2010年12月 4日

いのちの海を守りたい

 

先週は金曜日にもう一つ夜の集まりがあったので記しておきたい。

 

11月26日(金)、幕張の本社に祝島 (いわいしま) からお客さんがやってきた。

山戸孝さん。 山口県熊毛郡上関町祝島在住。

びわ農家であり、「上関原発を建てさせない祝島島民の会」 のメンバー。

9月5日の日記 で紹介した元祝島漁協組合長・山戸貞夫さんの息子さんだ。

鎌仲ひとみさん監督の映画 『ミツバチの羽音と地球の回転』 にも登場している。

 

本来は翌日に開かれる 「上関どうするネット」 の集会に合わせて上京されたのだが、

到着したこの日の夜に時間をとって千葉・幕張まで訪ねてくれた。

そこで専門委員会 「大地・原発とめよう会」 のスタッフが中心になって、

「孝さんを囲んで話を聞く会」 が用意されたのだった。

 

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孝さんはほとんど寝てない状態だという。

埋め立て工事を強行しようとする中国電力の作業台船 (地盤改良船) が、

26日の午前1時に工事を断念して引き揚げるまで、抗議と監視を続けてから

こちらに駆けつけてくれたのだ。

 

28年も経って、ここにきて埋め立て工事を急ぐのも、

2012年9月までに埋め立てを完成させなければ免許が失効するからだとか。

まあそれもきっと延長申請されるのだろうが、

未だに2本のブイを立てたのみという実態と、この先つぎ込まれるであろうお金を鑑みれば、

やっぱりこの原発計画は白紙に戻すことこそが賢明な  " 歴史的英断 "  というものだろう。

 

この間の経過を現地感覚で感じ取りたい方は、

ぜひ 祝島島民の会のブログ をご参照願うとして、

この日の孝さんの話は、ただただ島の暮らしを守りたいという、

一徹でかつ素朴とも言える  " 生き方 "  の問題だった。

 

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島で千数百年にわたって継承されてきた祭り 『神舞(かんまい)』 を守りたくて、

10年前、孝さんは島に帰ってきた。

この島で生きるということは、この島で死ぬことなんだと、その覚悟を持ったことで、

原発の問題も語れるようになった。

 

生物多様性のホットスポット、「瀬戸内の楽園」 と謳われるこの地で、

海とともに生きたい。

朝日が昇る方角の目の前に原発を眺めながら日々を暮らし、

ひとたび事故が起これば、私たちはどこにも逃げられない。

「反対するしかないでしょう。」

 

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じいちゃん・ばあちゃんたちは病気になると本土の病院に搬送されるけど、

みんな 「島に帰りたい」 「島で死にたい」 と言って泣く。

みんなが安心して最後まで暮らせる島にしたい。

島民の緊急時の搬送体制の確立、高齢者福祉・介護の充実化、

島の歴史的・文化的遺産の見直しなどに取り組みながら、

孝さんは経済的自立と地域活性化に向けて、

島の特産品を販売する 祝島市場 を運営する。

そして将来はエネルギーも自給したいと夢を、じゃない、プランを語る。

「私たちは食べものを選べる時代に生きてますが、まだ電気は選べない。

 何によってつくられた電気なのか、それを選択して暮らせる社会にしたいです。」 

 

エネルギーと自然環境が調和したモデルケースにしたい。

山戸孝は反対者であるより、未来開拓者だ。 

 

「もっと話をしたい。」

散会の後、緑提灯の店に流れる。

孝さんの目がしょぼしょぼしてきている。 明日が本番だというのに。

それでも、語り合いたいという思いのほうが強くて、なかなか終われない。

 



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