遺伝子組み換え: 2007年11月アーカイブ

2007年11月17日

GMO-今度はナタネの集まり

 

アメリカ視察レポートで気が抜けたわけではないのだけど、

出張中のブランクに加えて、その後も色んなイベントやら会議やらに出かけ、

溜まった仕事の帳尻合わせをしているうちに、あっという間に一週間が経ってしまった。

日記も、続けるってのはしんどいもんだなぁ、と思うこの頃。

 

とか言いながら、都心の永田町で遺伝子組み換えの緊急集会をやるというので、

今日も出かける。

どうもこのところGMづいてる。

 

今回の緊急テーマは、オーストラリアのナタネである。

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いま日本でのノンGMナタネは、オーストラリアからの輸入に頼っている。

以前はカナダが多かったのだが、カナダはすでにGM国である。

 

そのオーストラリア・ナタネが岐路に立っている。

これまで設定されていたGM作物のモラトリアム(一時停止)が、

州単位での見直し作業が進められているのだ。

 

オーストラリアでモラトリアム政策がとられたのは、

カナダで、種子や花粉の飛散によって純粋な非GMナタネが確保できなくなり、

欧州市場を失ったことに起因する。

 

それが昨年の異常旱魃による不作と、バイオ燃料ブームが追い風になって、

推進派のオーストラリア政府にモンサント社などのバイテク企業が加わって、

各州政府への攻勢と圧力が強まっている。

 

対応の動きは州によって異なっていて、

モラトリアム撤廃(GM推進)の方向で動いている州とモラトリアムを継続すると思われる州

があるが、全体的にはGMへの移行に進む力が優勢のようである。

 

そこで先月、日本の消費者団体がオーストラリアの各州政府に出向き、

GM作物の栽培規制の継続を求める要請文を提出した。

この要請文に署名した団体は155で、その構成人員を数えれば290万人になる。

大地を守る会も名を連ねさせていただいた。

 

署名というのは、それだけのことでしかないのかもしれないが、

それはそれで一定の力を示すものではある。

この日本の消費者団体の要請行動は、オーストラリア国内で大きく報道されたようだ。

何たってオーストラリアにとって日本は、農産物の最大の売り先だから。

 

この日は、要請行動の先頭に立った天笠啓祐さんからの報告に加えて、

オーストラリアの科学者(医学博士)、ジュディ・カーマンさんの講演もあった。

 

そこでは、GM作物の安全性を判断する上での試験データがあまりに少なく、

また試験内容も相当にずさんなものであるという報告がされた。

かつそれらの試験データはほとんどモンサントら企業からのものである。

 

彼女は、よりニュートラルな立場の研究者による安全性試験を行なおうとしたが、

いろんな圧力がかかったと言う。

 

その上で、GM作物そのものの危うさに加えて、

いったん栽培が始まった場合に、非GM作物の確保が困難になる危険性について、

具体的なケースを示しながら訴えた。

 

大地からは、吉田和生生産グループ長が報告。

私のアメリカ・レポートも少し使いながら、

大地が取り組んできた国産飼料による畜産物生産-'THAT'S国産'運動を紹介した。

 

オーストラリアの最新の世論調査では、農民の52%がGM作物反対とのことである。

ここでも推進しているのは、上の人たちと、「経済」なのだ。

 

様々な知恵を絞りながら国内自給力を高め、

かつ国際的な農民と市民のネットワークを作り出す必要がある。

またしても同じ結論で申し訳ないが、プランは練りつつある。

呪文で終わらせないように。

 


さてと、明日から改めて

溜まった写真の整理もしながら、この間の活動を記しておこうと思う。

 



2007年11月10日

米国・コーン視察レポート-エピローグ

 

5回にわたってレポートを続けてしまったが、

改めて読み返せば、書き損じ、書き忘れ、意味不明な表現などが散在されて、

触れてなかった重要な点もある。

いくつかの補足や整理などして、

いったんアメリカ(視察)の '縛り' から開放させていただくことにしたい。

 

