2010年1月27日
木村秋則さん
・・・の名前は、ご存知の方も多いことかと思う。
青森県中津軽郡岩木町のリンゴ農家。
このブログをチェックする方なら、すでに木村さんと直接話をしたり、
現地の見学までされた方もおられるのかもしれない。
不可能といわれたリンゴの無農薬栽培に挑み、しかも無肥料で実現させた方。
彼のリンゴは 「奇跡のリンゴ」 と言われ、
一昨年にはNHKの人気番組 「プロフェッショナル ~仕事の流儀」 に登場して、
時の人になった。 その後、本も何冊か出版されてベストセラーになっている。
農業関係では、異例の社会現象である。
僕も木村さんの著書は読ませてもらったが、お話を聞く機会はなかった。
実は大地を守る会でも、講演と見学を申し込んだ経緯があるのだが、
園地の見学はお断りしているとのことで、残念ながら実現しなかった。
そんなワケで、木村秋則さんの名は僕らには実に気になる存在としてあったのだが、
昨年の暮れ、知人から講演会のチケットを譲ってもらうという幸運に恵まれた。
1月24日、日曜日。 場所は埼玉県ふじみ野市。
3~400名くらいは入ろうかという会場が、満杯だった。
木村さんの話し口調は、テレビや著書で感じていた通りの実直さで、
苦節10年、どん底まで見てきた方だから出せる優しさと、そして強さを感じさせた。
ひと言ひと言、丁寧に言葉を選びながら、しかも途切れず話を続けるなかに、
ゆるぎない自信も垣間見せながら。
木村さんが無農薬・無化学肥料でのリンゴ栽培に移行したのが1978年。
きっかけは農薬によるご自身と家族の健康被害だった。
それもつらかっただろうが、しかしその後の苦難も、聞けば聞くほど壮絶である。
病気で葉っぱが落ち、夏に枯れ木のようになったリンゴからは実はできない。
収入が途絶え、木村さんはいろんな働きに出るのだが、
その10年を僕が解説するのは憚れる。 とても出る幕ではない。
言えることは、この人は、その間も執念をもって樹とその周辺を観察し、
土壌の下まで調べ、虫を眺め続け、相当な研究と勉強を重ねたことだ。
木村さんは語る。
「虫が涌くのは、土のバランスが悪いからではないでしょうか。
害虫は、人が食べてはいけないものを食べてくれているように思うのです。」
木村さんが、書著 『リンゴが教えてくれたこと』 (日経プレミアシリーズ) のなかで、
「高かった本も買って読んだ」 と書かれてある J.I.ロディル著の 『有機農法』
(一楽照雄著、農文協刊) には、こんなくだりがある。
「ほかのすべての虫も、自然の総合計画のなかで、それぞれ特殊の役割を果たしている
のであろう。 害虫は植物の病気の原因ではない。
彼らは、生育が不完全であるとか、その植えられている土壌の肥沃度がたらないとか、
作物に何らかの不都合がともなっていることを指摘する自然からの使者である。」
語りかけ続けた樹は枯れなかった、とかいうくだりは、
実は僕も、稲作体験などで思い当たった経験を持っている。
科学的立証はない。 まだない。 ただ昔の人は、みんなそう言う。
これって何だろう。 オカルトで済ましていいのだろうか。
「結論は、未来に期待すべきである。」 (上掲・ロディルの 『有機農法』 の一説)
が冷静な姿勢だろうか。
しかし一点、これだけは納得できない。
木村さんは、ご自身の自然栽培と、有機栽培、そして一般栽培の米や野菜の保存試験をして、
スライド写真を使ってこう言うのだ。
自然栽培は枯れてゆく。 しかし有機JAS農産物は腐る。 一般栽培はもっと早く腐る。
この論法は、危うい。
" 腐る " という行程は腐敗菌との関係だろうから、
自然栽培でも傷があって菌と接触すれば腐るのではないか。
それに僕自身、有機栽培の人参が見事に枯れた状態になっていたのを、
我が家で確認したことがある。 そんな単純明快な話ではないと思うのである。
この論にこだわってしまうのは、正直に言えば、
僕が有機農産物の流通に携わっているから、でもある。
木村さんが個人的実験で確信を持ったのなら、まあしょうがない。
しかし嫌なのは、それを自社の宣伝に使う人たちがいることである。
いざそこの店に行けば木村さんのリンゴはなく、
特別栽培のリンゴが売られていたりすることに、セコい僕は違和感を感じてしまうのだ。
あらゆる技術には発展段階があり、仲間が増えれば増えるるほど
育てるべき人は増えるのであって、その段階を批判してはならないのに、と思う。
木村さんでも 「堆肥を使うときは、完熟にしてね」 と言っているのに、
堆肥利用をまるで 「自然栽培以下」 と語る人たちがいる。
僕は、肉を食べる以上、家畜の糞尿を良質な堆肥に変えて土に返す有機農業の技術を、
資源循環の観点から否定することはできない、と思う立場である。
大地を守る会の会員からも、木村さんのリンゴがほしいとか、
大地の生産者も (無農薬で) できないのか、といった質問が寄せられる。
お答えします。
木村さんのリンゴをお届けすることはないでしょう。
それはまず、木村さんのたたかいに付き合った人たちのものだから。
ただ有機農業の発展と拡大のなかで、木村さんの世界が広がっていく過程で、
その仲間たちを応援することは、充分ありえることです。
また木村さんのリンゴを使ったお酢、という形でのお付き合いは始まりますので、
どうかメニューに載った折には、ご支援ください。
今はただ、大地を守る会と長年付き合ってきてくれたリンゴ生産者と一緒に、
木村さんの思想や実績を吸収することに努めたいと思うのであります。
この日は、前にも紹介した野口種苗研究所の野口勲さんの、
種に関する大切な講演もあったのだが、すみません、野口さん。 もう書けません。
いずれ、でお許しください。