ヒストリー

走り続けて40年、大地を守る会の原点をたどる

【第1話】 目標は「大地を守る会」を消滅させること!

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大地を守る会が今年の夏でついに設立40年を迎える。数々の試練を乗り越えてよくぞここまで、と感慨も湧いてくる。記念の行事なども計画されていて、さらなる飛躍を目指そうという勢いだ。しかしその昔、「俺たちの目標は、大地を守る会を潰すことだ!」と語り合った時代があったことを知る人は、もう少ない。

僕が大地を守る会に入社したのは1982年の秋。事業も軌道に乗って飛躍し始めた頃だけど、労働条件は過酷で、人の出入りは実に激しかった。幌に「頑固な八百屋」と大書したおんぼろトラックで共同購入の配送から始めたが、年末の大雪の中の配送は今でも忘れられない。時間も遅れに遅れて深夜となり、初代会長・故藤本敏夫さんの連れ合いである歌手の加藤登紀子さんのステーション(共同購入グループの呼称)にずぶ濡れでたどり着いた時、登紀子さんは何も食べてない僕に大急ぎで食事を用意してくれて、がっつく僕を眺めながらひと言、「大地をやめないでね」と言った。周りも相当ハラハラしていた時代だった。

大地を守る会初代会長・藤本敏夫さん

大地を守る会初代会長・藤本敏夫さん(2002年7月没、享年58歳)

気が付けば設立当時のメンバーも藤田代表含め3名になって、そのメンバーと僕の間にいた諸先輩は一人も残っていない。そして「40周年」という年月。この節目にあたって、改めて大地を守る会が歩んできた道のりを振り返り、原点を見つめ直したいと思う。カッコよく言えば、大地を守る会の「魂」の部分を次の世代に託しておきたいと思うのである。数少ない“生き残り”の義務として。

そこでまずはあの頃の議論、「俺たちの目標は……」から始めたい。 この意味は簡単なことで、“大地を守る”などと掲げる団体が存在すること自体が、よろしくない社会だということだ。有機農業が当たり前で、農薬による健康被害などない、食べものや水や環境が当たり前に大切にされる社会、こんな組織がいらなくなる社会をつくるために、大地を守る会は設立されたんだと。

「僕らは解散に向かって、前進する!」

解散したらオイラは…と不安そうに質問した者がいて、藤本さんは胸を張って答えた。ただの八百屋になればいいのだ。あるいは農民になろう。君は肥料屋、肥料製造は静脈産業になるぞ。しかしそのためには、社会の価値観が有機農業(オーガニック)的に変わらなければならない。社会運動と事業の拡大はそんな時代を創るためにある。

共同購入を回るトラックと生産者・消費者

共同購入を回るトラックの幌には「頑固な八百屋」と書かれ、「頑トラ」と呼ばれていた。左端は配送車に同乗した玉ねぎの生産者・大作幸一さん(北海道)。

来たるべき「自主解散」に向かって突っ走る。不思議に燃えた議論だった。40周年を迎えた今、世の中がいくらか変わったという実感はある。「有機農業推進法」が制定され、国までが後押しする時代になった。しかし一方で、目標がどんどん遠のいていく焦燥感も募る。農業人口は減り続け、耕作放棄地は滋賀県の面積にまで増え、遺伝子組み換えにTPP、さらには放射能……食から変える、平和の「オーガニック革命」を果たすまで、俺たちにゴールはない。きついミッションを設定したものである。

 

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戎谷 徹也

戎谷 徹也(えびすだに・てつや、通称エビちゃん) 出版社勤務を経て、1982年11月、株式会社大地(当時)入社。 共同購入の配送&営業から始まり、広報・編集・外販(卸)・全ジャンルの取扱い基準策定とトレーサビリティ体制の構築・農産物仕入・放射能対策等の業務を経て、現在(株)フルーツバスケット代表取締役、酪農王国株式会社取締役、大地を守る会CSR運営委員。 2008年農水省「有機JAS規格格付方法に関する検討会」委員。2013年農水省「日本食文化ナビ活用推進検討会」委員。一般財団法人生物科学安全研究所評議員。