まず前提として、細かい数字やデータは省かせていただいた。

ブッシェルあたり何セントといった話をしても面白くないだろうし、

とりあえずは温かいままでのレポートとして、

いまアメリカで進行している動きと、迫りくる危機の感じを

つかんでいただければ、と思って報告したものである。

 

次に、遺伝子組み換え食品に関心を持つ方にとっては気になるところの

重要な問題が未整理のままである。

 

それで、GM作物の安全性についてはどうだったんよ、ってことよね。

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まず、作物の安全性については、ほとんど論議の対象にはならなかった。

というより、正直、できなかった。

 

もちろん、カーギルに遠慮したわけではない。

アメリカでは、特に今回回った中西部では、GMOそのものの安全性は論点にならない。

持っている情報がかけ離れすぎているのだ。

 

こちらでは読もうと思いさえすれば、

天笠啓祐さんの著書はじめ多くの書籍や情報を入手することができるが、

アメリカでは、マイナス情報が流れていない。

ミネアポリスでわずかながら本屋さんを覗く時間があったが、

その手の本は見つけられなかった(英語力の弱さもあるけど)。

 

自由の国・アメリカで、マイナス情報がほとんど流れていない。

こちらに伝わってくる情報では、

アメリカでも多くの科学者がGMOの安全性に異を唱えているはずなのだが......

これ以上の推測は、とりあえず避けておきたい。

 

つまるところ、アメリカ政府が「安全」というお墨付きを与えている以上、「安全」であり、

何を言ってるんだろう、という感じである。

 

敵陣で、正面切って安全性に異議を唱えることもできたのかもしれない。

しかし今回の目的は、状況を踏まえつつ、ノンGM飼料の可能性を探ることにあり、

ただ喧嘩をして、入口で帰って来るわけにはいかなかった。

自分の目でGMとノンGMを見定めてくれる農民を見つける旅でもあったし、

何よりも、我々日本人は自分たちの胃袋を彼らに預けてしまっている関係なのだ。

それなりの仁義は踏まえておかなければならない。

力不足の批判は、甘んじて受ける。

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また、GM品種での農薬の使用量について。

「除草剤や殺虫成分に対する耐性が広がっていて、結果的に農薬の使用量は増えている」

というような情勢分析もあるのだが、現地の答えはどうだったか。

 

生産者からの回答はすべて、「農薬は減った」である。

 

「現時点では」 とした上で、

GMにして農薬の総使用量は減っている、としておくのが妥当かと思う。

 

種代も高いようで、「コストはトントン」という答えもあったが、

コストが同じなら、収量(収入)の高い方が選ばれるのは責められない。

 

確実なことは、モンサント社の除草剤・ラウンドアップの使用量は増えている。

それが前提の品種であるからして、当然といえば当然のことである。

種子の占有率が上がれば除草剤の販売も増える。

農家は選択の余地なく種とセットで特定の除草剤を買わねばならなくなり、

結果として、モンサント社は売上・利益ともに大きく伸ばしている。

(連載(2)で、モンサントは種会社と書いたが、本体は農薬・化学メーカーである)

 

もはや有機農業の道筋とは正反対の方向なのだが、それだけでなく、

農民が主体性(自立と言ってもいい) を失うことの危険性について、

私たちはもっと想像力を逞しくしなけれなばらないのではないか。

私はこの一点だけでも、GM作物には反対しておきたいと思っている。

 

ケントの訪問記(5)で書いた '永続的生産技術の土台' とかの言い回しは、

そういう意味で捉えていただけたらと思う。

自立した農民こそが、生命の命綱である多様性を守る主体になるはずだから。

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もうひとつ補足しておかなければならないのは、耐性である。

その除草成分や殺虫成分に対する耐性をもった動植物の逆襲は、始まっている。

というか、これはGM作物普及の前提となっている。

(5)で触れた「Refuge」の存在で想像いただけると思うが、

殺虫成分を含んだコーンを皆が植えたら、品種として長持ちしないのである。

 

