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【NEWS大地を守る3月号】ようこそ てんぽ印へ

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柑橘や野菜の有機栽培から加工品までを一貫して手掛けるてんぽ印の方々。畑で大根の収穫、果樹の剪定、加工場では大根葉の洗浄とカット、切干し大根の袋詰めを終えて集まってくれました。

無茶々園(愛媛県西予市)の冬の仕事、切干し大根作りを訪ねました。手掛けるのは無茶々園の生産者グループである㈲てんぽ印のみなさん。新規就農者の受け入れ機関として食の未来を支えます。

有機野菜が常備菜になる

てんぽ印の「てんぽ」とは何でしょう。聞けば、地域の方言で「向こう見ず」の意味だとか。そこには1970年代当時「無茶」な有機農業に挑戦した、無茶々園のアイデンティティーが息づいています。
「てんぽやなぁ、てんぽなことするなぁみたいな感じで使うんですよ」。
やさしく微笑むのは代表を務める村上尚樹さん(44歳)。自身も20年前に石川県から移住してきたという、かつての新規就農者です。家も畑も何もないところからはじめるからこそ、恐れずにやってみるという「てんぽ」の精神を原動力に、新規就農者による大規模な有機農場の運営や、企業経営型農業の実践という新しい農業の形を築いてきました。
そんなてんぽ印が2011年から「有機野菜を常備菜に」と送り出しているのが乾燥野菜。今や11種類にも及び、「柑橘だけではない」無茶々園のもうひとつの顔となっています。その中から大地を守る会で取り扱うのが『無茶々園の有機天日切り干し大根』。原料は「普通に食べてもおいしい大根」を有機栽培、乾燥は天日干しと、素朴な一袋にたくさんの手間が詰まっています。

2016年、てんぽ印の前身の組織から代表を務める村上尚樹さん。24歳のときに明浜町に移住して20年。

葉っぱも根っこもあますことなく

愛媛県松山市の北の端、北条。瓦屋根の集落を横目に山道を行くと、てんぽ印の大根畑が姿を現します。「こんにちは〜」。まぶしい笑顔で迎えてくれたのは、入社3年目の小木曽千夏(おぎそちなつ)さん(25歳)です。
「大根は霜が降りると葉が枯れはじめるんで、先に葉を収穫するんです」と、軽やかに大根の葉を切り落としていきます。葉の収穫が終わったら、根を一本ずつ引き抜く作業へ。葉も根も乾燥野菜に使うため、2つのプロセスで収穫するのです。
東京都出身で農業系の大学を卒業してここへ来た小木曽さん。大根の栽培も3年目となりました。
「大根はいつ植えてどの時期がおいしいのかも最初は知らなかったんです。食べ物って当たり前にあるものではなくて、必ずだれかが作ってくれているもの。それを分かって食べたいなと思います。自分がここで作物を育てることで、東京の家族や友人が産地に目を向けてくれる。そんなつながりから、農業が身近な存在になればいいと感じています」
それぞれの志を胸に集まってきたスタッフは現在19人。半数が県外からの移住者です。

「あんなにちっちゃい種からこれだけ大きい大根になるってすごいこと」。農業は毎日が発見だらけという小木曽千夏さん。
葉だけ刈り取られて少々寒そうな大根畑。葉も大切に使うてんぽ印ならではの冬景色です。
この大根1本が、大体2袋分の切干し大根になります。それだけうまみも風味も凝縮。
てんぽ印の大根畑は標高200mの山の上にあります。1シーズンにおよそ9万本の大根が切干し大根に。
収穫した大根は、潮風の吹く明浜町へ2時間かけて運ばれて行きました。

