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出雲では「天ぷら」と呼ばれる練り物揚げ。練り上げられた魚のすり身が丸く成型され、きつね色に揚がりました。すり身以外の具は入れず、魚本来の味わいが内側に凝縮しています。

出雲大社の門前に広がる杵築(きづき)の地で90年。別所蒲鉾店(島根県大社町)の原点は、地魚でこしらえていた練り物作りにあります。三代目・竹並一人(たけなみかずひと)さん(63歳)が貫く昔ながらの製造への思いを伺いました。

出雲の漁師町で90年

「昔は前浜で獲れた地魚のあらでかまぼこを作っていたんですよ。この道は荷車で魚を運んでいた路地の名残です。隣の家同士が少しずつ土地を出し合って作った、地図にない道なんです。狭いでしょう」
生まれ育った出雲の町を案内しながら、すがすがしく笑う三代目・竹並一人(たけなみかずひと)さん。別所蒲鉾店が位置するのは、出雲大社のある町内でも「杵築(きづき)」と称する、古くからの門前町です。なかでもここは港に近い西側。浜に揚がった魚を各戸に運んだ生活道が幾筋も伸び、当時の漁師町の面影を伝えます。
別所蒲鉾店の前身である別所仕出し店は、この地で1934年に創業。慶事・弔事の折に家庭に出向いて料理をふるまう、出張料理業からはじまりました。自宅で挙げる祝言が一般的だった時代のこと、竹並さんの祖父は、祝い膳を一通り供したあと、残った魚のあらでかまぼこを作って土産に持たせたといいます。地魚の良し悪しを見極め、捌いて料理に仕上げる。さらには、余すところなく生かし切る。この一流の腕前を以って、のちに練り物製造専門の別所蒲鉾店を開業しました。1958年のことです。
竹並さんの記憶に残るのは、そんな祖父が作ってくれた練り物。
「私が物心ついた1960年代には、うちの工場でも保存料や着色料を使っていました。でも祖父はそれがいやだったんでしょうね。私だけに特別に、昔の練り物を作ってくれたんです。地魚100%の練り物。それが何しろうまかった」

神話に登場する稲佐の浜、遠くに三瓶山。浜に面した場所に、第2工場の青い屋根が見えます。
出雲大社のお膝元で別所蒲鉾店を営む竹並一人さん。右奥に見えるのが本社で、山陰地方特有の石州瓦に、板壁の佇まい。初代はこの玄関先でかまぼこを販売していました。

おじいちゃんの天ぷらを子どもにも

『おじいちゃんの天ぷら』。そう名付けて、竹並さんは祖父の作ってくれた練り物揚げを再現します。東北地方や関東地方でいう「さつま揚げ」は、関西以西では地域によって「天ぷら」と呼ばれます。再現に至ったきっかけは、子どもができたことでした。
「娘に安心できるものを食べさせたいと思ったんです。練り物であれば食品添加物が登場する以前のやり方でやればいい。やれる自信がありました。ですが、原料調達が大変で、付き合ってくれる工場や原料を探して全国を回りましたね。〝あなたにも子どもがいるでしょう。子どもに安心なものを食べさせたいでしょう〞と話してみると、小さいかまぼこ屋にも少なからず共感してくれる人がいたんです」
多くの練り物の原料となる冷凍すり身には、保水力を高めて弾力性を向上させたり、増量させたりといった目的で「リン酸塩」が加えられていることがほとんどです。
こうしたものに頼らず作るために、竹並さんは、弾力性に優れた身質を持つ魚を探し、さまざまな魚種を組み合わせて何度も試作。そして、新鮮なうちに船上ですり身加工できるよう、加工に必要なてんさい糖を船に持ち込む手筈を整えます。このてんさい糖も、別所蒲鉾店専用の北海道産です。そのほか、調味料として使う塩は、50種類以上試した末に辿り着いた海洋深層水の粗塩など、安心できる素材を地道にそろえていきました。納得できる味にたどり着くまで5年近くを費やしたといいます。
完成した『おじいちゃんの天ぷら』は、口当たりふわっとやさしく、かめばかむほどうまみが広がる。まるで魚そのものが凝縮したような味わいでした。これが現在大地を守る会で取り扱っている、『おじいちゃんの天ぷら』です。

