ベストセラー作家の吉本ばななさん。実は、大地を守る会の食材を長いことご愛用いただいています。そのご縁で、大地を守る会のホームページでエッセイを綴ってくださっています。吉本ばななさんの食にまつわる思いや暮らしぶりに触れることのできるエッセイは今回で7回目になります。イラストは、吉本ばななさんのお友達で、絵本作家・イラストレーターの山西ゲンイチさんの描き下ろしです。今回もぜひお楽しみください。
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畑
一面のレタス畑を見たことがある。ここまでたくさんあってもいいのだろう
か?というくらい見渡す限り、丸々としたレタスの連なりだった。土は生き生
きと真っ黒で、育ちかたも整然としていた。
そして農家の方たちがその場でていねいに箱詰めしていた。
この世にはこういうレタスもあれば、そうでないものもある。
しなびて小さくて、はじっこが茶色くなっていて何枚も剥かないと食べられな
くて、味があまりしないもの。
それは値段の差だけではない、人の手がたくさんかかっているかどうかなんだ
ろうと思った。
余ってて捨てるものだからいくらでも持って行きな、と山積みの白菜を指差さ
れたこともある。
畑の端で汚れ積み重なった白菜は、重みで下の方はほとんどお漬物みたいにな
っていた。
なんだか悲しかった。野菜を育てるのはたいへんだし、現実に育てた人によっ
てそうやって置かれているんだから感情の入る隙間はないんだけれど。
友だちが定年退職して、本気で畑を始めた。
勤めに出ている頃も、家の裏の広大な敷地にたくさんの野菜を作っている人だ
った。
生き生きとしたゴーヤや、ねっとりとして深い甘みがある里芋や、1ヶ月くら
いずっと生き生きとして全体がピンと張っている玉ねぎを、いつも送ってもら
っていた。ただ煮るだけで、ほとんど味つけをしなくてもおいしい野菜だった。
彼の家の裏にはところせましと器用にいろいろな野菜が植わっていて、彼は小
さな畝のことまで知り尽くしていた。
そうなるまでには失敗もたくさんあったと聞いたが、誇らしげに数十種類の野
菜を出荷レベルに育て上げている彼は、畑が大きくなっても同じやり方でこつ
こつと野菜を育てていた。
本業の方たちには「素人が作る畑なんてだめだ」と言われたり、いろいろあっ
たらしい。
しかし、彼の野菜はじわじわと売れ始めた。玉ねぎの表の皮をきちんと向いて
から、じゃがいもの土は落としてから包んでいるからだ。娘さんがきれいなラ
ベルを作って貼っていた。見た目がきれいで味もおいしいからみんな正直に選
ぶのだ。
100人いれば100通りの道があるという当たり前のこと、だからその人ら
しさが加わったやり方がいちばんいいということを、たいへんな労力と共に磨
きだされたような野菜たちを見ていてしみじみと思った。
吉本ばなな プロフィール
1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。近著に『人生の旅をゆく3』『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』『切なくそして幸せな、タピオカの夢』がある。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた単行本も発売中。