ひっきょう、耐性と品種改良(GMとGMの掛け合わせ)のいたちごっこになる。

そのサイクルは、静かに始まっている。

 

 ※ラウンドアップと耐性の問題については、9月7日の日記も参照いただけると有り難い。

 

加えて、もうひとつ。

BT(殺虫成分)コーンが、アメリカでは「農薬」として登録されているという事実も、

農家はあまりご存知ないようである。

コーン自体が、どこを食べても害虫は死ぬ、というものであるからなのだが、

これをもってしても、通常の育種で作られた他のコーンと「実質的同等」なもの、

という推進派の主張は、どうしても許しがたいものを感じる。

殺虫成分「BT」との同等性だろうが、と言いたい。

「BTタンパク」は人体には無害である -の科学論争は終わってないし

(推進派には「決着のついた話」らしいが)、

「人体」を保証する生態系への影響となれば、それは 「未知数」 の世界である。

どう考えても、「実質的同等」 という論は、科学ではない。

 

どうしても同等と言い張るなら、

勝手に交配してしまった畑に対して特許権の侵害を訴えるというような

野蛮な行動は、慎んでもらいたいものだ。

 

......というような話を、トコトンしたかったのだが、ごめんなさい。

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まあ言い訳はともかくとして、

安全性論争は、長い時間をかけてやるしかない。

しかも専門家相手の科学論争となるがゆえに、

気になるマイナス情報はしっかりつかんで、論戦を挑み続けなければならない。

なぜなら、マイナス情報は '将来へのリスク可能性' を示唆するものだから。

したがってその間は、生産の多様性(経営のリスクヘッジも含めて)と、

消費の選択権は死守しておく必要がある。

「安全である」 からといって 「選択の余地なし」 状態にする権利は誰にもないはずだ。

 

消費の選択ということで言えば、「嫌なものはイヤ」 もまっとうな権利である。

その被害に遭った男性は私も含めて少なくないはずだが、こちらに訴える権利はない。

<大地でひと昔前、「安全で安心な男」 のお墨付きをもらった男がいたが、

 女どもは「いただけない」と言った。理由は安全でも安心でもなかったようだが...>

 

笑い話ではなく、'違和感' というのは大事な判断基準である。自分を守る上で。

大切にした方がいいし、胸を張って言っていいことなのだ。

 

充分な議論はできなかったけど、

対話は始まったばかり。そのとば口は開けた、ということでお許し願いたい。

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ということで、私の米国・コーン視察記をまとめたい。

 

1.餌を含めて原料コーンの値上げは、現状では止められない。

  ノンGMの場合は、IP (分別) コストも含めて考えなければならないし、

  私はケントのノンGMコーン栽培の保証をする覚悟(シグナル)を見せたいと思う。

  最終製品の価格に跳ね返ることも、今はやむを得ない。

  高くなるけど、これが現状である。

  食べものを大切にしたいと思う (国の食料政策とかは別な論議として)。

  
2.GMの攻勢 (エタノール原料もすべてGM-正確には『不分別』-)

  の流れの中で、ノンGMの確保も極めて困難になりつつあるが、

  わずかでも希望があるなら、つなぎとめておきたい。

  将来の安定供給(安定価格)を目指すために。

  そのためにできることを、具体的に模索したい。

 

3.「具体的に」とは、人のつながりをつくることだ。

  そこから始めるしかない。

  たとえば、ケントと下河辺さん、そして消費者が支えあう関係は、

  けっして絵に描いた餅ではなく、実は今もそのように流れているのだけど、

  社会に見えるように、可視化したい。

  反対だけでなく、大地が30数年唱え続けてきた 「提案型運動」 のように。

 

4.そのために協力を惜しまない、と言ってくれる 「人がいる」 以上、

  ここでは、「カーギル」というレッテルで排除してはならない。

  たとえ特殊な付加価値商品(スペシャル・コーン・プログラム)というような位置づけで

  意図されたものであったとしても、その戦略は今の我々には出来えない 「力」 である。

 

