な食材を次世代に伝えようと、広い視野と深い洞察に基づいて日本の食に提言を続けている。

〈映画のご紹介〉
天のしずく
辰巳芳子さんの食への思いや言葉を映像化したドキュメンタリー作品。農と食を通して、人の命の尊厳を改めて考え直すための記録です。

2012年秋頃公開予定

3月3日・4日に開催された「大地を守る東京集会」。2日目のだいちのわでは、食の大切さを伝える料理研究家・辰巳芳子さんと大地を守る会代表・藤田和芳による対談が行われました。
その模様をお伝えします。

司会/経営企画課・中川啓
まとめ/企画編集チーム・宇都宮義輝


震災後の希望のよすがとなるのは個々の生命観なのです

―まず今の日本の食の現状について、どのようにお考えか、お聞かせください。

辰巳 一言で申しますと、「楽観は許されない」という事です。

藤田 昨年の東京電力福島第一原子力発電所から放出された、放射能のことを抜きには語れないと思います。今私たちは放射能が飛び散ったという、大変残念な時代に生きようとしています。東北や北関東という日本の重要な食料基地だったところが、津波や地震、そして放射能の大きな被害を受けてしまいました。
日本の食料自給率の大幅な減少を懸念しています。

―辰巳さんは2011年をどのように思い、過ごされたのでしょうか?

辰巳 どこから希望を、何を基本にして、私たちは希望の"よすが"とするかをずっと考えております。その希望の根幹は、人々が生命観を各々確立することだと思います。ご自分自身に問いかけてみてください。命とは何か、なぜ自分が生きているのか、そうした問いかけが非常に甘いのではないですか? これが甘いので、さまざまなよい志が、本当の目的地に到着することを難しくしています。

藤田 今、辰巳さんがお話され生命観。もともと生命でもある食べものが、私たちの生命を作ります。食べることに無関心・無頓着になっていくほど、生命というものが大事にされない。私たちの生きる時代は、そういう環境になっているのかなという気がします。辰巳さんの話を僕なりに解釈すると、そういう風に感じます。


大地を守る会の水産生産者にも大きな被害が。
写真は「骨なしサンマ」のO.B.Fのだの工場跡。

    食べることの向こうにあるもの食べることの意味を、日々問うことが大事
辰巳 ちょっと硬い言葉を使うのですが、何事も現象の向こうを見なくてはだめ。私たちは「作り方」、「食材」、「どのように食べるか」という3つのことをこなしていくのですが、こなしていく日々の向こうをちゃんととらえておかなくてはだめです。ついつい日常にまぎれてしまいがちです。

藤田 その向こうというのは何を見ようとされているのですか?

辰巳 それは、お手元にお配りした私の「食に就いて」というサマリーの、最初に書いてある言葉にあります。「ヒト」は生物としてのヒトであります。「人」は魂をもひっくるめての人間らしい人であります。人の命の目指すところ、陰にあって支えているのは食なのです。最後に宮沢賢治の言葉も引用しました。みんな塔を建てたい、塔を建てるように生まれています。自分の塔は何であるかということを、食べるということの向こうに見据えていないと、食べる意味はございませんありません。

藤田 私も忙しさにまぎれ、昼や夜をしっかり食べられていないという気持ちがあります。しかし、子どもが小さいときから毎日、朝ごはんだけは家族と一緒に食べるようにしています。生産者のことを話したり、想像しながら食べています。朝ごはんが私の一日の活力になりますし、私が元気にやってこられたのも、朝ごはんのおかげと言っても過言ではありません。

辰巳 人間というものは、なんでもないようなことのなかに、一番大切なことが隠されているのです。ここにいらっしゃるのは大地を守る会の会員さんが多いと思いますが、出だ汁しを引いて毎日のお台所を賄う方は手を挙げてください(半分弱の人の手が上がりました)。大地を守る会のメンバーとしては非常に少ないですね。これだけのお野菜を買いながら、なぜ出汁が引けないんですか? 世界のなかで日本の出汁ほど簡単、即席にできるものはございません。硬い骨を何時間も炊きだしてスープを作っている国がある一方、日本の出汁はどうでしょう。昆布や煮干しはつけておけば、あっという間に引けてしまうでしょう。カツオ節なんて一呼吸です。「おはよう」と言うのと一緒ぐらい簡単なこと。

藤田 先日辰巳さんのお宅にお邪魔した時、出汁について興味深い話がありました。どんな出汁を取るかによって人の性格が変わるということでしたね。

辰巳 例えば、坂本龍馬はカツオの中骨を使ったあら汁というものを食べていたそうです。あの並はずれた弾力性のある考え、行動力のもとはこの高蛋白によるものだと思うのです。おそらく土佐の人は代々そのように進化してきたと思います。それから、吉田松陰は冷静冷徹に物事を考えられる人でした。あの方は白身魚の地域の人です。出汁の魚の種類が違うだけで身体はもちろん、頭のなかまで違ってくるのです。


ポストハーベストの怖さを体験し、始めた「大豆100粒運動」

― 国が先頭を切って食の基盤を守っていかなくてはならないのに、食の安全を脅かすTPP締結に向け、舵を切りました。

藤田 大地を守る会はTPP(環太平洋経済連携協定)に反対しています。TPPに参加すると日本の食料自給率は、39%からわずか13%になると言われています。日本政府はそのことについて何も手を打たず、TPPに交渉参加しようとしています。
世界には約10億人もの人が飢餓で苦しんでいるのです。食料が不足する時代に入ろうとしているときに、食料を海外に委ねてしまっていいのでしょうか?

