産地情報: 2013年2月アーカイブ

2013年2月13日

再生は、自立と自給から!-「種蒔人」で連帯する

 

第17回 大和川酒造交流会、後編。

 

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夕方からの懇親会は、

昔の蔵を見学・イベント用に改造した 「北方風土館」 に移動し、

その中にある 「昭和蔵」 にて開催。

1990 (平成2) 年に現在の 「飯豊蔵」 ができるまでは、

ここに樽が所狭しと並べられ、昔ながらの酒造りが営まれていた。

漆喰が塗り直され、温度湿度の調節だけでなく音響効果も良いため、

今ではコンサートなどにも利用されている。

 

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歓迎の挨拶は、大和川酒造店9代目代表社員、佐藤弥右衛門(やえもん) さん。 

 会津電力構想 の話をお伝えしたのは12月だったが、

2ヶ月を経て、「社団法人 会津自然エネルギー機構」 を設立させるまでに至った。

酒蔵の親分というよりは、ここまでくると

会津の自立に賭ける  " 志士 "  の趣である。

 

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 「 これまでの会津は、まるで東京の植民地だった。

  しかしここ会津は、食料自給率 1,000% はあるであろう豊かな地である。

  東京にモノを送るばかりの時代から、自立を目指す時が来た。

  足元を見れば、エネルギー資源は満ち満ちている。

 

  福島県(議会) は脱原発を選択した。

  「 原子力に依存しない安全で持続的に発展可能な社会づくりを目指し、

  新しい福島を創る」 と謳った以上、私たちが果たす責任は重い。

  少なくとも10年以内に、県内のエネルギーを再生可能エネルギーで供給する

  体制を創りあげたい。

  会津の持つ水資源、地熱、太陽光、森林資源、風力や雪の利用研究を促進し、

  投資を行ない、地域に安全で安価なエネルギーを供給することで

  地場産業の活性化や産業の振興に寄与したい。

 

  16万人の 「原発難民」 を生んだ福島に、原発との共存はあり得ない。

  東電と福島県の 「契約」 は破綻した。

  東京電力さんには撤退していただくしかない。

  猪苗代湖を東京電力から取り戻してみせよう。

  会津の自立と独立の精神を持って

  「一般社団法人会津自然エネルギー機構」 を設立し、

  会津から福島、そしてこの国の再生に臨む。」

 

2月20日には、記者会見と設立記念講演会を開催する段取りになっている。

ゲストには、末吉竹二郎氏 (国連環境計画・金融イニシアチブ特別顧問)、

赤坂憲雄氏 (福島県立博物館長、学習院大学教授)、

飯田哲也氏 (NPO環境エネルギー政策研究所所長) が名を連ねている。

この方々には顧問に就任してもらう策略である。

 

清酒 「種蒔人」 の原料米生産者である、稲田稲作研究会から

代表して伊藤俊彦さんが挨拶に立つ。

こちらは福島県の中通り、須賀川の地で

やはりエネルギー自給構想を練っているところだ。

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昨年10月に開催した 自然エネルギーの生産者会議 に参加した伊藤さんは、

その後改めて仲間を連れて、那須野ヶ原土地改良区の視察に行っている。

やるしかない、前に進むしかない、その思いは弥右衛門さんにも負けてない。

 

「種蒔人」 は人と人、人と環境をつなげ、「前 (未来)」 へと進む。

蒔かれた種が芽を出し、花を咲かせて、実を結ぶまで、

僕らも一緒に歩み続けなければならない。

 

今年は、喜多方で会津料理づくしの店を営む 「田舎屋」 さんが

出張って来てくれて、絶品の料理が並べられた。 

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そして新酒 「種蒔人」。 

 

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" この世の天国 "  の役者が揃ったところで、乾杯! 