  看板(組織)と喧嘩するのは簡単だけど、その向こうに、ノンGMを維持したいと考える、

  たとえばケント・ロックという生身の農民がいて、彼も手をつなぎたがっている。

  応えたいと思う。

 

  看板との喧嘩は、それはそれで不断にやろう。

  カーギルがグローバリズムを推進しているのは間違いのない事実だし。

  その点では、こっちだってたたかう準備はある。

  (ネズミがトラに向かって 「かかってこい!」 と息巻いている図のような気もするが、

   地球の未来への責任の立て方においては、一歩も引く気はない。)

 

5.という意気込みはさておき、日本はすでに相当量のGM作物を受け入れ、食べている。

  その中で、ノンGMの証明を確保しながら、生産に携わってくれている

  多くの生産者・メーカーがいる。

  ノンGMのサプライチェーンを通じての国際的なネットワークは、可能である。

  だって、すでにあって、モノが動いているのだから。

  問題は、人がバラバラに寸断されていて、要所要所で決壊しつつあることだ。

 

6.僕たちは、つながらなければならない。不可視の境界線を越えて。

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「エネルギーの多様化」という旗の下で、

中東への石油依存を減らし、かつまた農家所得の向上と補助金削減の両方を

達成しょうとする、アメリカというしたたかな国。

(しかも輸入バイオエタノールには日本より高い関税をかけている)

 

そこで遺伝子組み換え技術が切り札のように使われている。

 

世界の穀物価格が跳ね上がろうが、自分ところの貯金(石油のこと)は崩さない。

日本の食料品の値段がどうなろうと、それは'アンタの国の問題'である。

非難しても変わることはない。そういう国、というか、世界はそういう状態で動いている。

 

これは、我々の問題である。

 

大地では、ずっと 「国産のものを食べよう」 と訴えてきた。

畜産物でも、牛、豚、鶏、卵で、国産飼料による 「THAT'S国産」 品を実現してきた。

また地域に残る野菜の品種を守ろうと、「とくたろうさん」 というラインアップもある。

これは多様性のオリジン(源)を、シードバンクのような保管庫ではなく、

生産と消費がつながり、当たり前の文化として暮らしの中で育て合うものだ。

 

しかし、どうしても輸入(貿易)に頼らざるを得ない部分はたくさん残っている。

 

つながりたい。

世界中の、種を守る人たちと。

 

いま、そんな思いである。

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これにて米国・コーン視察レポートを終わります。

ちょっと疲れました...。

 



2007年11月 8日

米国・コーン視察レポート(5)

 

乾燥した空気が、冷涼な風となって北から吹いてくる。

紅葉も進んできた10月24日(日本では25日)、私たちは最後の訪問先である

ノンGMコーンの生産者、ケント・ロック氏を訪ねる。

 

ケントの家は、平原ではなく、なだらかな丘陵地帯にあった。

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家の隣には牛舎があり、

10数頭の黒毛の牛に数頭の子牛が集まって、我々を興味深く見ている。

ケントは有畜複合経営なんだ。

 

玄関にはたくさんの猫が、少し冷たい風を除けるように集まって、日向ぼっこしている。

人なつこい。動物好きの家族だ。

 

我々の到着が少し早すぎたのか、お留守のようで、

少し周りをブラブラと見ているうちに、ケントは帰ってきた。

 

挨拶を交わし、まずは家に招かれ、彼の農業経営の説明を受ける。

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彼の耕地面積は2000エーカー(約800ヘクタール)。

この辺りでは標準的な農家らしい。

でも続いて出たセリフが、我々の心をわしづかみする。

 

「しかし、センチュリーコーン農家として特別な農家でありたいと思っている」

 

彼は自身の経営方針や考えを、このように語ってくれた。

 

   色々な作物を作って、一年中色んな仕事があって、

   リスク分散しつつ、リスクを恐れず、リスクは高くとも他の人と違うことをしたい。

 