辰巳 外国にたくさんの食べものを依存しなくてはならない民族は弱いですよ。太平洋戦争で、日本兵の戦死者の約75%は餓死でした。兵へいたん站の確保をなしえぬままの凄烈な作戦の故でした。この餓死の多さは、この国の政治の体質に今も潜んでいるのではないかと用心しています。

―TPPについて、消費者の方にその危うさを伝えきれていないと感じています。そこで、辰巳さんの「大豆100粒運動」には一つのヒントがあると感じられます。

辰巳 大豆100粒運動は7年前に始めました。大豆100粒はだいたい子どもの両手いっぱい分。小学生に手のひらいっぱいの大豆を撒いてもらおうという運動です。私自身、以前、輸入小豆のポストハーベスト(収穫後農薬)で、異様な痛さとかゆみに襲われたことがあります。それまでも私は悪いものは食べないよう気を付けていましたが、その痛みをきっかけに、利己主義ではだめ、実態が変わらなければだめだということで、大豆撒きを考えたのです。今までに2万人くらいの子どもたちが大豆を撒いてくれました。もちろん、これだけでは自給率の低下を食い止めるのは困難。ただ、大豆を撒いたという幼い時期の経験が、将来いよいよという時に、役立ってくれればと願っております。

藤田 辰巳さんの大豆100粒運動は、日本の食料に対して私たちは何ができるのかという問いに対しての一つの答えだと思います。まずは「ちゃんとしたもの」、「信頼できるもの」を買って、「ちゃんと食べる」行為こそが、巨大なTPPに対抗する力になるだろうと思うのです。政治家
だけに任せていてはだめ。私たちに何ができるかということをいつも考えていたいのです。辰巳さんの大豆100粒運動の本質はそこではないかと思います。

辰巳 思想は、思想で終わってはだめです。良い思想というものは、具体の場に下りてくる。この具体の場から、それを概括して、思想に持ち上げ、また思想から、具体の場に下りてくるものす。
この循環が大事なのです。

藤田 大豆100粒運動は象徴です。その先に生産者に大豆をもっと作ってもらって、それを加工するとうふ屋や納豆屋が元気でいて、それを食べる人、支える人がいて、循環が成り立つわけですよね。


愛は意志である強い意志と愛が日本を変える

辰巳 やっぱり大人社会で撒いてもらう段階になっているのです。
うれしいことがありました。生産者の方が農業高校の学生に大豆の栽培法を指導してくださり、農業高校の生徒が小学校の指導に行ってくれることになりました。希望はこういうところにあるのでしょう。その希望には愛があるのだと思うのです。
愛というものを、みなさんもう一度考えてください。生きることの最高のかたちは愛することです。愛するということは、まずは神仏を愛することに始まり、それから人、それから物事を愛すること。愛は好き嫌いではありません。愛は意志です。ですから私は、大豆100粒運動の趣意
書には、「大豆100粒運動の意志」という言葉を使っています。
今日本人の意志は非常に薄弱だと感じます。

藤田 それでも私たちは生きなくてはなりません。ですから、薄弱でも、小さな営みでも、そこから変えていくしかない。そこに意志が必要ですね。決して絶望しないで、小さな希望から一つひとつ前に進むことが大事かなと思います。私たちは今の社会を作るのに効率や生産性を求めてきました。愛とか祈りとか、効率の悪いものから離れて、ひとり一人が分断されてきました。私がとても大事にしたいのは生産者・加工品メーカーと消費者と、ばらばらにされた関係を自分たちの意志で取り戻すことだと思います。生産者や、例えば地域の小さなパン屋や納豆屋とつながること、そして、小さなお店も生産者とつながることが大事。ちゃんとつながっていれば、TPPなんか怖くありません。
辰巳さんのお話では、そこに流れるべきものは愛だと。消費者は生産者に、生産者は消費者に感謝するという、そこに愛があり、しかもそれは意志だとおっしゃっています。ひとり一人が強い意志をもったとき、私たちは別の社会を作ることができるんですね。東日本大震災という大きな犠牲を経て、今我々ができることは、目の前のばらばらにされてしまった様々な関係性を、もう一度取り戻すことではないでしょうか。



― 辰巳さん、貴重なお話をありがとうございました。大地を守る会としても、大豆100粒運動に協力していく予定です。
日本の食の未来のためにともに歩んでまいりましょう



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