ヒストリー

走り続けて40年、大地を守る会の原点をたどる

【第5話】藤本敏夫・加藤登紀子の登場、そして伝説のフェアへ

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1975年8月19日の「大地を守る市民の会」設立集会は、マスコミでも小さく取り上げられた。そのニュースを見てやってきたのが、藤本敏夫さんである。

藤本敏夫、元全学連委員長。「火の出るようなアジテーション、演説の天才だった」と藤田から聞かされたことがある。防衛庁突入なる過激な行動を指揮したカドでお縄を頂戴し、服役中に東大出身の歌手・加藤登紀子さんと結婚する。この“獄中結婚”は芸能人のスキャンダルとして当時のマスコミを賑わしたが、登紀子さんは藤本さん以上に肝の据わった方だった。妊娠を知るや刑務所に出向き、「私、産むわよ。ここにハンコ押して!」と迫ったと聞いている。以後、藤本さんは学生運動の旗手から「登紀子のダンナ」として扱われるようになる。紹介される時もそうだ。藤本さんはそれをとても嫌がっていた。

 

ま、そんなことはともかく、「市民の会」を設立したはいいが、元手もなく船出した藤田たちにとって、藤本敏夫・加藤登紀子夫妻の登場は、まさに救世主の出現だった。

この運動は、集会を開いたり署名を集めたりといった活動とは異なり、「作る人」と「食べる人」をつなぎ広げるという、具体的な経済活動を伴う。「つなぐ」とは運ぶことであり、やればやるほど「経費」という重圧がかかってくる。加藤登紀子さんがいなかったら、設立初期の困窮は乗り越えられなかっただろう。その支援のエピソードはいくつもあるが、恥ずかしくてここでは書けない。下世話な言い方をすれば、まるでヒモのような時代があった。

 

「市民の会」の活動はボランティアでやり切れる仕事ではなかった。藤田和芳・加藤保明の二人は、75年の年末に出版社を辞め、専従として働く決意をする。「当分は無給」を覚悟して前に進んだのだ。翌年1月には新たに事務所を構え、組織の形をつくっていく。そして76年3月、会の名称を「大地を守る会」と改め、初代会長に藤本さんが就任する。

しかし、さあ快進撃……とはいかない。形を整えれば自立できるわけではない。しかも生産者が生活をかけてつくった生産物は“待ったなし”のものだ。仕入れた野菜を売り切れず、腐らせてしまうことも多かった。当然、そのぶんのお金は払えない。現在の仕入担当取締役の長谷川満が、生産者宅の玄関に土下座して、泣きながら支払いを待ってもらったとか、カボチャを2トン夢の島に捨てに行ったとか、とても書けない恥ずかしい話は続いていた。夜にはバイトもやった。ただ気力だけは衰えなかった。「この組織を潰してはいけない」と支払いを待ってくれた生産者の存在も、彼らの意地を支えた。

 

苦しい時代が続いていた時に、今度は藤本さんの友人であった矢崎泰久さんが登場する。あの伝説の雑誌『話の特集』(1965~1995年)の編集長である。矢崎さんは、とんでもないアイディアを出す。「有名人を使っちゃおうぜ」というものだ。

そうして1977年4月、東京・池袋の西武百貨店で「無農薬農産物フェア」が開催された。特設会場で、一週間ぶっ通しで無農薬野菜の販売を行なう。売り子には、野坂昭如さん、中山千夏さん、永六輔さん、吉武輝子さん、松島トモ子さんといった顔ぶれが日替わりで立ってくれた。もちろん加藤登紀子さんも。

このフェアが評判を呼んだのは言うまでもない。この日を境に、事務所の電話は鳴り続けることとなる。

大地を守る会がキャストに恵まれたのは隠しようもない事実である。しかし、人をつなげたのは思いとモノの確かさ、そして未来への希望だった。いつだったか、当時の貧しい若者たちを思い出しながら、登紀子さんがステージで漏らしたセリフを覚えている。

「夢を見る男は美しい、のよ」

僕らはあの頃の夢を、今につなげて来れただろうか。

1977年4月・無農薬農産物フェア

1977年4月の「無農薬農産物フェア」の一コマ。これを境に大地を守る会は飛躍していくこととなる。

 

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戎谷 徹也

戎谷 徹也

戎谷 徹也(えびすだに・てつや、通称エビちゃん) 出版社勤務を経て、1982年11月、株式会社大地(当時)入社。 共同購入の配送&営業から始まり、広報・編集・外販(卸)・全ジャンルの取扱い基準策定とトレーサビリティ体制の構築・農産物仕入・放射能対策等の業務を経て、現在(株)フルーツバスケット代表取締役、酪農王国株式会社取締役、大地を守る会CSR運営委員。 2008年農水省「有機JAS規格格付方法に関する検討会」委員。2013年農水省「日本食文化ナビ活用推進検討会」委員。一般財団法人生物科学安全研究所評議員。