   持続可能な農業を考えている。子どもたちに良い農地を渡したいんだ。

   良い農地とは、有機物が豊富で、保水力があって、栄養たっぷりな土地のことだ。

   だから面倒でも家畜を飼っている。

 

   色々な作物を作るが、どの土地に何を作ってどう回していくかは、頭の中に入っている。

   センチュリーコーンを来年作付けするほ場も決めている。種も10月1日に発注した。

 

   以前にオーガニック(有機)で大豆を作ったが、検査員の印象が悪かったので、やめた。

   何かのテーマのためにやるのでなく、つながりの見えるもののためにやりたい。

   ただエタノール工場に売っただけではそれで終わり。相手の見える仕事がしたい。

 

   ビジネスとは、人と人が理解し合うことだと思う。

   センチュリーコーンは、人とつながれる。

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ケントにとってセンチュリーコーンとの出会いは、

ポスト・ハーベスト・フリー(収穫後農薬の不使用)の取り組みからで、

自然とGMフリー作物の栽培へと進んだようだ。

97年から作り続けている。

 

   このプログラムに入って、世界的視野で物事を考えるようになった。

   儲かってないが(笑)。

 

ようやく会えた・・・・・

今回のツアーの実りを実感した瞬間である。

 

アメリカの農民にとって、農業は基本的にビジネスである、と聞かされてはいた。

目の前で刻々と変わっていく穀物市況動向の分析と対応は、

たしかに彼らにとって生命線ともいえる重要な要素なのだろう。

 

しかし、もうひとつ、農業の大切な価値を一緒に考える相手が欲しかった。

この感覚が共有できさえすれば、連帯は可能である。

 

ケントだって、他の農家と同様に、GMもノンGMも栽培する。

しかし 「リスク分散のため」 と言いつつも、

ケントの語り口からは、豊かな土壌と農の持続性を守りたいという意思が感じられた。

 

ケント・ロックによる来年のセンチュリーコーンの作付は、

50エーカー × 2ヵ所。約40ヘクタール。

多い、少ない、と論議するところではない。

さっそく、見に行こうじゃないか。

 

これが、今年植えた畑。

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周囲を山林に囲まれて、コンタミ(汚染)の恐れの少ない場所を選んでいる。

それでも隣がGMコーンを植えると聞かされて、作業を変えたと言う。

つまり先方の花粉が飛んできても、こちらは受粉を終了しているように作業体系を早めたのだ。

 

そして、ここが来年植える場所。山の上にある。

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今年は大豆を作った。大豆はGMである。

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ケントは、大豆はノンGMはやれないと言う。

ノンGMの純度の要求が高すぎるというのだ。

輸出先(日本もそう)から求められている純度95%以上(=混入率5%以内)

を維持するには、カーギルに98%以上で納めなければならない。

とても無理だ、リスクが高すぎる、というのが彼の判断である。

 

シェアがある一定の水準を割ると、一気にゼロになる、ということがある。

これは、一人で思うようにはならない話ではある。

しかし、だからといって簡単に 「純度下げても植えろ」 とは、私の口からは言えない。

 

ケントはすでに割り切っているようである。

 

では、センチュリーコーンの未来はどうだろうか。

 

   来年は大丈夫だが、2009年以降、色んなGM品種が出てくる。

   保証はできない。

 

   しかし手はある。

   全米には膨大なコーン生産量があるが、作付面積の20%はノンGMでなければならない

   と政府が決めている。これを使うのだ。

 

20%の決まりとは、虫たちがGMの殺虫成分に耐性をつけるのを遅らせるために、

面積の20%は、refuge(レヒュージ:保護地帯)として別品種を植えろということである。

 

このこと自体が、GM品種のある種の限界性と本質を物語っているのだが、

仮に純度を度外視してそこに植えたとしても、

それではすでに勝負あったということになる。

そこまで農家に考えさせていること自体が、悔しい話である。

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このツアーで何度か訊ねた質問を、ケントにもしてみる。

 

GMとノンGMの収量の差はどれくらいだと計算しているか?