 

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あとはもう、写真など撮っている場合ではなく、

飲み、食べ、語りあい、、、 

良い酒と良い食は、人を良くつなげる。 

イイ仲間との語らいは、明日の活力を生む。

「種蒔人」 はつねに人の和を醸す酒でありたい。 

 

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最後は熱塩温泉 -「山形屋」 で仕上げ。

極楽。

 

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この国の再生を、福島から。

みんなが立つなら、「種蒔人」 も、連帯に迷いはない。

 



2013年2月11日

今年も 「天国はここに」 -大和川酒造交流会

 

2月9日(土)。

今年もやってきた会津・喜多方、大和川酒造店・飯豊(いいで) 蔵。

第17回となる 「大和川酒造交流会」 の開催。

最初の頃に参加されたおじ様のひと言から、

「この世の天国ツアー」 という冠をいただいた至福のイベント。

いつの頃からか 「極楽ツアー」 とも呼ばれるようになった。

 

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今年もバッチリ、大地を守る会オリジナル日本酒 「種蒔人(たねまきびと)」 の

搾(しぼ) りに合わせることができた。

挨拶もそこそこに、

「今ちょうど搾ってますので、まずは試飲といきましょう」

と佐藤和典工場長に誘(いざな) われる一行。 

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まだ炭酸ガスがピンピンと跳ねている、いわゆる 「荒ばしり」。

雑味のない芳醇な香りに包まれ、酒客にはたまらない感激の一瞬。

淡麗とは違う、パンチの利いた辛口。

「うん、イイすね、今年も!」

- このひと言を聞けただけで、予は満足でござる。

 

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「種蒔人」 タンクに貼られた、仕込み24番の数字。

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秋の後半からその年の酒造りが始まって、

水がもっともピュアになる厳寒期に仕込む(寒造り) のが、

吟醸・大吟醸といったその蔵にとっての勝負の酒だ。

2 トンの原料米が投入されたが、その米は 55% まで削られている。

玄米に換算し直すと約 3,600 ㎏ (60俵)。

稲田稲作研究会(須賀川市) が無農薬で育てた酒造好適米 「美山錦」 を

惜しげもなく削って、純米吟醸 「種蒔人」 は完成する。

 


タンクの上(2階) で、まさに搾り中のモロミを味わう初参加の男性。

ご夫婦で申し込まれた会員さんについてきた息子さんだ。 

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真剣そのもの。 いい顔してる。

日本酒文化がこうして受け継がれてゆく。 素晴らしいではないか。

 

大吟醸の香りを楽しむ。 

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吟醸香は、米ではなく酵母によって創りだされる。

しかも酵母の種類によって、バナナ香とかリンゴ香などと微妙に香りが異なる。

どういう大吟醸酒をつくるか、に蔵の個性が見えてくる。

ただ、たまに香りを強調し過ぎるような酒に出会うことがあるが、

あれはいただけない、と個人的には思う。

最初の一杯でいい、という感じになるんだよね。

 

さらに参加者を唸らせたのが、こちら。

" 袋吊り "  と呼ばれる手法で搾っている。

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木綿の酒袋にモロミを入れ、自然にゆっくりと滴り落ちてくるのを待つ。

圧力をかけないからなのか、とても綺麗で品のあるお酒になる。

 

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これはもう、大吟醸以上に贅沢な酒だ。

「雫(しずく)酒」 と銘打って販売している蔵もある

(「金寶(きんぽう) 自然酒」 でお馴染みの 仁井田本家 さん)。 

 

「大地さんでこの造りを体験する会員を募って、やってみませんか」

と工場長にそそのかされ、すっかりその気になった参加者が数名。

小さな樽でやるとして、さて、いくらの酒を何本買い取ることになるか......

ちょっと真面目に計算してみようか、とまんざらでもない自分がいたりして。

 

蔵人3人衆。

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左から、社長の次男・哲野(てつや) さん、浅見彰宏さん、板橋大さん。

浅見さんはご存知、山都町に就農した次世代リーダー。

板橋さんは U ターンで山都に戻って農業を始めた。

二人は夏に野菜セットを届けてくれる 「あいづ耕人会たべらんしょ」

の主力メンバーである。

 

自著のPRも忘れない浅見彰宏。 

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来週開催の 「大地を守る東京集会-オーガニックフェスタ」 では、

放射能連続講座でスピーチをお願いしている。  

 

飯豊蔵をバックに、記念撮影。 

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みんなの後ろに積まれた雪の中には、

「雪室貯蔵」 の純米酒が眠っている。

 