揚げて「天ぷら」、焼いて「ちくわ」、蒸して「かまぼこ」と、魚のすり身をベースに遊び心があふれます。左が『おじいちゃんの天ぷら』、中央はれんこんやイカの練り物揚げ。右上はちくわ磯辺揚げ、右下がちくわです。それぞれに味も食感も異なり、楽しい限り。

台所の先にある練り物

この日、浜に面した第2工場に入ると、練り物揚げを作っているところでした。ほんのり薄紅がかったすり身を石臼で練っていると、次第になめらかになり、粘りが出てきます。そこに加えるのは粗塩やてんさい糖、魚醤といった調味料。練り終わったら機械で成型され、なたね油のなかを一つずつくぐっていきます。
「うちの練り物作りは台所の延長です。皆さんの台所には、保存料も着色料もないでしょう。あるのは、さしすせその調味料だと思います。私たちは台所でできることを少々大掛かりにやっているだけなんです」と竹並さん。特別なことはしていないと話しますが、先の先まで生産履歴を辿って原料を吟味し、すり身も仕上がりも、逐一味見。そのとき手に入る原料の配合と練り加減によって安心とおいしさを両立しています。
「食と書いて、人を良くするという意味だと思います。食べ物には、時間がないときにさっと食べるものと、人を良くするものの2種類がある。笑顔で人と囲む食事も人を良くするでしょう。自然の恵みで作られた食事も人を良くすると思います。忙しければ、3回に1回でもいいから人を良くする食事をしてほしいと思います。そのために私共は安心して食べていただける練り物を届けていきたいと思います」

この日の朝、山陰の港に揚がったイサキを協同組合の加工場で粗いすり身に。包丁作業で頭と内臓を除いて真水で洗った原料は、何も加えておらず、魚の身のみ。木札には製造店を示す「別所」の名が刻まれています。
原料を石臼で練り上げます。別所蒲鉾店の練り物のベースとなるのは魚のすり身と調味料、馬鈴薯でんぷん。材料が少ない分、原料の良し悪しが仕上がりに表れます。
協同組合の加工場で働く石崎隆義さん。別所蒲鉾店の練り物の原料のうち山陰の漁港で水揚げされたものはここに運んで加工します。

だしの一滴まで余さずに

師走を迎え、皆で囲むおでんがおいしい季節となりました。竹並さんのおすすめは、まず冷凍おでんは凍ったまま汁に入れること。おでん種に纏っただしも一緒に煮るのが良いそうです。次に、おでんは冷めるときに味が染み込みます。煮たあとは30分蒸らしましょうとのこと。半日置くのもおすすめだそうです。さらに、おでんの〆は、おじやが最高。魚のだしが染み出した汁をごはんが吸って、良い〆になるとのことでした。
いずれも原料に自信があるから、一滴のだしも無駄にしてほしくないという思いによるものです。冬の食卓で、ちゃんと魚の味がする練り物を楽しんでみてください。

お魚チップスの原料を練ったあと、成型機に投入します。小さなお子さんを持つお母さんからのリクエストで開発したスナック菓子。小麦粉不使用で魚の味わいです。
なたね油で揚げてお魚チップスが完成。しっかりと噛みごたえのあるかたさになるよう二度揚げしています。手でつまんでべたつかないのも、製造の工夫によるもの。

COLUMN<でんぷんも卵白も使わない“足”のあるかまぼこ>

『出雲神話(無澱粉かまぼこ)紅』

かまぼこ特有のしなやかで粘りのある弾力は“足”と呼ばれ、食感の良さが、かまぼこのおいしさの要です。別所蒲鉾店では、弾力性を高めるリン酸塩はおろか、馬鈴薯でんぷんや卵白も、かまぼこには使いません。その代わり、身質の良い魚種、鮮度の良いものを厳選し、原料、気温、湿度に合わせて練る技術で、弾力を実現しています。スライスしたかまぼこを指でつまんでみると、曲面にひびが入ることもなく、良い塩梅の反発力。紅の色味は、この年末にお届けする分から、トマト色素を使用しています。

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別所蒲鉾店のお菓子「米粉入りお魚チップス ほうれん草」はこちら
※該当商品の取り扱いが無い場合があります。

大地を守る会編集部

大地宅配編集部は、“顔の見える関係”を基本とし、産地と消費地をつなぐストーリーをお届けします。