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減反政策に翻弄されて

【NEWS大地を守る11月号】それでも、稲は実りゆく

大潟村の稲と人がやって来る前の遠い昔から、この地を見つめる森山の背後に、今日も朝日が昇ります。

どんなに人間が迷っても、自然は力強く巡ってゆく。そして人間も、その強さを持ち合わせている。秋田県大潟村で黄金色に輝く稲とお米の生産者・黒瀬さんは、そう教えてくれました。

 

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秋田・八郎潟の干拓と減反

2018年、約50年にわたり続いてきた「減反政策」が廃止されました。減反政策とは、米の生産量を減らすという国による政策です。第二次世界大戦下の日本では、食糧不足を解消するため、1942年に「食糧管理法」を制定。米や麦など穀物を中心とした食糧の生産・流通・販売は、国の統制のもと行われました。その後、1960年代には、品種改良や栽培技術の向上、機械化などにより米の生産量はピークに達し、余剰状態になります。米の余剰とともに、米を農家から高い価格で買い取り、消費者へ安い価格で売っていた食糧管理法で出た赤字を解消するため、1969年に減反政策が開始されたのです。


時を同じくして、琵琶湖に次ぐ国内第2の広さを誇る秋田県の八郎潟では、世界銀行と国際連合食糧農業機構の調査団が調査した結果、干拓事業の有用性が認められ、約20年の歳月と約852億円の巨額の国費を投じた大事業が行われました。湖底から生まれ変わった大地に開村した「大潟村」には、1960年代後半から1970年代半ばまでの間5回にわたり、全国から入植者が移り住んできました。

八郎潟を干拓して生まれた大潟村の中央部を流れる幹線排水路。田んぼから出る農業用水はこの排水路を通り、ポンプで干拓地の外へ排出されます。両岸のポプラと松は防風林。

 

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正義の男は自ら農家になった

「ぱっと見るといいけれど、そばに寄って見たら、稲穂の先が切れている。ちょうど実りの時に来た台風の強風やね。7月は低温、8月は酷暑やし、異常気象だな。食味はよさそうだけれど、収穫量が2割減。おもろない(笑)」。コンバイン(稲刈り機)が進み続ける広大な黄金色の稲田に、笑いながら軽トラックから降りてきたのは、ライスロッヂ大潟(秋田県大潟村)の黒瀬正さんです。滋賀県庁の農政課で勤務後、1975年に大潟村に入植し、米を育て続けています。

黄金色に色づいた、見渡す限り広がる大潟村の稲田では9・10 月、収穫を迎えて大忙しです。


「減反政策が始まる前、戦後も続いた食糧管理法で、余ってもまずくても一定の価格で国は米を買い取っていた。農家は農薬や化学肥料を使ってでも、とにかく量をとろうとしていた。当然、米は余るのよ。減反政策が始まると、行われていた大潟村への入植も一時中断され、すでに米を作っていた農家も戸惑った。『米が余って赤字がかさむ』という大蔵省と、『新しい農業モデルをつくる』という農水省は対立状態だった」。干拓事業と減反政策は、農地を作ったのに米を作らせないという矛盾をはらんでいたのです。


「もともと湖だった大潟村は水はけがよくないから、栽培できる作物は主に米。村の農家は、減反賛成・反対で真っ二つに分かれた。減反政策に従うともらえる補助金があり、また利権が絡んで話が前に進まない」。国とのやりとりで黒瀬さんは、「そもそも食糧管理法は、食糧が不足した時にのみ、政府は政令を持ってできるもの。この運用に法的根拠はない」と理路整然と言い放ちます。しかし、減反政策は強化され、米の作付面積削減の強い要求、栽培したら稲を刈られる「青刈り」、土地を没収するという呼びかけまで行われ、自ら命を絶つ人も出たのでした。


「農家の誇りまで奪っている状況が許せず、だったら自分が変えてやるというのが、減反問題に関わった理由やね。でもね、役人だけが悪いのではなく、農家も自立心をなくしていた。しがらみのない環境で、みんなでのびのびと米を育てたい」。

「はっと気づくと74歳。今はゆったりペンキ塗り」。機械を格納する手作りの小屋と黒瀬正さん。

 

1980年代以降、米の消費量や農家の減少などもあり、減反政策は存在するものの弱まっていき、食糧管理法も新しい法になり、改正されていきました。「状況が落ち着きつつあったこの頃から、本来の農業の姿に戻ろう」と黒瀬さんは、有機栽培や農家と消費者が直接つながる自社販売を始め、大地を守る会との付き合いも始まったのです。

 

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跡継ぎの息子も稲も育つ

「稲の茎が白っぽくなったら収穫どき」と稲穂を手にする黒瀬さんの隣りに立つのは、後を継ぐ息子の友基さん。「自分で育てた米を、自分の名前で最後まで売ることができるのが、農業のおもしろいところ」と言う友基さんの背中は父親そっくりです。

稲の茎が白っぽくなるのが収穫どきのサイン。

「父との仕事に申送りはない(笑)」と息子・友基さん。

 

減反政策の廃止後も、米の消費量や農家の減少、種子法の廃止による種への影響など課題が山積する中、明るい親子が手塩にかけて育て、今年も大潟村の稲は力強く実っています。黒瀬さんのお連れ合い・喜多さんが作った新米・あきたこまちのおむすびを食べた黒瀬さんは、「もっちりとして食味が最高やね」と満面の笑み。

黒瀬さんの稲田を歩くと、とんぼやいなごがいっぱい。

「新米はよりつやがあるのよね」とお連れ合い・喜多さん。

「あきたこまちはもっちりとして、おむすびやお弁当にも合うねん」。


おいしさは自然のエネルギーと、人の温かさからできているのかもしれません。

黒瀬さんは言いました。「いつでもまた遊びにおいでや」。



【コラム】減反政策廃止のこれから
「当分、米の生産量はあまり変わらないと思う」。2018 年から減反政策が廃止され、これからどのような状況になるのかについて、黒瀬正さんは語ります。「作付面積を減らすともらえる補助金はなくなるけれど、田んぼで他の作物を栽培するともらえる補助金はなくならない。米がたくさん作られて米価が暴落したら大変とも農家は思っているからね。補助金漬けの稲作は変えた方がよいのだけれど……」。また、経済優先の社会の流れを見て、「消費者も忙しすぎてとりあえず市場にあるものを買うということも多いから、気づいたら遺伝子組み換えの米が出回っている可能性もある」と黒瀬さん。私たちの主食である米には、これからも大きな課題があるのです。

 

「提携米大潟村あきたこまち」はこちら

 

 

大地を守る社会貢献活動(CSR)をすすめる会

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