あえてふぞろいに焙煎するといいます。創業は戦中の1940年。精米・精麦からはじまり、穀物を「煎る」ことを生業としてきた川原製粉所(東京都練馬区)を訪ね、80年以上続く麦茶製造を見つめました。
皆の暮らしにある麦茶
東京都練馬区の住宅街に町工場の風情で佇む川原製粉所。夏の気配が近づく6月のはじめ、軒先に並ぶ直売の麦茶を目当てに、お客さんが絶え間なく訪れています。
「うちはずっと川原さんの麦茶です。冷蔵庫に朝2本作っておいて、なくなると子どもたちが教えてくれますよ。香ばしくてね、本当においしいんです」と、麦茶パックを手に取るご近所の方。お次の女性は「東京麦茶を2つくださ〜い」。お気に入りの麦茶にまっしぐら。続く男性は隣の区から。「みんなに頼まれてるからね」と、30パック入りを山ほど抱えていきます。
ペットボトルの麦茶を飲む人も多い昨今ですが、川原製粉所の味を知る人々の間では、家で麦茶を作る暮らしが健在のようでした。
コーヒーのように、嗜好品として原料や焙煎が注目されてはいません。麦茶は普段の生活にあまりにも自然にあるため、価値を意識することは少ないのではないでしょうか。しかし川原製粉所の麦茶は、「明らかに違う」「ほかには戻れない」と、人々を魅了しています。その秘密は長年培ってきた〝煎る〞技術にありました。
二度煎りであえてのムラ
「焙煎が麦茶の味を決める大事な作業、かつ一番大変な工程です」。三代目・代表取締役社長の川原渉さん(50歳)が話します。家業の川原製粉所に入って21年、創業以来続く麦の焙煎を担います。
朝8時過ぎ。川原さんは松明のように燃え盛る炎を2カ所の窯に差し入れて火を点けました。霧状になった重油に種火が引火し、ゴゥーッと低い炎の音が響きます。
川原ブレンド。そう呼びたいおいしさの秘密は〝二度煎り〞にあります。窯の間で立ち働きながら、川原さんが教えてくれます。
「まずは低めの温度で30秒ほど煎ります。その後、高温の窯で90秒煎るんです。一次焙煎では麦があたたまる程度。まだ浅い麦色です。二次焙煎で焦げる寸前まで煎ります。このとき、浅煎りと深煎りが適度に混じって煎りムラがある状態にすることで、甘み、苦み、香ばしさといった奥行きのある味になるんです」
一斉に投入口に送り込まれた大麦でしたが、窯から出てきた色は一様ではありません。
「煎り見本」の麦と見比べて、色が薄ければ、投入量を減らしたり、火力を強めたり、麦の色が「そろっていない状態」に「そろえる」焙煎。麦も炎も一定ではない中で簡単なはずがありません。
「麦茶は焦げる手前の色が一番おいしいんです。油断すると焦げるので片時も目が離せません。夕方火を落とすまでつきっきりですね」
窯の前で汗をにじませ、刻々と変わる麦色を見守ります。
砂と煉瓦が熱を伝える
深い味わいはなぜ生まれるのか。もう一つ種明かしをすると、窯の話に行き着きます。川原製粉所の焙煎窯は「砂釜」。窯の中には、麦より小さな粒の黒い砂(珪砂)が入っていて、回転しながら下からの炎で熱せられています。その熱い砂と一緒に麦が通っていくしくみ。砂は出口でふるいにかけられ、窯に戻ります。
「熱い砂に抱えられるようにして芯まで熱が伝わることで、麦が爆ぜるんです。ほら、麦が膨らんで破裂してますよね。砂がないとこうはなりません。表面だけ焦げて中まで火が通らない。麦の芯に熱が届いて爆ぜて、内側の甘みと香りを引き出せるんです」
砂釜以外の麦茶の製造方法として、熱風焙煎というものがあります。ドライヤーのような風を当てることで均一に仕上がり、大量の麦を焙煎できますが、全体に色づく程度。砂釜焙煎では大量生産はできないものの、芯まで火が通り、香り高い麦茶になります。
現在、砂釜で麦茶を作るところは、東京都内に川原製粉所含めて2軒のみだそうです。加えて川原さんの二次焙煎の窯は、お父さんの義明さん(80歳)の代で耐火煉瓦を組みながら、モルタルでかためて手作りしたもの。煉瓦の輻射熱によってもまた、じっくり熱が伝わります。
自宅で作る麦茶のすすめ
川原さんが20代後半のころ、家業を継ぐか否か、迷っていた時期がありました。そのとき出会ったのが旅する中で口にした世界のお茶。どこの国にも人々が語らうそばに、お茶があったといいます。インドではチャイ。中国には数多の中国茶。そこでふと気づきます。
「日本には麦茶がある。自分の家にはおいしい麦茶を作る技術があるこれは尊いことではないか」
実際家業に入ってみると、二度煎り、砂釜、大地を守る会の生産者が作る国産の大麦……と、製法も原料も貴重なものでした。
「自分が継がなかったら途絶えていたかもしれないですね」。かけがえのないものをつないできた道を振り返る川原さん。「これで良かった」と胸をなでおろします。
時を経て川原製粉所の麦茶は、フランスや台湾など、世界からも注文が来るようになりました。麦茶の価値に気づき、作り続けて20余年。喜ばしいことに国の垣根を越えておいしさが広がっています。
気軽に飲めるペットボトルの良さもあるでしょう。けれども川原さんの麦茶を丸粒やパックで煮出してみると、深い味わいに驚きを覚えます。インスタントコーヒーやティーバッグの紅茶が一般的だった時代から、ハンドドリップやリーフティーへと、手間をかけて味わう嗜好品としてのお茶が見直されたように、麦茶を家庭で作る文化に再び目を向けたい、そう思います。
今年も酷暑となりました。濃く甘く、香ばしい麦茶でのどを潤し、暑さを乗り切って参りましょう。
COLUMN
<自給率12%の大麦から>
「大麦・はだか麦」の自給率は、令和4年度概算でわずか12%と9割弱を輸入に依存する現状があります※。一般の麦茶飲料、家庭用麦茶の原材料原産地表示に、カナダ、アメリカといった国名を見ることもあるでしょう。そうした中で、大地を守る会で扱う川原製粉所の麦茶は国産六条大麦100%。かつ大地を守る会の生産者のものを使っています。普段の飲料を選ぶ。一見小さな選択ですが、食糧自給率を上げ、環境負荷を抑える一歩となります。
※出典:食料需給表令和4年度(概算)/ 農林水産省(令和5年8月)
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