ケントの答えは、1割弱、である。

これまで聞いたところでは決まって、だいたい2割、という数字だった。

 

この検証は、当たり前すぎるほど極めて重要なことなのだが、

2割という数字が仮にここ数年の実績比較から導かれたものであったとしても、

色んな角度での、かつ長いスパンでの比較検証が必要なはずである。

これから先、GM一色で続けられたら、実は本当のことが見えなくなる。

 

必要なのは、農民自身の目による、様々な角度からの ' 違い ' の把握と分析力だろう。

これはゼッタイに残しておかなければならない ' 永続的生産技術 ' の土台だからして。

相手は自然であり、例えば何かの研究データの根拠となる平均的土壌や気候など、

実はどこにも実在してない、と言ってもよい。

その土地で、その土地と栽培品目の関係を見つめ続ける目を枯れさせてはならない。

だからこそ、多様性とか持続性を意識する農民(食糧の作り手)が必要なのであって、

GM一本では何も見えなくなる。

 

自分の実感や分析によって他人と違う 「1割弱」 (あるいは「いや2割半だ」)

と言える農民が、未来のために必要なのだ。

 

北浦シャモの生産者、下河辺さんも嬉しかったようだ。

「ケントの作ったトウモロコシを食べさせてる、って消費者に言えればいいなぁ」

 

『ケントたちセンチュリーコーンの仲間』

ならいいんじゃない、下河辺さん。

 

畑を回った後、近くに住むケントの両親宅に立ち寄る。

お嬢ちゃんたちも一緒にいて、

おばあちゃん(ケントのお母さん)手づくりのアイスクリームとクッキーを頂戴する。

 

柔らかくて優しい甘さのアイスクリームがとても美味しくて、みんなお代わりしている。

 

帰りがけには、残ったクッキーを全~部パックに詰めて、持たせてくれる。

 

おばあちゃんの心は、日本もアメリカも一緒だった。

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希望はあるか? -ある。

しかし宿題は、かなりしんどい。

 

ここにはきっとまた来ることになる

 -そんな予感を抱きながら、収穫期を終えつつあるコーンベルトをあとにする。

 

おおーい、しもこうべさ~ん、帰るよー!

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2007年11月 7日

米国・コーン視察レポート(4)

 

ワゴンのレンタカー車2台に分譲した我々は、さらに走る。


北海道の生産地帯を10倍、あるいは数10倍に拡大したような風景が続く。

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途中いたるところで目についた、細長~い装置。


潅水用の機械だそうだ。これで水を撒く。


片翼100メートル以上はある。何もかもがデカい国だ。

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次なる目的地は、コーンの集荷センター(カントリー・エレベーター)である。


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南イリノイ地帯のセンチュリー・コーンが集まるセンターを駆け足で回る。

 

そのひとつ、

シカゴから250マイル(約400km)南、セントルイスから北に200マイル(約320km)

の位置にあるベアーズタウンのセンターでレクチャーを受ける。

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この地域の概況を、地図を広げて説明してくれたのは、

所長のボブ・ヘイル氏(写真左)。

西部劇の舞台から飛び出してきたような陽気なオッサン(失礼)だが、

ここでの現場たたき上げらしい。

カーギル本社で講義してくれたスペシャリティ・プログラム開発マネージャー、

Mr.リックもボブの元で修行を積んだとのこと。

 

ここイリノイは、巨大な水がめの上にある。

水が枯れたことはない。灌漑設備も網羅されている。

スィートコーン、ポップコーン、ジャガイモ、野菜、その他エトセトラ、何でも作れる。

 

ボブは、同席していた若い生産者を紹介し、

彼らのお祖父さんの代から付き合っている、と胸を張った。

ここら辺の農家は、だいたい3代目か4代目らしい。

つまり開拓時代から、ボブはこの地域のコーン農家を見続けてきたというわけだ。

先にも書いたが、センチュリーコーンの95%は農家から直接買い取っている。

 