さあ、いざ交流会に。 

すみません、続く。 

 



2013年2月 7日

陸前高田で復興にかける八木澤商店、"魂" を語る

 

引き続き、こちらの報告も遅ればせながら。

 

1月22日(火)、大地を守る会の幕張本社に、

岩手県陸前高田市から老舗の醤油メーカー

 (株)八木澤商店の九代目社長、河野通洋さんが来社された。

せっかくの機会だから、ということで

夜に社員向けに河野さんの話を聞く場が設けられた。

 

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1807(文化4) 年、八木澤酒造として創業。 以来205年の歴史を誇る。

全国しょうゆ品評会で何度も農林水産大臣賞を受賞した、

東北一の哲学のある醤油メーカーと称えられてきた。

しかし2011年3月11日の震災で蔵も工場も全壊。

この難局を乗り切るにあたって、

先代の和義さんは息子の通洋さんに再建を託した。

 

絶望的な状況の中で、敢然と 「再建する!」 宣言をした若社長。

いよいよ新工場でのしょうゆ製造開始、まで漕ぎつけた。

快活さの中に気骨を感じさせる青年。

ジョークも飛ばしながら、歯切れのよい語り口で、

八木澤商店復活の物語を語ってくれた。 

 


僕は15分ほど遅れて席に着いたのだが、

通洋さんはちょうど八木澤商店の経営理念を語っていた。 

一.私たちは、食を通して感謝する心を広げ、

   地域の自然と共にすこやかに暮らせる社会をつくります。

一.私たちは、和の心を持って共に学び、

   誠実で優しい食の匠を目指します。

一.私たちは、醤(ひしお) の醸造文化を進化させ伝承することで

   命の環(わ) を未来につないでゆきます。

 

この経営理念に沿って、

まずは自分たち(地域) の自給率を上げることをモットーとして営んできた。

70代の生産者も一緒になって米をつくり、

それを地元の飲食店でも活用し、食育活動にも活かす。

地域丸ごとになって子どもたちを育てることで、後継者が育ち文化が継承されてきた。

それが地域に付加価値を与えることにもつながった。

 

地方にとって厳しい経済情勢の中でも、地域の経営者が集まって、

" 一社も潰さず、一社でも新しい雇用を生み出してゆこう "  と

皆で決算書を持ち寄って話し合ったりしてきた。

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3.11によって、2万4千人の人口の町で1800人が亡くなったが、

皆で助け合って、子どもたちは守りぬいた。

八木澤商店のある地区は 99% が壊滅したが、

3月14日には、「生命の存続 (生きる、暮らしを守る)」 を基本方針に掲げ、

まずは地域の生命維持のための物資の配給ボランティア活動から再出発した。

残った自動車学校をベースキャンプにして、

救援物資を配りながら、教室を使って勉強会を開いた。

官も民もなく、銀行も一緒になって

地域の事業所の倒産防止と雇用の確保のために奔走した。

 

八木澤商店としては、自動車学校に仮住まいをしながら、

4月1日から仲間の同業者に依頼しての委託製造を始め、

5月2日には4アイテムの製品を初出荷することができた。

順次製造アイテムを増やしつつ、商品がそろう前に東京に営業に出た。

 

ミュージシャンを救うことを目的に設立された

ミュージックセキュリティーズという復興ファンドから声がかかり、

半分は義援金・半分はファンドという形で再建のための出資を募り、

目標とした金額を3ヶ月で集めることができた。

 

2011年の12月には一関市花泉町につゆとたれの製造工場を借り、

自社での醤油加工品の製造を再開。

12年5月には同市大東町の小学校跡地を買い取り、新工場の建設に着手。

同年8月、陸前高田市矢作町に残っていた廃業した旅館を改築して

新本社(店舗) をオープンさせた。

外装は土蔵の壁に漆喰を塗った 「なまこ壁」 を再現させた。

 ( 左官屋さんは 「これが人生最後の漆喰塗りの仕事だ」 と語っていたが、

  それが新聞に紹介されたことで、注文が殺到したそうだ。)