おひさまの力で乾かす

「うちの切干し大根がおいしいのは大根自体がおいしいから。乾燥っていうシンプルなことしかしていないから、そのままの味になるんです」
朗らかに胸を張るのは酒井朋恵さん(40歳)。大根畑のある松山市から遠く100km以上も離れた西予市明浜町で天日干しの工程を担います。
干して3日目。海岸沿いに広げた大根に朝日が届きはじめていました。てんぽ印の切干し大根は機械乾燥ではなく、太陽の光と潮風に晒して乾燥させます。1回につき3日間の天日干しをシーズン中12〜14回も。当然都合よく晴れる日ばかりではありません。
「寒くて風があると、切ったその日から乾きはじめて、2日で完成することがあるんです。めったにないので〝スター期間〞って呼んでいます(笑)。暖かいと傷んでしまうので、1月下旬から3月頭までの限られた時期にしか干せないんです」
途中で雨が降ったり強風が吹いたりすれば、網ごと回収する気の抜けない1カ月半。「大根と友だちになる期間」なのだと微笑みます。
酒井さんは農業研修生としてこの町に滞在した際に、近所の人が映画に連れて行ってくれたり、夜ごはんに呼んでくれたり、わずかな平地に住宅が密集する「隣りが5歩の距離」の関係性が心地よく、てんぽ印で働くことを決めたのだそうです。この日も作業をしていると、「おはよ〜」「きれいに干せたね」「この季節が来たなぁ」とご近所さんが声をかけ、素通りする人がいないほど。
「ここへきて13年目。切干し大根が地域の景色になったのかなと思います。だとしたらうれしいですね」

しらすの休漁の時期に、ちりめんじゃこを干す干し網を借りて切干し大根を干しています。入江の向こうから朝日が昇ってきました。
てんぽ印で取締役を務める酒井朋恵さん。代表の村上さんとともに若い組織をけん引します。20代後半で「農家ではない自分が農業をできる場所、暮らしていける場所がある」と思ってここに来ました。
天日干し3日目。かたまっているところを手でほぐしていきます。まだ半生ですが、すでに砂糖をまぶしたような甘み。
完成した切干し大根を計量して袋詰め。

農家でない農業とは

現在のてんぽ印につながる取り組みは、1997年に無茶々園が新規就農者を受け入れる研修センターを設立したことからはじまりました。当時は「農業は家族で継ぐもの」という価値観が今以上に根強い時代。代表の村上さんは「最初は独立就農を勧めていたけれど、畑も経験もない人がいきなり農家になるのは現実的ではなかった」と振り返ります。そこで辿り着いたのが、〝農家とは違う形の農業〞、つまり会社として農業に取り組むという選択でした。
自然を相手にする農業を安定した生業にするため、家族経営ではなく企業経営型を採用し、農閑期をなくすべく野菜栽培や加工品作りにも着手。新しく農業を志す人の受け皿として雇用も広げてきました。
日本の農業経営体の約9割は今も個人経営(※)で、高齢化や後継者不足、耕作放棄地の増加といった課題を抱えています。てんぽ印はその流れに早くから向き合い、新規就農者を受け入れる仕組みを築き、今では無茶々園の中でも大きな生産力を担う存在となりました。スタッフの平均年齢は現在35歳。基幹的農業従事者の平均年齢が67.6歳(※)であることを思えば、てんぽ印は30年の歩みの中で〝次の農業〞を確かな形にしてきたといえるでしょう。
最後に村上さんが話します。「農業だけじゃなく、暮らし方や生き方も含めて、みんなには〝かっこいい大人〞になってほしい。そんな人が増えれば、自然と人が集まってくる。地域にも農業にも仲間を増やすことが何より大事なんです」
農業で生きる姿そのものを示し、地域と農業の未来をひらいていく。てんぽ印の挑戦は、これからも続いていきます。

奈良県出身の金澤亮太さん(31歳)と大阪府出身の彩瑛さん(30歳)は、ここで出会って夫婦に。夢は「作付けの設計も自分たちでできるようになること」と意欲的。
干し網を貸してくれている無茶々園のちりめんじゃこの生産者・佐藤吉彦さん(64歳)。大根が豊作だった年に、切干し大根作りを勧めてくれました。福岡県で一回就職したあとここに戻って漁師になったというUターンの先輩。
ぽんかんの収穫が終盤を迎えるころ切干し大根作りがはじまります。
足がすくむような急峻な斜面に段々畑が広がる明浜町。海、山、里が近いこの場所から無茶々園ははじまりました。

※出典:「農業経営をめぐる情勢について」/農林水産省 経営局(令和8年1月)
P.7「経営体数等に占める個人経営体と法人その他団体経営体のシェア」
P.12「基幹的農業従事者(個人経営体)の推移・2025年における年齢構成」
(基幹的農業従事者とは個人経営体において
「ふだんの仕事として主に自営農業に従事している15歳以上の世帯員」のこと)
https://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/attach/pdf/index-51.pdf

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写真:寺澤太郎

大地を守る会編集部

大地宅配編集部は、“顔の見える関係”を基本とし、産地と消費地をつなぐストーリーをお届けします。