現場最前線の長が、朗らかに農家との絆を自慢できるというのは、

素敵なことだと思う。

基本的に利害や思惑の対立する関係となってしまう経済構造の中で、

厳しいだけでは誰もついてこなくなる、甘いだけでは組織が持たない、

もたれあうことは不可能だし、嘘をつき合っては続かない。

カーギルという巨大企業の '生きた集団の一面' として受け止めておこう。

 

こういうカントリー・エレベーターがイリノイ川に沿って、4ヵ所。

エレベーターは艀(はしけ)渡しと直結している。

ここから1500トンの積荷能力を持つ艀が、川を伝って運ばれる。

この川はミシシッピ川につながっている。

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しかし今の現実の状況となると、話は生々しい。

コーンも高ければ、燃料代も運賃もまた史上最高だという。

 

生産者(ライアンさんと言ったか。上記写真の右端の方)は、

いま農地を拡大中だが、地代も高騰を続けているらしい。

種の話も厳しい。

ここ1-2年で、最初からGM処理したものばかりになってきている。

数年でノンGM種子はなくなるのではないか...

 

色々と聞かされたGMとノンGMの比較整理や考察は最後にトライするとして、

次に進もう。

今度は、種子会社を訪問する。

 

イリノイからミズーリ州をエリアとして種を販売する、

こちらも今が3代目というBURRUS社。

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品種開発の難しさが語られ、

種の交雑を避けるための周辺の土地調査と汚染防止を徹底した、

BURRUS QUALITY 純度99.5%の種が彼らの誇りとなっている。

 

しかしここでも、やはりGMの勢いを見せられるばかり。

2002年に86%あったノンGMのシェアは、今年は26%まで落ちている。

ノンGMは契約のものだけが残っている状態で、自由に買えるものはなくなった、と。

 

それでも彼らは迷いもなく思っているのだ。

「農家のニーズに合わせて良質な種を用意し、

彼らの経営の発展を支えることが、我々種子会社の使命である」

言葉に自信すら感じさせる。

 

ならば、と聞く。

農業は、天候や相場やその年の気象条件との品種適性など様々なリスクを抱えていて、

それらを想定しての経営上のリスクヘッジを支えるためにも、

ノンGMも含めた品種の多様性を維持しておくのが、種屋こその任務ではないか?

 

意味は充分理解されているようだったが、

残念ながら、私には頷ける回答ではなかった。

 

アメリカ国内の各地で、種会社が潰れるか、統合されていっている。

GM技術は、モンサント含む3社による支配状態にあって、

地方で農家のために頑張っているBURRUS社のような会社においても、

GMの種のシェアを上げないとやってゆけないのが現実となっているのだろう。

種を回す際に相応の圧力がかかってきていることも推測される。

 

単一化してゆく社会は、危険である。

もともとアブナイ国だとは思ってるけど。

 

それにしても、

こういう地方の中堅種会社を回ってノンGMの確保を追求しているカーギル社という図は、

けっこう珍しいレポートになっているような気がしないでもない。

あいつも乗せられたか、というありがちな声が聞こえてきそうだが、

それは最後まで読んでからにして欲しい (早く書け!ってか)。

 

収穫を終えたコーン畑。

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車中から見た、コーンの収穫風景。

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みんな誰だって、お金の計算だけで生きているはずはないのだが、

現実は何かに支配され、追いまくられている。

収穫の歓びというやつが、何処の国からも奪われていっているような気がしてならない。

 

長々と話を続けてしまったけど、

最後に生のアメリカ農民を紹介して、まとめに入りたい。

 



2007年11月 6日

米国・コーン視察レポート(3)

 

あれやこれやと動き回れば回るほど、休みは消え、肉体は鈍重になり、仕事は溜まる。

ブログのネタも増えるけど、書く時間はなくなる。

それでもって 「好きなことして」 とか言われた日にゃ、一瞬にして "キレる中年" となる。

......と、泣き言というか言い訳から始めて、米国視察報告を再開します。

とにかくこれを終えないと次に進めないし。

 

