山梨県南アルプス市ですももを栽培している古郡正さん、大地を守る会の産地担当の間では「仙人」と呼ばれています。
理由はその栽培方法。古郡さんのすももは全く肥料を与えず、農薬もまかずに栽培されているからです。
これは昨今流行の「自然農法」と言ってもいいかもしれません。
青森県の木村正則さんの奇跡のリンゴにも似ています。
しかし生半可な「自然農法」という言葉は古郡さんにはあてはまりません。
古郡さんの仙人たる所以をご紹介します。
農薬をやめてしばらくの間、出荷されるすももには、カイガラムシがよくついていましたが、あるときからいなくなりました。生態系などの環境が整ったせいかもしれません。
古郡さんのすももの葉は小さくて、近隣のすもも畑と比較すると葉の数も少なく見えます。肥料分が少ないので葉の緑色も薄く、すももの果実もこじんまりとしています。
しかし、その味はどうでしょう。果肉はしっかりしていて、すもものおいしさがギュッと濃縮され、エネルギーにあふれています。姿形はとても美しい一般のすももが味気なく思えるほどです。肥料も与えず剪定もしないのに、なぜこんなにおいしいのでしょう。
「それはすももがなりたいようになっているから」と古郡さんは言います。栽培とは、植物を人間の思い通りにコントロールすること。古郡さんはすももをコントロールしようとは考えていないのです。
しかし「何もしない」のは技術がないからではありません。以前、「栄養週期」という農業技術を勉強していた古郡さんは、樹の生理を見極めること、樹や果実の生育がコントロールできること、収量や食味の向上がいかようにもできることがものすごくおもしろかったと言います。
ある時、コントロールすることが本当に樹にとっていいのかどうか、樹がやりたいようにさせてやるのがいいんじゃないか、そんな疑問を感じ、栄養週期の技術を使うのをやめてしまいました。

植えてからもう6~7年経つのに、一般では3年生くらいの大きさのすもも。
このすももはこの畑でタネを採った古郡オリジナル品種でもあります。
古郡さんがタネを採って育てたオリジナル品種は10種類ほどあり、個性豊かにそれぞれの味を主張しています。

すももの一番困る害虫「シンクイムシ」被害果実。
内部に入ってすももを食い荒らすので、この虫が出ないよう一般では一週間に一度の農薬散布が基本です。
古郡さんのすももがあまりにもシンクイムシに食われ出荷できないので、産地担当が設置型の殺虫剤「コンフューザー」を使ってとお願いしたため、古郡さんのすももは大地宅配のルール上無農薬とはいえなくなりました。
「でもなあ、樹を見てると、あっ、今この時期ならこうやればいいだろうなと思うことがあるよ。だけどやらない。見てるだけ。
そう思う自分がまだまだだと思うだけ」
持っていた高度な技術を封印し、あるがままを見つめている古郡さんはまるで求道者のよう。だからこそ仙人と呼ばれるのです。
農薬の散布をやめてから植えた苗木は、ほとんどが枯れてしまいました。
しかし中には生き残ったものがいます。それらの木は、全く肥料分がないなかでこじんまりと生育し、環境と融和し、ちょっとやそっとでは枯れない強い木に育ちました。
一般的な成育からすると木の大きさは半分以下でとても小さいのですが自分の伸びたいように枝を張り葉を茂らせ、花を咲かせています。あるがままに生育しているその木のすももは、力強くおいしいのです。
一般的なすももの栽培では、週に一回の農薬散布が基本ですが、全く農薬を使わない古郡さんのすももは、とくにシンクイムシの被害が多く、年によっては7月下旬のすももの出荷がゼロになることも。
それでも「あるがまま」を貫き通す古郡さん。「すももの達人」というよりも「すももの仙人」と呼んだほうがいいかもしれません。
届いたら奇跡、そんな古郡さんのすももです。「あるがまま」に思いを馳せて食べてみてくださいね。
文・写真/手島奈緖(てしまなお)
食料ジャーナリスト。2010年「ほんものの食べものくらぶ」を設立、食べる人と作る人をつなぐ活動に取り組んでいる。