小学校の校舎が残ったままの新工場は12月に完成し、

いよいよ念願の新しい仕込みが始まる。

 

震災から半年後の9月、

河野さんたち陸前高田の経営者が集まって、

復興のためのまちづくりの会社 「なつかしい未来創造 株式会社」 を設立した。

復興の先にある 「なつかしい未来」 に向かって、

50年で500人の雇用を生み出す新事業を展開させるのだと言う。

" 私たちは、みんながニコニコできる地域をつくるため、

  人々が共感する事業をたくさん生み出します。 "  と謳う。 

この会社の設立には、大地を守る会代表の藤田和芳が代表理事を務める

社団法人 ソーシャル・ビジネス・ネットワーク」 も協力している。

 

「 被災地は暗い顔して暮らしてると思ってませんか?

 そんなことはありません。 むしろ都会の人より明るく前を向いてます」

と言い切る河野通洋さん。

彼が言う岩手県人のポリシーは、

宮沢賢治が 「農民芸術概論綱要」 で謳った  " 全体幸福論 " 

(「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」) である。

たしかに、昨年10月に紹介した 山形村のバッタリー村 にも掲げられていた。

 

また、いま抱いている思いとして、彼は新渡戸稲造の言葉を挙げた。

「 逆境にある人は常に もう少しだ と言って進むといい。

 やがて必ず前途に光がさしてくる。」

 

「 もう少しだ、もう少しだ、と言い聞かせながら前に進んでいきたい。

 そして今年には、売上を採算分岐点まで回復させます。」

そう明言して胸を張る河野通洋さん。 輝いてるね。

この若きリーダーと彼を信じる仲間たちなら、やり遂げるに違いない。

そういえば昨年の9月、学生のインターンシップを受け入れた際に、

復興支援の一環で八木澤商店の若い女性社員が一人、研修で参加されていた。

あの子もきっと目を輝かせながら今日も働いていることだろう。

 

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八木澤商店の HP はこちらから

 ⇒ http://www.yagisawa-s.co.jp/ 

3.11直後の生々しい様子、そして復興にかける意気込みが伝わってきます。

 

なお、大地を守る会のウェブストア では、

「八木澤商店のしょうゆドレッシング」 をご紹介中です。

ご利用いいただければ嬉しいです。

 



2013年2月 2日

次世代のために耕し、たたかう -福島新年会から

 

今年の産地新年会シリーズ 「福島編」 は、1月31日から一泊で開催。

今回の幹事となったジェイラップさん(須賀川市) が用意してくれた会場は、

磐梯熱海温泉。 

参加者は9団体から22名+1名(個人契約)、計23名の生産者が参加された。

 

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昨年 は原発事故の影響をモロに受けてきての新年会となり、

河田昌東さん(チェルノブィリ救援・中部) や野中法昌さん(新潟大学) を招いての

対策会議を兼ねたものになったが、

今年もやっぱりこのテーマは外せず、学習会が組まれた。

お呼びしたのは、福島県農業総合センター生産環境部長、吉岡邦雄さん。

農地における放射性物質除去・低減技術の研究・開発に関する

最新の動向を報告いただいた。

 

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東日本大震災に伴って発生した東京電力福島第1原子力発電所の爆発事故は、

県内の農業生産にとって甚大な影響を与えることになることを予感させた。

そこで県農業総合センターでは、

農地での放射能対策の知見がまったくない中で、

各部署からメンバーを選抜して対策チームを結成し、7本の柱を立てて、

調査・研究と技術開発を進めてきた。

 

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詳細な報告は省かせていただくこととするが、

「県内農用地土壌の放射性物質の分布状況の把握」 では、

事故のあった 3 月末から 8 月まで

県内 371 地点の農地を 8 回にわたって調査し、

続いて 10 月から 2012 年 2 月までに 2,247 地点の調査を行ない、

それぞれ農水省のマップ作成に貢献した。

放射性物質の垂直分布では、耕耘(こううん) することによって、

根からの吸収を低減させることができることを判明させた。

 

