2009年5月19日

クローン - この奇々怪々なる世界

 

夜の職員勉強会が開かれる。 

今回のテーマは、「クローン家畜の問題点」。

講師は天笠啓祐 (あまかさ・けいすけ) さん。

いつもながら、笑顔で優しい語り口がこの人の特徴だ。

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しかし語られた内容はと言えば、相当に奇っ怪な世界である。

とてもブログで解説できる代物ではないが、必死で整理してみるなら、

こういうことになるだろうか。


「クローン」 という言葉は、ギリシャ語で小枝を意味する。

それが、植物の挿し木技術の呼称として使われるようになった。

受精というプロセスを経ないため、同じ遺伝子を持った木を増やすことができる。

このように遺伝的に同じ生命体を作ることを、今日では 「クローン技術」 と呼ぶ。

しかし、細菌や植物では可能な技術も、動物となると極めて不安定な結果となる。

 

家畜のクローン技術には、三つの方法がある。

ひとつは 「卵割クローン技術」。

受精卵が細胞分裂した際に、それをバラバラに分割することで一卵性〇つ子をつくる。

しかし人間や牛では、8細胞になったところで 「全能性」

(その細胞が分裂を繰り返しながら臓器が形成されてゆく、その原初の力)

が失われてゆくため、4細胞 (一卵性四つ子) までが限界である。

その効率の悪さから、現在ではほとんど行なわれていない。

 

ふたつめが 「受精卵クローン技術」。

体外受精で受精卵をつくり、受精卵が16~64個に分裂した段階でバラバラにし、

細胞から核を取り出し、それをあらかじめ核を取り除いた卵子(未受精卵) に、

一つ一つ入れ込む。 それを代理母に出産させる。

これで遺伝的には同じ優良な形質を持った家畜を数十頭誕生させることができる。

現在では、核を取り出さずに細胞ごと入れるようになっているとのこと。

遺伝子 " 組み込み " 技術、と言っておこうか。

 

みっつめが 「体細胞クローン技術」。

上のふたつが受精卵を使うのに対して、こちらは体細胞を使う。

体細胞とは、読んで字のごとく、体の細胞組織のこと。

体細胞を培養して細胞分裂を促進させるのだが、培養液には細胞分裂を促進させる血清

が必須で、その血清を徐々に減らしてゆくと (これを「血清飢餓培養」と呼ぶ)、

細胞分裂が停止してくる。

その段階で体細胞をバラバラにして、その一つ一つを、核を取り除いた卵子に入れる。

それを代理母に出産させる。

上のふたつが人工的にせよ 「受精」 というプロセスを経るのに対して、

こちらは 「クローン胚」 によって、親の遺伝子を持つ子が誕生する。

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ここで不思議なのは、体細胞クローンで、なぜ 「全能性」 が発揮されるのか、ということだ。

受精卵は細胞分裂を進めながら、様々な臓器や組織に分化してゆく。

その過程で、遺伝子はその働きを特化させてゆく (=別な遺伝的働きを止める)。

心臓なら心臓に、耳なら耳に。

そこで鼻の形をつくる遺伝情報が働いてはおかしなことになる。

ではなぜ体の一部を形成してしまっている細胞が

全能性 (細胞分裂の初期段階) を持てるのか。

そもそも卵割クローン技術の段階では、4つ子(4個の細胞) までで止まったはずなのに。

1996年、英国で世界初の体細胞クローン動物として誕生した

羊の 「ドリー」 ちゃんは、6歳のメス羊の乳腺細胞が使われている。

 

その秘密が 「血清飢餓培養」 にある。 細胞分裂の周期が静止すると、

なぜか 「データの初期化」 (全能性の復活!) が起きる、というのである。

 

ここまでの話が完璧なら、夢のような技術、ということになるかもしれない。

しかし、生命とはそんなに単純なものではない。

日本でこれまでに生産された体細胞クローン牛の統計データが

農水省から発表されているが、それによると、

研究が開始された1998年から昨年9月までに出生した体細胞クローン牛は557頭。

そのうち死産が78頭(14%)、生育直後(24時間以内) の死亡が91頭(16.3%)、

それ以後の病死が136頭(24.4%)、という数字である。

全部を足し算すると、約55%。 豚になると57%になる。

つまり半数以上が不自然な死を遂げているという異常な事態なのだ。

なかには過大子という巨体で生まれるケースが一定割合あり、

そのため母体が死亡するケースもあるという。

 

そこで、原因がいろいろと考えられる。

まず、クローン胚は本当に 「全能性」 を獲得しているのか。

実はこれはまだ、解明されていない 「謎」 の部分が多くあるようなのだ。

次に、初期年齢の問題。

羊のドリーちゃんは、6歳の体細胞から生まれた。

羊の寿命は11~12歳らしいのだが、ドリーちゃんはその半分くらいで亡くなった。

それから、自然界に存在しなかった遺伝子の混在がもたらす影響。

これについては、まだ 「分からない」。

 

こんな状態なのだが、米国および日本では、すでにクローン家畜の肉は 「安全である」

というお墨付きを得ている。 しかも表示の義務はない。

理由は、「死産や生後の病死も、一定期間を過ぎれば問題ない」。

つまり、異常な家畜は死んでいるのだから、ということだ。

環境要因による遺伝子の異常の発現 ( 「エピジェネティクス異常」 と呼ばれている) や

母体への影響 (ガンの発生が指摘されている) など、

様々に指摘されている問題点は無視されている。

もはや牛や豚は生命体として認められてないようだ。

欧米では、まだ動物福祉や倫理的問題、生物多様性への影響などで議論が続いている。

 

ここでも遺伝子組み換え食品と同じく、「同等性」 なる論理が幅を利かせているのだが、

これはやっぱ、もうちょっと慎重に扱おう、というのが自然ではないだろうか。

最低限、市場に出回る際には、表示が必要だ。

消費者には選ぶ権利があるはずだし、その影響を長いスパンで見るためにも、

表示はゼッタイに欠かせない。

食べた人と食べなかった人の区別ができないと、因果関係は何も証明できなくなる。

米国で遺伝子組み換え食品に反対しているジェフリー・スミスさんは、

その著書-『偽りの種子』 (家の光協会刊) で、

米国でGM食品が出回り始めるとともに食物アレルギーが増大したことを指摘しているが、

しかしそれは、今となっては誰も証明不可能なのである。

したがって、「健康に影響が現われたというデータは存在しない」 ということになる。

 

世は食品のトレーサビリティ (生産履歴の追跡可能性) が必須となってきているのに、

こと遺伝子組み換え食品やクローン家畜については、推進派は 「表示不要」 と言う。

同じだから、というのがその理由だが、決して同じではないし、

「拒否したい」 「選択したい」 という権利は認める必要ない、という権利が

なぜ許されるのか。 「上から目線」 もいい加減にしてもらいたいと思う。

本音を代弁すれば、「表示すれば売れない」 からに過ぎないのだが、

こういう人がリスク・コミュニケーションなどと言って、「正確に伝えよう」

とか語っていたりするのは、噴飯ものだ。

 

とにかく、ここは 「予防原則」 に立つのが賢明であろう。

ちなみに受精卵クローン牛は、昨年9月までで718頭が誕生し、

食肉に回った数が319頭。 誰か知らずに食べたことになる。

そして行方不明が63頭、という数字がある。

逃亡したのではなく、トレースができない、ということである。

 



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