10月22日(日本では23日)、

カーギル本社でのレクチャーと情勢分析を終えた我々は、

ミネアポリスから飛行機で1時間半ばかり、イリノイ州ペオリアへと飛んだ。

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しかし、この飛行機が30人乗りほどの、ちょっと古っぽい感じで、

一人しかいない長身の女性客室乗務員が身を屈めて細い通路を歩くようなやつ。

 

しかもチケットでは窓際のシートのはずだったのに、

そこには1.5席分くらいのサイズのお姉さまが先に陣取っていて、

こちらを見て立つわけでもなく、堂々と座席を指差しながら何やら早口で聞いてくる。

こっちに座ってても良いかしら?-とか伺ってくれているのかと勝手に想像して、

「OK,OK」と応えたら、ハーッハッハーと笑い出す。

もしかして、「アタイの膝の上にでもどう?」 とか誘ってくれてたんだろうか。

尻に敷かれた気分でずっとちぢこまって、

機体が傾いた時に、なるべく目を合わせないようにしながら景色を垣間見る。

ボクは・・・・・この大陸の色あいを上空から確かめたかったんだ。

でもジャンボなお姉さまは、そんないたいけな外国人の気持ちなどお構いなく、

雑誌の女性モデルの写真を食い入るように眺め、私の視界を塞ぐのだった。

しょうがないから、哲学者のように掌を顔にあて、眠ったふりをする。

こんな飛行機では、本を読む気にもならない。

時折、空を飛んでるという実感というか緊張感が、睡魔を凌いで迫ってくる。

 

ま、そんな話はどうでもいいとして(今日は愚痴っぽい)、ペオリアである。

 

夕刻、空港に降り立った時は、冷たい雨だった。

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その日はペオリア泊。
翌日は快晴。

レンタカーでホテルから約1時間突っ走り、

イリノイ州南部に建設中のエタノール工場を視る。

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この工場は地元260軒の農家の共同出資によって作られ、

協同組合の方式で運営される。

出資農家は一定量の原料供給義務を負うことになる。

 

建設費は125万ドル(この数字のメモはちょっと怪しい)。

だいたい1~3%が国からの補助金。

加えて地元からの雇用によって州からも助成される。

 

2003年から計画がスタートし、昨年10月に工事が着工。

ほぼ95%まで完成し、12月に稼動予定。

生産量は1億4500万リットル。相当するコーン原料は約30万トン。

 

生産効率としては、1トンの原料コーンの3分の1がエタノールに変わり、

3分の1が搾りカス、残りはCO2となって放出される、という説明。

エネルギー源は、くず石炭。

地域一帯が石炭鉱床の上にあり、潤沢に手に入るのだそうだ。

 

要するに、これは代替エネルギー政策には貢献できるのだろうが、

CO2とか温暖化対策と連動しているものではない。

まあ、京都議定書を批准しない国なのであるから、彼ら的には矛盾はないのだ。

 

野積みされたコーンの山。

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水分含有量が増えてもドライアイスを使って調整可能なので、コーン自体の規格は緩い。

 

前にも書いたが、問題はこれからである。

原料コーン価格の上昇に加え、エタノール価格の下落がすでに予想され、

いま新規に建設されている工場はほとんど採算割れを起こすのではないか、

との懸念が計算されつつある。

建設を止めて様子見に入った工場もあるらしい。

 

エタノール工場の建設には、カーギル社も資金的支援をしていると聞いているが...

と質問してみる。

 

それは農家が建設資金を調達するのに頼まれて '信用' を提供するレベルだと言う。

彼らにとって、あくまでも本脈は農家とのパイプであって、

エタノール景気は穀物価格との関連で冷徹に分析されている。

 

いずれにしても、この結果というか、次の段階は、

わりと早いうちに見られるかもしれない。

 

(続く)

 

こんなふうに細切れで、連載のように続くことをお許しください。

 



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