剪定した桃の枝を炭にして、土壌に貯留する。冬の終わりに行う昔ながらの作業が、CO2排出を食い止める切り札としていま注目を浴びています。
4パーミルイニシアチブって?
3月中旬。大きな炎が桃の畑に立ち上りました。
キャンプファイヤーでも焚き火でもありません。直径150センチほど、底が抜けた巨大なバケツのようなものは、無煙炭化器と呼ばれるもの。火の中に枝をどんどんくべていきます。冬の間に剪定した枝を燃やして炭にしているのです。
でき上がった細かい炭は、樹の周辺にぱらぱらっと撒いたり、秋の植え替えの時に使用したりします。炭を土の中に蓄えることで、「土壌炭素貯留」を増やす目的です。
畑の風物詩のようなのんびりとした光景ですが、実は「4パーミル・イニシアチブ」と呼ばれる、二酸化炭素低減のための最先端の取り組みでもあります。
この取り組みを行っているのは山梨県笛吹市で桃を生産している一宮大地のみなさん。生産者の一人、丹澤修さんがこう説明します。
「世界の土壌の炭素量を0.4%(=4パーミル)増加させれば、人間の経済活動によって発生する二酸化炭素を実質ゼロにできるという考えに基づいた世界的な取り組みです」
2050年のカーボンニュートラル(CO2排出量の実質ゼロ)を目指して、世界中が取り組んでいます。日本も例外ではありません。
4パーミル・イニシアチブの取り組みは、2015年のCOP21(国連気象変動枠組条約締結国会議)でフランス政府が提唱し、今では623の国や国際機関が参加しています。日本で都道府県として初めて参加したのが山梨県です。
桃やぶどうなどの果樹は山梨県の主要農産物。畑で発生する剪定枝を炭にしたりチップにしたり、雑草を除草せずにそれらの根を利用する草生栽培を行ったりして、土壌に炭素を貯留しています。
「土の中に炭を蓄えることによって畑の生物多様性も良くなると言われています。雑草は269種、昆虫は550種類、とても命豊かな環境が作られているんです」(丹澤さん)
炭が微生物たちの住処になる
いったいなぜ炭素を貯留することが土壌にとって良いことなのでしょうか。
「炭は多孔質なので、細かい孔が微生物や菌の住処になります。炭の中の菌が根っこと共生をはじめて、悪い菌が発生しないようにしてくれるんです」
そう説明してくれたのは、3年前に脱サラして新規就農した寺内秀行さんです。
現在、20人弱の生産者がいる一宮大地。桃の他にぶどう、すもも、さくらんぼ、柿なども作っています。会の立ち上げは30年以上前ですが、これまで15人以上の研修生を受け入れ、積極的に新たな仲間も増やしながら生産を続けてきました。一宮大地の代表・久津間紀道さんが話します。
「山梨県では今では年間200人を超える新規就農者がいると言われています。大地を守る会との取り組みは父の代からなので38年前からになります。頒布会桃七会(ももななえ)は今年で18回目を迎えます」
桃七会は大地を守る会の中でも不動の人気ナンバーワンを誇る頒布会です。全8回、数多くある品種の中から、選りすぐりの品種を見極め、完熟のタイミングで届けられます。
炭作りや草生栽培は、目新しいことではなく、一宮大地ではずっと昔からやってきたこと。
「剪定後の枝という廃棄物の処理にもなり、土壌改良にもなりますから。ずっと前からやってきたことですが、SDGsなどの流れもあって4パーミルという名前がついて注目されるようになった、ということなんです」
精米の時にでる籾殻を炭にする籾殻くん炭などの方法も昔からあるものだと久津間さんは言います。
持続可能が意味するもの
炭素貯留によるカーボンニュートラルが、環境を持続可能なものにするだけではありません。土壌の力で農薬に依存しない栽培ができるのは、生産者にとっても持続可能を意味すると言います。
「何が持続可能かって、生産者にとっては何より農薬を浴びる回数を減らせるからです」(久津間さん)
野菜と違って樹高の高い果樹の場合、農薬を散布すると作業者は茎葉から滴り落ちる薬液を浴びることになります。
「真夏にカッパを着て、マスクをして顔に手拭いを巻いて。カッパがびしょびしょになるほどですよ。山梨県の慣行栽培の桃は約29回農薬を撒きますが、それが半分以下で済んでいます※1」(丹澤さん)
土が良くなれば結果的に味も良くなるはず。こうしたことを理解してくれる消費者の人たちに食べてもらい、長く一緒に桃作りを続けていきたい、と一宮大地のみなさんは話してくれました。
この日はおよそ15本分の剪定枝が炭になりました。もう15本分は粉砕器にかけてチップにしました。こちらも炭と同様に活用できるのだそう。
燃え終わって水をかけられた、でき立てほやほやの炭たちは、春の光を受けてきらきらと輝きを放っていました。
4月の頭にはここ甲府盆地の扇状地一帯が桃の花でピンク色に染まります。4月の花取りや花粉付けが終われば、5月には摘果、6月には袋掛け。初夏からの収穫に向けて、目まぐるしい日々がやってきます。
※1 特別農産物ガイドラインに係る慣行栽培基準 山梨県ウェブサイトより
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