「放射性物質の簡易測定法の開発」 では、

NaI シンチレーションカウンターを使っての測定法を開発して

県内 14 ヶ所の農林事務所に配備し、地域の詳細なマップ作りを進めた。

(現在ではガンマ線スペクトロメーターが各市町村・JA に配備され、

 シンチレーションカウンターの役割は終えた。)

 

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収穫された農産物の検査では、ただ作物別の結果を分類するだけでなく、

土壌性質との関係性や肥料成分による効果の違いなどを調べ、

一定の知見を得てきている。

今では定説のように言われている交換性カリウムの有効性も確かめられ、

稲に対するカリを与える適期なども見えてきている。

除去技術では効率的な装置の開発をすすめ一部では実用化に至った。

 - などなど、まだ研究途上のものも含めて網羅的な報告をいただいた。

 

講演後の質疑では、質問は時間をオーバーして続いたのだが、

吉岡さんはひとつひとつ丁寧に答えてくれて、

「いつでも連絡いただければ、できる限りお手伝いいたしますので-」

とも言ってくれた。 

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それぞれのグループからも、報告をいただく。

いわき市の福島有機倶楽部の生産者たちは、津波の被害が甚大で、

残ったメンバーは2軒になってしまった。

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阿部拓さん(写真右端) は宮城で農地を取得し、新たな活路を見出そうとしている。

いわきの農地は今、息子の哲弥さん(左端) が守っている。

小林勝弥さん(中央) も 「苦戦してますが、微生物の力を信じて、頑張ります」。 

 

二本松有機農業研究会、大内信一さん。 

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「耕しながら、放射能とたたかっていく」 と力を込めた。

「 福島をもう一度、安全な農産物の供給基地にしたい。

 次世代につなぐために、安全性を立証させる責任が俺たちにはある 。」

大内さんは仲間らと 『福島百年未来塾』 を立ち上げ、

勉強会を重ねている。

 

福島わかば会(本部は福島市)、大野寛市郎さん。 

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メンバーの住む地域の範囲が広く、バラつきがあるのが悩みだが、

とにかく全員で取り組んできた。

「 今の消費者の気持ちは、安全は分かっても安心ができない、という

 感じのような気がする。

 これからは 「安心」 を取り戻せるよう、消費者とも積極的に会話していきたい。

 オレらも頑張っているので、大地の職員も頑張ってほしい。」(事務局・佐藤泉さん)

 

やまろく米出荷協議会、佐藤正夫さん。

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原発事故によって、長年かけて築いてきたブランドが崩壊した気分である。

特に、有機や特別栽培米が苦戦している。

価格への圧力も厳しい。

農家の経営を守るためにも、肥料設計も見直しながら、

減収させないように支援していきたい。

 

今回の幹事、ジェイラップ (稲田稲作研究会) は5人で参加。

代表で挨拶するのは、常松義彰さん。 

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自分たちだけでなく、須賀川全体の信頼を獲得するために、

徹底的に除染作業に取り組んできた。

ちゃんと安心して食べられる米が作れるのだということを、

周りに伝えていくことが使命だと考えている。

岩崎晃久さん(左端) のひと言。

「いま一歳の子が、元気に育っていく姿を、皆さんに見せます。」

 

そして、喜多方から 「会津電力」 構想をぶち上げた、

大和川酒造店・佐藤弥右衛門さん。

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福島県議会は、脱原発を宣言した。

しかし自然エネルギーの方向性を、県はまだ示せないでいる。

それを形にしていく責任が、我々にはある。

自分たちの手でエネルギーを創出していこう。

 

弥右衛門さんは 「ホラ吹いてたら、あとに引けなくなっちゃったよ」

と笑いながらも、すでに

『社団法人 会津電力』 の設立文書を書き上げている。

2月23日には設立総会が開かれる段取りだ。

 

皆で学び、励まし合い、最後は楽しく飲んだ一夜。

もっとも厳しい、茨の道になっちゃったけれども、

福島の有機農業者たちは、必死で己を鼓吹しながら前に進もうとしている。

共通する思いは、次世代に何を残すか、だ。

福島だからこその希望を発信しよう❢

 

僕も、この場に立ち会った者であることを忘れずに、

今年も歩かなければならない。

 

今年の新年会、これにて終了。

 



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